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2021年03月08日 08時38分 JST | 更新 2021年03月08日 11時49分 JST

「絆」の危うい弊害。災害女性学を提言する研究者は「ネットワーク」を訴える。【東日本大震災】

「女性の力、思いを押し殺すことによって『絆』が成立するという古典的な共同体を推奨する動きが非常時には出てきやすいですね。東日本大震災でもありました」

時事通信社
2011年「今年の漢字」に決まった「絆」。撮影日:2011年12月12日

「私たちは家族です。町内会のように親睦を深め、皆で連帯感を強めよう。故についたてはいらない」

2011年の東日本大震災の直後、宮城県石巻市のある避難所で、男性リーダーが「演説」でこう話した。拍手を求められ、疲れ切った人々は賛同したという。 

大勢が避難する場所でプライバシーを確保するには最低限、ついたてが必要だ。資材もあった。しかし、使われなかった。

当時、内閣府から男女共同参画の観点での被災者支援や復興に関する通達が出されていたが、20.5%の自治体は「知らなかった」と回答した(2012年、内閣府調査)。こうした避難所で、混乱状態の現場を支配したのは、実際に運営するリーダーの考えや雰囲気だった。 

他にもこの避難所では、女性の意向を無視した決定が行われていたが、疲れ切った人々は声をあげることが困難だった。

このエピソードは宮城県内でDV被害者支援に取り組んできた八幡悦子さん(NPO法人ハーティ仙台代表)が、その避難所にいた知人から話を詳しく聞いた内容だ(『女たちが動く』生活思想社などに収録)。

2011年の「今年の漢字」は「絆」だった。

それから10年経ち出版された『災害女性学をつくる』(生活思想社)は、東日本大震災など災害と女性をめぐる様々な問題で研究や支援に関わってきた人々が、現場から普遍化を目指して提唱したものだ。

指摘した一つの例が「絆」という名前で我慢を強いられた人々のこと。同書はこのように書く。

避難所に身を寄せ合う人々を、擬似「家族」ととらえ、人々の「絆」で乗り越えようとの機運は、支え合う地域共同体イメージの強化となった。地域の支え合いは、被災地の人々の力となり、実際多くのプラスの面がある。ただし、災害時の言説においては、多様なニーズ、個々の意向、個別の事情は後回しとされ、みんなが大変な時に「わがまま」は禁物といった空気が、一人ひとりのささやかな要望を抑え込む動きにもなりかねない。

そして、非常時のジェンダー対策、女性支援策や、女性の力を生かすためには、その時に女性たちの声が生かされるための平時のジェンダー平等が不可欠であること。そして災害時の現場を詳しく知ることは、平常時の問題をより際だたせ、復興を通じて今の社会を再考することに繋がると強調する。

編著の浅野富美枝さん(元宮城学院女子大教授)、天童睦子さん(宮城学院女子大教授)に聞いた。

Yuriko Izutani Zoom画面より
浅野富美枝さん(左)と天童睦子さん(右)

 

「家族描写」の危うさと、見過ごされる女性の声

冒頭の事例のような「絆」や「家族」表現は、全員に我慢を強いる効果があったと2人は指摘する。女性たちが自分の人権や尊厳を守ることを阻害しかねない空気だ。それは、メディア表現にも現れていた。

天童さんは、3月11日から1カ月間、被災地のある地元紙に書かれた言説を分析した。そこには明確に、被災地が一つの「擬似的な家族」であるとの描写がされていたと指摘する。

「例えば『共同生活、まるで家族』であるとか、『戦場』のデフォルメのように表現したものもありました。メディアには悪気はなかったと思います。しかし、こうした表現は、災害だから我慢しなくてはいけない、『制約ありで当たり前』という意識を再生産してしまう効果があったのではないでしょうか」

支援や復興に関して自治体が行った住民の意向調査なども、個人ではなく世帯に対して行われることがあった。被災者に対する支援金が世帯主に振り込まれ、女性たちに行き渡らないという問題もあった。

「世帯主義は、世帯は1つ、意識も1つのように思い込ませてしまう。そうした十把一絡げの認識では、女性や子どもの声、そういうものは消えてしまう」

また、研究の前提となる材料を集める際には、男女別の統計がない問題にも直面した。これも女性が把握する問題や女性特有のニーズが見過ごされてしまいかねない例と言えるだろう。

例えば、現在も広域で避難している人の統計。復興庁などの調査で避難者数はまだ全国に4万2000人いるが、この数は男女別では把握されていない。現在も続く避難生活で女性が何を考え、どんな傾向にあるのか。調査する前提の統計がないのだ。

一方、宮城学院女子大で、学生たちに女性学を教えている天童さんは、この数年間の学生たちとの関わりの中で女性たち自身の意識は少しずつ変わってきたと見る。

「学生たちが声をあげ出したなと思います。『我慢の日常化』ではなく、辛いことは言っていいんだよという風に、意識は変わってきたと感じています」

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東日本大震災で設置された避難所 撮影日:2011年4月14日 本文中に出てくる避難所とは関係がありません。

 

「絆」ではなく「ネットワーク」

非常時に声をあげにくい人々の思いをいかに捉え、一人一人の権利や尊厳を守るのか。その点で、東日本大震災では、それまでの「ネットワーク」が功を奏した部分もあった。

浅野富美枝さんは「絆」に変わるものとして「ネットワーク」を意識すべきだと指摘する。

宮城県では、阪神・淡路大震災の経験を参照し、2008年にNPO法人「イコールネット仙台」が800人の女性たちの声を集めたニーズ調査を行っていた。

代表の宗片恵美子さんは、その経験から内閣府の中央防災会議の委員となり、「女性に配慮した避難所運営」について発言していた。国の制度を変えるには時間が足りなかったものの、その経験から、浅野さんらと共に避難所での女性支援にすぐに動き始めることができたという。

さらに東日本大震災での経験は、様々な支援者の手によってまとめられ、熊本地震での支援につながった。中心になったのは女性たちだ。

本の中で熊本地震の章にはこう書かれている。

「被災地の男女共同参画センターが、避難所の改善活動や性暴力防止の啓発活動を展開するなど、発災まもない時期からオフィシャルに多面的な活動が展開され、被災自治体・応援自治体の中でも意識的に対策に取り組んだところもあることから、問題の悪化を防いだ側面もあった」(浅野幸子さん、減災と男女共同参画 研修推進センター共同代表) 

「女性の力、思いを押し殺すことによって『絆』が成立するという古典的な共同体を推奨する動きが非常時には出てきやすいですね。東日本大震災でもありました。一方で、つながりで女性たちが自分をエンパワメントすることで、女性視点の防災はこの10年で進んできました。こうした仕組みを自治体や国レベルで制度化し、これからも発展させていくことが必要ではないでしょうか?」(浅野富美枝さん)

東日本大震災後、ジェンダー視点での災害対策の必要性は広く認識されるようになった。災害対策基本法にも明記され、内閣府は2020年5月に避難所のガイドラインを更新し、女性やその他のマイノリティに対応する方針を細かく書き込んだ。2020年に策定された第五次男女共同参画基本計画にも位置付けられている。

「大きな枠組みと認識はこの10年で随分進んできたと思う」と浅野富美枝さん。

一方で、この枠組みがどこまで地域に浸透しているかは課題だ。冒頭のように、実際の現場で避難所を運営したり、復興計画を作ったりするのは地域のリーダーたちだからだ。

全国の自治会長に占める女性の割合はわずか5.9%(2019年、内閣府調査)。民間企業の課長レベルの女性が11.4%(2019年、同)であることと比較すると、さらに低い水準だ。

「女性たちは様々な意味で地域にも参加している。残念ながらそれが見えない。情報発信されない。自治体などに認識されるような団体を結成することに女性は慣れていないということもあると思います。それで、意思決定の場に女性がなかなか出られない。もっと発信力、つながり力を持たなくてはいけない」(浅野富美枝さん)

イコールネット仙台では、震災後の支援活動や調査から生まれたそうした課題を解決するため、女性たちが地域の防災組織でリーダーとなれるよう講座を開催している。 

さらに仙台市内では、町内会ぐるみでこの講座を取り入れ、男性も含むリーダーが、災害と女性に関わる視点を持つようになった地区もあるという。

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東日本大震災・被災地に舞う雪(宮城県仙台市)撮影日:2011年3月16日

 

災害対策に「男女センター」、しかし根拠法はあやふや

しかし、そのつながりが断ち切られかねない問題が今起こっている。それが、公務員の非正規化(2020年から会計年度任用職員制度化)だ。しかも、全国の非正規公務員の4分の3が女性だ。

例えば都道府県や自治体などが設置する「男女共同参画センター」は、全国に365カ所あり、それぞれの地域で男女共同参画推進のための活動をしている。DV被害者のための支援事業などが併設されている場合もある。

東日本大震災でも、東北3県や、広域避難者を受け入れた埼玉県などのセンターは被災者の生活支援のため活躍した。避難所に相談窓口を設置したり、自主避難者への物資のデリバリー、DV被害者や女性向けの各種電話相談、買い物代行、女性用の下着などを含む洗濯代行などのきめ細やかな生活支援活動を、時にはNPOなど民間団体と共同で行ってきた。

こうした実績から、2020年5月に新たに制定された内閣府のガイドラインでも、災害対策本部に自治体の男女共同参画部局や、センターの職員の意思が反映される体制づくりを求めるなど、センターを災害対策の中心に引き上げた。

一方で、現実はどうか。元公立女性関連施設職員である瀬山紀子さんは、男女共同参画センターには、設置される根拠となる法律がなく、自治体の中で力のあるポジションではないことも多く、危うい立ち位置にあると指摘している。

また、公設公営の場合、2020年度から始まった会計年度任用職員制度によって、基幹業務を直接担う専門職員は、単年度ごとに採用し、継続雇用を前提としない職に位置づけられてしまった。短期間で人が入れ替わる職場では、復興の経験や災害対策への取り組みが十分継承されない「構造的な問題がある」と浅野さんは指摘する。

実際、浅野さんが支援活動で共に奔走していた非正規の職員たちの中にも、辞めていった人々が多いという。 

非正規公務員の問題が、災害時の女性支援の貧弱さに直結する。これは、まさに平時に見過ごされた問題が、震災で大きく増幅される例だろう。すべては繋がっているのだ。

女性視点での防災対策は、本来的な男女共同参画の取り組みを進める以外にはない。やはりたどり着くのは根源的な問題だ。

天童さんは言う。

「女性センターなどの施設は、フェミニズムの市民運動の盛り上がりを受けて1980年代ごろから全国に作られ始め、90年代末からは男女共同参画センターが多くの自治体に設置されました。女性政策の新時代との期待があった。その後、行政の様々なものが民営化され、丸投げされ、自助努力やコスト削減の効率主義に覆われていった。だから、『自助』ばかりが強調される時代に、地域から立ち上がるオルタナティブな発想を作らないといけないんです。災害女性学は、女性の視点で災害への対応について検証し、小さな光を広げていこうという試みです」