最後まで軸のブレない走りを見て、彼女が暗いトンネルから抜け出したことを確信した――。7月18、19の両日、ヤンマースタジアム長居(大阪)で開催された「第26回日本パラ陸上競技選手権大会」で、義足ランナー高桑早生(エイベックス・グループ・ホールディングス)が100メートルで3レースぶりの13秒台となる13秒77をマーク。自己ベスト(13秒69)更新には至らなかったが、復活の狼煙(のろし)をあげる見事な走りで大会新記録を樹立し、優勝を果たした。
力走する高桑=7月20日 第26回日本パラ陸上競技選手権大会 女子100m T44クラス(片下腿切断など)
突然襲った不調の波
3月に慶應義塾大学を卒業し、社会人1年目を迎えた今年、高桑は非常にいい状態でシーズンに入った。オフに初めて本格的にウエートトレーニングを取り入れたこともあって、フィジカルの仕上がり具合が良く、それに伴って走りにも好影響を与えていた。実際、シーズン初レースとして臨んだ4月のグランプリシリーズ(サンパウロ)では、13秒95をマーク。2011年に初めて"14秒の壁"を破って以降、13秒台でシーズンインしたのは、初めてのことだった。本人も自己ベスト更新が間近に迫っていると強く感じたに違いない。現在日本記録保持者の高桑にとって、自己ベスト更新は日本新記録樹立を意味する。
ところがその後、大分陸上(5月)、関東選手権(7月)と2レース連続で14秒台とタイムを落とした。ここ1年、必ず13秒台をマークしてきただけに久々の14秒台はショックだっただろう。とりわけ日本選手権の2週間前に行われた関東選手権では、14秒58と自己ベストから1秒近くも遅いタイムとなった。
実は高桑は6月に入って、体調を崩していた。1週間ほど練習を休まなければならないほど、コンディションはボロボロ。そのため、実戦感覚を養うために予定していたレースもキャンセルせざるを得ず、GWに出場した大会以降、2カ月もの間、一度もレースに出場することなく、7月の関東選手権、日本選手権に臨まなければならなかったのだ。
高桑にとって最悪と言ってもいい結果となった関東選手権から、わずか2週間後に迎えた日本選手権。果たして、どこまでコンディションを取り戻しているのか、報道陣からも不安視する声が聞こえていた。
流れを引き寄せた2種目での自己ベスト
大会1日目、高桑はまずは200メートルと走り幅跳びに臨んだ。最初に行われた200メートル、前半の走りには勢いがあり、コンディションの調整がうまくいっているように感じられた。後半は最後の加速という点ではやや不足に見えたが、それでも29秒33と自己ベストをマーク。レース後の明るい表情からも、納得のいく走りだったことがうかがい知れた。
次に行われた走り幅跳びでも、高桑は4メートル96の自己ベストをマーク。どちらかというと得意ではなかったこれら2種目での自己ベスト更新に、好感触を得たのだろう。走り幅跳び後に行われた囲み会見での彼女からは、いい風が流れている気配が感じられた。
「明日の100メートルは、今の自分の力を出し切れば、13秒5は出せると思っています」そう手応えを口にした。
2日目、高桑にとってのメインレース、100メートルに臨んだ。「On your mark」という合図の後、号砲とともに勢いよく飛び出した高桑。まずまずのスタートを切り、低い姿勢から上体を起こして加速していく。状態が悪い時には、最後はフォームが崩れることが少なくない。だが、この時は腕と脚を前後に大きく動かしつつも、体の軸となる体幹の部分は固定された"ブレのない"走りのまま、ゴールへと駆け抜けて行った。
高桑も自身の走りに納得していたのだろう。だからこそ自己ベストに0.08秒迫る13秒77という好タイムにも、「もう少し(速いタイムが)出たかなと期待していたんですけどね」と不満をもらしていた。その一方でトンネルを抜け出し、ようやく自分の走りを取り戻したという手応えもつかんでいたに違いない。「なぜ目標の13秒5台を出せなかったのか、これから分析をして、今後にいかしていきたい」と語った高桑。。再び前へと進み始めた彼女の姿が、そこにはあった。
高桑にとって今シーズン最大のイベントは、10月にドーハで開催される世界選手権だ。「それまでに13秒5を出したい」と意気込む。大学時代から指導している高野大樹コーチも「心技体そろえてレースに臨むことができれば、彼女にはその力は既にある」と確信している。1年後に迫ったリオデジャネイロパラリンピックに向け、今シーズン、高桑がどう変化し、どこまで成長を遂げるのか。高桑早生、23歳。彼女の挑戦の日々はこれからも続く。
(文・斎藤寿子)
(写真・越智貴雄)
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