
2000年8月、ダニー・スチュワートはニューヨーク市の地下鉄の駅で置き去りにされた赤ちゃんを見つけた。その後、ダニーと現在の夫であるピーター・マキューリオは、家庭裁判所の判事から赤ちゃんを養子として迎える意思があるか尋ねられた。ふたりの答えは――。それから25年経った2025年、2人はプライド月間と父の日が重なる6月に、25年前の自分に宛てた手紙を書いた。
ピーター・マキューリオから25年前の自分へ
親愛なるピートへ
あれは、いつもと同じような2000年8月、月曜の夕方だった。君はボーイフレンドのダニーが家に帰ってくるのを待っている。ふたりで外で食事をする予定だったのに、ダニーはなかなか帰ってこない。
そんな時に電話が鳴る。電話の向こうにいる彼の言葉が君の人生を永遠に変えることになるんだ。
ダニーは近くの地下鉄の駅で、生まれたばかりの赤ちゃんを見つけたと伝えてきた。
君はすぐに駆けつける。赤ちゃんは、警察官の腕の中で小さくあくびをしている。その赤ちゃんを見て、今までに感じたことのないような震えが君の体を走り抜ける。
ダニーはその後しばらくメディアに注目されることになるけれど、数日後には日常が戻ってくる。
でも、それは束の間だった。
数カ月後、ダニーは家庭裁判所の判事から突然、赤ちゃんを養子に迎える意思はあるかと尋ねられる。
ダニーは驚きながらも「はい」と答える。でも、その話を聞いた君の答えは「いいえ」だ。
君はまだ準備ができていなかったんだ。怖かったし、自分にはそんな価値がないと感じていた。
恐怖に支配されて拒絶の気持ちが生まれ、君は愛する人をひどく傷つけるようなことを言ってしまう。自分の人生が変わるのを望んでいなかったんだ。
それから君は何時間も何日もかけて、赤ちゃんが自分たちの生活の1分1秒にどんな影響を与えるかを考え続ける。

疑問は次々と湧いてくるだろう――「親になるってどういうことだろう?」「赤ちゃんが生活の一部になったら、どうなるんだろう?」「僕たちはどう変わるんだろう?」「ゲイのパパはどんな困難に直面する?」「僕たちには、忍耐力や優しさ、やり遂げる能力があるだろうか?」「本当に、自分にはこの奇跡のような赤ちゃんの親になる資格があるんだろうか?」「失敗したら?」「ズボンのすそを引っ張って質問をされて、答えられなかったら?」「もし誤った回答をしてしまったら?」
君はすべてが怖いんだ――自分が不完全であることも、赤ちゃんと近くなりすぎることも、いつか手放す時に胸が張り裂けるような思いをすることも。
要するに、君は「深く、完全に愛すること」に体がすくんでいるんだ。「この子にはもっとふさわしい人がいる」と信じ、自分にはこの子が必要としている人生を与えられないかもしれないと思ってしまう。
だけど、実は君には選択の余地はないんだ。君を超える何か大きな力が働いているのだから。
その力は、君に父親になり、家族を持つことを望んでいる。その力は、今の君には想像もできない未来を見ている――喜びや豊かさ、意味、何より愛に満ちた未来を。
君の中の「よりよい自分」が、未来の断片を君に見せてくれるだろう――。草の生えた広場でのキャッチボール、水辺での夕暮れのピクニック、クリスマスの朝、毛布で作った秘密基地、かくれんぼ、寝る前の読み聞かせ。
そして君に、こう問いかける。「どれだけ多くの人が、君と代わりたいと思っているか、わかってる?」「この赤ちゃんは贈り物なんだよ。君の人生に起きた、最高の出来事なんだ」――今はまだそう信じられないかもしれないけれど、信じてほしい。きっとわかる日が来るから。
君に必要なのは、ただ恐れを手放し、抵抗をやめ、その贈り物を受け入れることだ。

ソーシャルワーカーと一緒に赤ちゃんに面会したとき、ダニーはその子を抱き上げて、君がこれまで見た中で一番大きく、満ち足りた笑顔を見せる。それは本当に美しく、優美で、奇跡のような光景だ。
君はその笑顔を、これから何度も目にすることになる。その子が君の肩の上で眠ってしまった時。初めて「ダダ」「パパ」と呼んでくれた時。手をつないで一緒に通りを歩いた時。指で家族の絵を描いた時。車の後部座席で歌いながら眠りについた時。自転車の乗り方を覚えた時。ボールを投げ、バイオリンを弾き、ステージで踊った時。君の髪が薄くなってきたことをからかった時にも。
それから、君の番が来る。君がその子を抱き上げると、彼は君の指をぎゅっと握り、君の目をじっと見つめる。
その瞬間、彼の持つすべての無邪気さや希望とともに、穏やかで、温かくて、圧倒的な波が君を包み込む。その感覚は、君自身を根底から変えてしまうほどだ。
君の腕の中にいる男の子は、君が自分の内側に築いた防御の壁をすべて壊してしまう。彼のおかげで、君は理詰めの考えや管理、すべてに意味を求めることをやめるようになる。
そうしているうちに気付くだろう――この素晴らしくも予測不可能な人生の旅では「すべてに意味がある」と思えることもあれば、「意味はなくてもすべてが起こる」と思えることもあるんだと。
君はようやく理解する――なぜダニーがあのとき「はい」と答えたのかを。彼にとっては、地下鉄の駅で出会ったその瞬間からすべてが始まっていたんだと。
誰にも邪魔されずふたりきりで過ごした、あの神聖な数分間で、ダニーはあの子に夢中になり、切り離せないほどに深く結ばれていたんだ。警察が来る前に、ニュースのクルーが到着する前に、君が駆けつける前に。
どうしてあんなにも間違っていたんだろうと思わずにはいられない。恐れる必要なんて、どこにもなかったのに。君は今、勇気に満ち、ワクワクして、訪れる未来を受け止める準備ができている。

パパと父親、息子の未来が、不思議で栄光に満ちた形で展開していくんだ。
初めて父親として迎える父の日、君はたくさんの祝福の言葉に驚くだろう。 君の母親は、君とダニーに「#1パパ」と「#1ダディ」と刺繍されたお揃いのTシャツをプレゼントしてくれる。
君は「ちょっとダサいな」と思って、一度しか着ないかもしれないけれど、そのTシャツをずっと大切に取っておくことになる。それから毎年父の日に、自分が「父」と呼ばれる立場になったという事実に、思いを馳せ、感動するようになる。
父親であることで、驚き、試されることもある。「もう無理だ」と感じる日もあるだろう。 だけど君は決して諦めない。
その時その時を、開かれた心と優しさと愛で乗り越える。 やがて、「父」は君のアイデンティティの中心となり、人生に目的を与えてくれる。
君とダニーは息子に世界を見せ、彼は君たちの世界を広げてくれる。 毎日が、信じられないほどの喜びと驚きと感謝に満ちていて、 思わず自分をつねって現実かどうか確かめたくなるだろう。
そして何よりも―― 君は「無条件の愛」の本当の意味を、知ることになるんだ。
ダニー・スチュワートから25年前の自分へ
親愛なるダニーへ
君の人生を永遠に変える、特別な出来事がまさに起ころうとしている。2000年8月28日の夜、君は地下鉄の駅の汚れた床の上に、布にくるまれたひとりの男の子の赤ちゃんを見つけるだろう。
その時はまだ気付いていないけれど、その瞬間から君が想像もできなかったほど大きな運命が動き始める。
その夜、君は「父親」になる。

それは、ほんの少しの差で起こらなかったかもしれない出来事だ。君はそのまま通り過ぎることもできた。でも、なぜか足が止まり、振り返った。その一瞬の「ためらい」がすべての始まりになった。
君は18歳の卒業アルバムにあった「10年後の自分はどこにいると思う?」という質問にこう書いた――「結婚して子どもがいる」。
でも本当は、それは手の届かない未来だと感じていた。君はゲイでカミングアウトしておらず、テキサスに住んでいた。でも、不可能に思える未来を想像しようとしていた。
でも、君の中の何か――静かで、諦めない思い――が、父親になりたいという願いを決して手放さなかった。
君はいつも、小さな決断をする時に優柔不断だった。何を食べるか、何を着るかに迷っていた。だけど、人生を変えるような大きな選択に関しては、君の心は揺るがなかった。
だからこそ、2000年12月に、裁判官に赤ちゃんを養子に迎えるか尋ねられた時、君はほとんど迷わず「はい」と答えるんだ。
君は、心の中ですでにわかっている。この子は二度と訪れない贈り物なんだと。君は、自分は愛を与えられると信じ、これは運命だったと感じている。
本音を言えば、君はこの子が自分の人生をどう変えていくのかについて、あまり考えていない。これからの年月を詳細に描いたり、複雑さを想像したりもしていない。だけど、迷いもない。
不意に訪れたあり得ないようなこの瞬間を、自分のいるべき場所であるかのように感じるんだ。

君のボーイフレンドのピートは、親になることに確信が持てないかもしれないけれど、君は彼と一緒にこの道を歩みたいと思っている。
彼のためらいは君を揺さぶり、最初は孤独を感じさせるだろう。それでも君は揺るがない。
自分たちには子どもを育てる力があるし、何かあっても乗り越えられると信じている。
君たちは完璧ではないけれど、十分だ。愛がある――それが君たちの出発点なのだから。
初めて自分の子どもを抱きしめた時、君は自分の中で何かが広がるのを感じるだろう――あまりにも満ちあふれた愛で、心が張り裂けそうになるほどだ。
彼が胸の上で眠りにつくたびに、楽しそうに笑うたびに、君はその深い愛に驚かされる。
彼の目を通して世界を見る素晴らしさも知る。世界は初めてのものにあふれている。初めての言葉、初めての一歩、初めての質問――その「初めて」は君に感動をもたらす。
彼の喜びは君の喜びに、彼の好奇心は君のコンパスの針が向かう先になる。こうした小さな瞬間が、君がこれまで願いもしなかった最高の贈り物になるんだ。
そして、あの夜――あの瞬間を振り返るたびに、君は感謝の気持ちでいっぱいになるだろう。あの瞬間にすべてが変わったのだから。君はあの子を見つけ、父親になった。そしてピートとともに、君たち3人は家族になったのだ。

私たちの物語が「すべての家族の形は同じじゃない。家族とは、愛によって定義されるんだ」という強いメッセージとして届くことを願っている。
現在でも、里親や養子縁組の家庭は、多くの課題に直面している。NPO団体「セカンドナーチャー」は、コミュニティ支援を通して里親家族の孤立感を解消し、帰属感を育む活動をしている。里親をめぐる状況を改善するために、セカンドナーチャーにボランティアや専門家、仲間として参加することもできる。
この6月には、セカンドナーチャーから私たちの家族の素晴らしい始まりを描いた短編アニメ映画「18 MONTHS」が発表された。ぜひ見てほしい。
筆者:ピーター・マキューリオ。作家、夫、父親。作品に回想録『There』や児童絵本『ぼくらのサブウェイ・ベイビー』がある。趣味はハイキングや国立公園の探索。ソフトボールチーム「Rookies」に25年以上所属。ビッグアップル・ソフトボールリーグの殿堂入りを果たす。夫のダニーとニューヨークで生活。ウェブサイトwww.petermercurio.com
筆者:ダニー・スチュワート。ソーシャルワーカー。ホームレスや住居不定の人たちを支援するセーフ・ホライゾン・ストリート・プロジェクトの運営・財務ディレクター。ニューヨーク市立大学ハンター校シルバーマン・スクール・オブ・ソーシャルワークの非常勤講師。2025年にニューヨークのメディア団体「City & State New York」から平等とインクルージョンのために闘うLGBTQ+のニューヨーク市民「プライド・トレイルブレイザー」に選ばれた。
ハフポストUS版の寄稿を翻訳しました。