「AIスーツケース」が目的地まで誘導する未来。視覚障がい者の移動支援ロボットを開発へ

IBMやオムロンなど5社が共同開発することを発表しました。
画像提供 サステナブル・ブランドジャパン
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視覚障がい者を目的地まで誘導するスーツケース型の移動支援ロボット「AIスーツケース」を実装化する共同開発が始まった。日本IBMやオムロン、清水建設、アルプスアルパイン、三菱自動車工業の5社がこれに向けてコンソーシアムを設立。同プロジェクトの技術統括者で視覚障がいを持つ浅川智恵子IBMフェローは世界で初めてウェブページの音声読み上げソフトウェアを開発したことで知られる。「研究したものは必ず社会に実装することがポリシー。実現させたい」と意気込みを語る。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=小松遥香)

視覚障がい者の数は高齢化や生活習慣病によって世界的に増加している。日本眼科医会は、国内には2007年時点で推定164万人の視覚障がい者がおり2030年までに200万人に達すると予測する(日本眼科医会研究班報告2006 ~ 2008「日本における視覚障害の社会的コスト」)。

一般社団法人次世代移動支援技術開発コンソーシアムは6日、共同記者会見を開き、「AIスーツケース」の試作機を公開した。搭載されているのは対話AIや顔画像認識、触覚インターフェイス、モビリティ機能など5社の技術のほか、浅川氏が客員教授を務める米カーネギーメロン大学の視覚障がい者支援技術だ。

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AIスーツケースは移動だけでなく行動やコミュニケーションも支援する。障害物や歩行者の状況を高精度で認識し、持ち手の触感や音声を使いながら情報を伝達し、位置情報を使って目的地までの最適ルートを提示する。さらに買い物の支援や映像から知人を認識し、相手の表情や行動を利用者に伝えることでコミュニケーションを円滑に進める支援を行う。

発起人でもある浅川氏は、障がい者などが身の回りの物事を理解する手助けをするコンピューター「コグニティブ・アシスタンス」研究開発の第一人者。同氏が視力を失った原因は、14歳の時に起きたプールでの事故という。

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視力を失って辛かったことが2つあると話し、「一人で本を読むこと」と「単独での移動」を挙げた。前者については、1985年にIBM基礎研究所に入り、点字の電子化を実現し、デジタル点字図書の拡大に貢献した。その後も、音声を読み上げる「IBMホームページ・リーダー」を開発し、自らの手で不可能を可能にしてきた。移動についてはこう話した。

「白杖を使って行けるのは学校や職場など限られた場所。一人で自由に安心して街歩きを楽しむことは今もできていない。周りにどういう店があり、美味しそうなものがある、知り合いが向こうから来ているなどみなさんが自然に得られている視覚情報を得られていない。これを解決し、周囲の情報を自然に得られるようにしたい」

浅川氏は2017年からAIスーツケース開発を構想してきた。スーツケース型にしたのは、一人で移動する際にスーツケースを前に押しながら進むことで、障害物を避けるなど安全性も確保できると実感し、これなら持ち歩き可能な小型ロボットを実現できると考えたから。

現在、カーネギーメロン大学で第3号の試作機を開発中だ。浅川氏は、現状ではまだまだ多くの課題があると説明。一例として、「視覚障がい者にも速く歩く人もいればゆっくり歩く人もいる。ユーザーの歩く速度に合わせて安全に誘導することが難しい」と語った。社会に実装化するには、屋内の地図情報やもの、人を認識するための大量のデータも必要になる。

今後、2020年から2022年の3カ年の計画で技術開発や実証実験を行い、社会実装の構想を練っていく。現状では実装化の目標年はまだ決まっていない。ロボットの小型化や低電力化を進めながら、まずは10kg前後の重量を目指し軽量化を進めていく。今年6月には商業施設などでユーザビリティや利便性、課題を検証する実証実験を行う予定。

浅川氏は「AIスーツケースは視覚障がい者という少数ユーザーのために開発されることになった技術。しかし歴史を紐解くと、目が見えない、耳が聞こえないというユニークなニーズがこれまで多くのイノベーションを創出してきた。電話は発明者グラハム・ベル氏の家族に聴覚障がい者がいて、彼らとのコミュニケーション手段を模索する中で開発されたと言われる。キーボードも手の不自由な障がい者を支援する目的で開発された」と語った。

5社は将来的に、開発されたAIスーツケースの技術や知見がスマートモビリティやサービスロボット、都市空間などに応用されることを目指す。開発を通して、視覚障がい者だけでなく、移動弱者や情報弱者にとっても役立つ技術が生み出されるのではないかと期待を込めている。

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