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2018年10月09日 11時56分 JST | 更新 3時間前

輪島が咽頭がんなどで死去。「黄金の左」の元横綱は、北の湖と「輪湖時代」を築いた。

金色のまわしが印象的な、相撲の天才でした

トレードマークの金色のまわしと得意の下手投げで「黄金の左」と言われた輪島=1981年1月11日
時事通信社
トレードマークの金色のまわしと得意の下手投げで「黄金の左」と言われた輪島=1981年1月11日

大相撲の第54代横綱で、プロレスラーやタレントとしても活躍した輪島大士さん(本名:輪島博)が10月8日夜、咽頭がんなどで死去したと報道各社が伝えた。70歳だった。

輪島さんは石川県七尾市出身。現役時代はトレードマークの金色のまわしと、得意の左下手投げから「黄金の左」と呼ばれ、最高のライバルであり、「北の怪童」と呼ばれた故・北の湖と一時代を築いた。

日本大学時代から相撲部で活躍すると、1970年に花籠部屋に入門。1973年に初土俵を踏んだ。

その後、横綱に昇進するまでわずか3年半。史上初の学生相撲出身の横綱として、「相撲の天才」の名をほしいままにした。

1974年名古屋場所、「輪湖時代」の幕開けとなる名勝負

輪島と北の湖の勝負は、1974年に始まる。2015年に北の湖敏満さん(本名:小畑敏満)が亡くなった時、輪島さんは思い出の一戦に、1974年の名古屋場所を挙げた。

当時、横綱の輪島に対し、めきめきと頭角を現してきていた大関・北の湖。

千秋楽では、輪島が勝ってともに13勝2敗の優勝決定戦に進んだ。

決定戦は輪島が立ち合いから左下手、北の湖は輪島の差し手の肘ひじを、外側から押さえて下から上へ押しつける。輪島はすぐに右を巻き替え、北の湖は力に任せて正面に寄る。だが輪島は、得意の下手投げで逆転優勝を決めた。

その後、輪島の左下手からの投げは「黄金の左」と呼ばれるようになり、この場所で北の湖は横綱に昇進する。琴桜と北の富士の両横綱が引退し、「輪湖時代」の幕が開けた。