「密」が醍醐味のゲストハウスが休業に。アルバイトの僕が目の当たりにした現状【新型コロナ】

価格を一泊998円で販売しても、稼働率は下がるばかり。

4月11日、「営業休止に向けて」という赤い文字が、業務の引き継ぎ表に記されていた。

「あぁ。とうとう来たか」

もう驚きはしなかった。むしろ遅過ぎるくらいだろう。

ゲストハウスは「密」が醍醐味

2020年3月に大学を卒業した僕は今、ハフポスト日本版でインターンなどをする傍ら、年末の海外移住に向けて貯金をするために、上野周辺のゲストハウスでアルバイトをしている。

ゲストハウスでのアルバイトは、始めてもう2年が経つ。今働いている施設の宿泊客(ゲスト)の半分は海外からやって来ていて、タイやベトナム、フィリピンなど、アジア地域から来る人が多いけれど、欧米から来る人も少なくはない。

ビジネスで来る人、バックパッカー、家族旅行など、滞在の目的も様々だ。そして、働く側にとっても、こういった宿泊施設の醍醐味は「交流」だ。

施設内でイベントを開催したり、仲良くなれば連絡先を交換して遊びに出かけることもある。正に「密」という言葉がぴったりな場所なのだ。

フィンランドから来たゲストと友達になり、浅草をお散歩したときの一枚。
竹下みずき
フィンランドから来たゲストと友達になり、浅草をお散歩したときの一枚。

しかし、今や「密」ほど避けるべきものはない。

ゲストハウスの特徴は、ホテルのような宿泊施設よりも料金が比較的リーズナブルで、共有キッチンや相部屋が多いこと。

僕のアルバイト先には、個室に加えて12人から16人まで、ドミトリーと呼ばれる4つの相部屋がある。室内には複数の二段ベッドが並んでいて、シャワーや洗面所、キッチンは全て共有だ。

つまり、誰か1人でもウイルスを持ち込めば、たちまち広がってしまう環境だ。

ドミトリー部屋(イメージ画像)
wakila via Getty Images
ドミトリー部屋(イメージ画像)

ここ数ヶ月、コロナウイルスの爆発的流行を受けて客足は減るばかり。

複数の言語が飛び交い賑わっていたラウンジには誰1人おらず、メールの受信ボックスはキャンセル通知の嵐。キャンセル料金の免除を求めるメッセージが連日、山のように届いている。そのあまりの多さに、「定型文欄」には「キャンセル承認(コロナ)」を日本語と英語で登録したほどだ。

閑散期の1月辺りから客足は緩やかに減り始め、2月半ばから今日にかけて予約は激減している。宿泊料金を大幅に下げても、施設の稼働率は20%から30%の間を行ったり来たりといった調子だ。

キャンセル通知でいっぱいの受信ボックス(2020年4月11日)
竹下みずき
キャンセル通知でいっぱいの受信ボックス(2020年4月11日)

一泊998円、それでも下がる稼働率

スタッフの間でも、「アルバイト募集の『主な業務』欄は『キャンセル処理と施設内のアルコール消毒』だね」と尖った冗談を飛ばし合うようになった。そうでもしないと、気持ちが持たないのだ。

特に、夜勤の多い僕は出勤から退勤までの間に受けたチェックインが0件、ゲストと話した回数は1回、なんてことも珍しくない(チェックイン時はソーシャルディスタンスを保てないので、そういう意味では助かっている)。

桜を目当てに日本を訪れていたお客さんも、しょんぼり顔だ。

3月の下旬に仲良くなったドイツの大学生は、「花見ツアーも、行きたかった飲食店も、ことごとくキャンセル。込み合う場所は避けたいし、あと1週間、どうやって過ごそう」と頭を抱えていた。

一方で、フロントにやって来て「アメリカに帰りたいのに飛行機が飛ばないから、今泊まっている部屋で延泊したい。どうせお客さんも今はいないだろうから、安くしてよ」と言う人もいた。

その対応に追われる間にも、「オリンピックが延期になったから、予約を取り消したいです」などといった趣旨のメールがまた溜まっていく。

経済がその足を止めざるをえない状況なのは分かっているけれど、その現実を改めて目の当たりにすると、退勤する頃には気持ちもくたくただ。

他のゲストハウスで働いている友人たちにも話を聞いたところ、現況はどこも似たような感じらしい。

知人がマネージャーを勤める浅草周辺の施設では、ドミトリーの価格を一泊998円で販売しても稼働率は下がるばかりだそうだ。

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竹下みずき
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人員問題、ただでさえ不安定な新学期シーズン

客足が減ると、もちろん運営側は頭を抱える。そして、運営コスト削減の最初の犠牲者はアルバイトだ。

ある学生の友人は「来月はシフトが3回しか入れなかった!どうしよう?」と大慌て。収入先としてアルバイトに依存せざるを得ない学生は、急にシフトを大幅に削られてしまうと死活問題だ。

出勤をしたらしたで今度は感染への恐怖がそこにはあるので、どっちにしろ八方塞がりではあるけれど、生活費を賄うためには他に選択肢がない。

逆に、人手が足りずに困っている場所もある。これはどの業種にも言えることだけれど、2月から4月は学生の入れ替わりが多い。主に学生をアルバイトとして雇用している場所にとっては、ちょうど人員が不安定な時期に、このパンデミックが重なってしまったのだ。

経費の問題上、業務はできるだけ小人数まで削りたいけれど、入って間もないスタッフを1人分の頭数に入れて業務を任せるのは難しい。イレギュラーな問い合わせが多いこの時期は尚更だ。

出勤を自粛しているアルバイトに加え、大学の講義の延期に伴い地元に帰っている学生も多い。別の友人が働いている施設では人手が足りず、頻繁に「この日、出れない?」とメッセージが送られて来るそうだ。

僕が働いている施設では4月1日に、提出したシフトの通りに出勤が可能か否かを尋ねる内容のメールが、アルバイトの全員に送られて来た。

それを受けて、7人いるアルバイトのうち3人がシフトを全て取り消してもらう選択をした。僕も必要最低限の給料を計算して、シフト削ってもらったけれど「この日、出れないよね?」と、社員さんも会うたびに苦しげな表情だ。

家に居たいのはみんな同じなので気が咎めたけれど、都内の電車を乗り継いで出勤するだけでも大きなリスクなので泣く泣くお断りした。

とうとう営業休止

そんな中で、とうとうやって来た営業停止の通告。ホテル・旅館は東京都の休業「協力依頼」の対象となっていたのだ。出勤が可能か否かを確認するメールが届いた10日後のことだった。

他の店舗のスタッフにヘルプで入ってもらうなどの代案もあったけれど、売り上げや人員、感染のリスクを考慮した上で行き着いた決断だそうだ。悲しいけれど、正しい判断だと思う。

長期宿泊の予定だったゲストには交通費をお渡しして、他店舗への移動をお願いするそうだ。移動先の店舗も4月末で営業を休止する見通しだ。

静まり返った東京(イメージ画像)
SOPA Images via Getty Images
静まり返った東京(イメージ画像)

取り敢えずは、6月いっぱいまで営業休止らしいけれど、「予定は未定」だ。マネージャーからは「正直いつまで続くか分からないし、もしかしたらこのまま閉店ってこともあり得る」と告げられた。

休業中も施設の維持費はかかる。建物を借りて営業している店舗もあると聞いているし、会社としてもかなり苦しい状況なのは明らかだ。

営業休止に伴い、「少しでも手を打とう」と始めたお弁当のデリバリーも(飲食を取り扱っている店舗もある)ほとんど無駄骨に終わっており、状況は苦しいままだという。

不幸中の幸いと言うべきか、移動に関するクレームは現時点では出ておらず、アルバイトのスタッフにも、少なくとも今月の残り分のシフトのお給料の60%が休業手当として支払われるそうだ。今はこういうちょっとした理解や待遇に、丁寧に感謝をしていきたい。

一緒に働いていたスタッフたちは、貯金を崩したり、親からお金を借りたりして、出来るだけ出費を抑えた生活を送るつもりだという。

有難いことに、僕の場合はインターンが在宅勤務で続いているし、クラウドソーシングで受注した翻訳と文章のお仕事で、少しばかりではあるがお金を頂けている。

貯金は1度止まってしまうけれど、今は家にこもって、頂いたお仕事をできるだけ丁寧に進めていく他になさそうだ。

世界が再び活気を取り戻す日を、心待ちにしながら。

編集部より:事業者都合による休業の場合、事業者には手当の支払い義務があるが、厚生労働省は新型コロナに関し「都道府県知事が行う就業制限により労働者が休業する場合は、休業手当を支払う必要はありません」との見解を発表している。(ただし知事による休業「協力要請」が就業制限に当たるかどうかについては不明)。

「雇用調整助成金」の特例措置が実施され、休業手当を払う事業者には助成があるが、助成金を申請せず手当を支払わなかったり、非正規社員は解雇とする事業者があることも報告されている。