今夏、かつて9年間を過ごしたロンドンにセンチメンタル・ジャーニーに出かけた。その折、自家用車で乗客を運ぶ「ライドシェア(相乗り)」配車サービス最大手「Uber(ウーバー)」の利便性に驚愕した記憶がある(ご興味のある方は、筆者の個人ブログ「のびーパパの へぇーそうだったのか 薀蓄話 第68話 ブラック・キャブ対ウーバーの戦いはブリテンそのものの戦い」2017年7月4日をお読みください)。
日本では、お決まりの「規制」によりまったく普及していないので気がつかないのだが、世界は間違いなく大きく動いている。石油会社の将来を考える場合、けっして見落とすことができない現象だ。
世界最大規模のIPO(新規株式公開)を実行しようとして世界の耳目を集めているサウジアラビアの国営石油会社「サウジアラムコ」の経営幹部たちは、石油需要にとってはウーバーのような事業形態の方がEV(電気自動車)よりも脅威だ、と語っていると『フィナンシャル・タイムズ(FT)』が報じている(Saudi Aramco executives see ride-sharing as threat to oil demand:around 00:30 on 11th Dec. 2017 Tokyo)。
記事の中で、サウジアラムコの社長兼CEO(最高経営責任者)アミン・H・ナサールが言っているように、「EVは普及する。そのことに疑いはない」。だが、IEA(国際エネルギー機関)が11月に発表した「世界エネルギーアウトルック2017」の中で指摘しているように、EVの普及によって影響を受けるのは1日あたり200万バレル(BD)程度でしかなく、おおよそ1億BDの総消費量から見ればさほど大きなものではないのも事実だ。
だが、サウジアラムコは冷静だ。EVよりウーバーのような事業形態の方が、石油需要を減少させるかもしれない、と見ているのだ。だからこそ、他のエネルギーでは代替できない石油化学への投資を増加する方針を取っているのだろう(Saudi Aramco plans for a life after oil)。
喫緊の阻害要因
さて、記事の要点を次のとおり紹介しておこう。
■サウジアラムコは、ウーバーのようなライドシェアリング・サービスの方が、EVの普及より、輸送及びエネルギー消費にとってより重大な阻害要因だと認識している。
■同社は、もっとも楽観的なシナリオでも、2040年のEVのシェアは10~20%でしかない、と見ている。FTのインタビューに同社CEOのアミン・H・ナサール氏は、「EVは普及する。そのことに疑いはない。(だが)我々は現実的になる必要がある」と語った。IEAの予測によれば、EVは現在の200万台から、2025年には5000万台、2040年には3億台になる。これによって石油需要は200万BD減少する。
■だが、同社の経営企画担当副社長のYasser Mufti氏は、石油需要にとってはEVや自動運転よりもライドシェアリングの方がもっと喫緊の阻害要因だと言う。ウーバーと同業者たちは、すでに伝統的なタクシー事業にダメージを与えている。将来、ライドシェアリングは、個人の自動車所有を減少させ、道路輸送をより効率的にし、自動車メーカーと石油会社にとって長期的な脅威となりうる。Mufti氏いわく、サウジアラムコはモビリティー(移動)・パターンの変化に対応して、「どこに投資し、どこに自社を位置づけるか、すべてのモビリティー・バリューチェーンの動向に目を光らせている。すべては競争にさらされているからだ」。
■サウジアラビアの主要な投資ファンド「Public Investment Fund (PIF)」は昨年、世界の84カ国、600以上の都市で事業を展開しているウーバーの株式5%を35億ドルで購入した、と発表した。
■Mufti氏いわく、ライドシェアリング利用への動きは燃料販売の未来に疑問を投げかけている。さらに、エネルギー会社が顧客に直接販売する、という伝統的なビジネスモデルから、ライドシェアリング事業会社へ石油や電気をまとめて「一括販売」することになるかもしれない、と言う。
■だが、人口が増え続けており、より豊かになっていく発展途上国では、伝統的な燃料の消費量は増加する、とサウジアラムコは見ている。「中間層が拡大し、よりモダンなライフスタイルを必要としているので、エネルギー需要も増大する」とMufti氏は言う。「全輸送分野において、石油需要は少なくとも向こう20年間増加することに確信を持っている」と。
石油業界の若い友人たちと話をすると、EVの普及による影響については社内でも議論が活発に行われているようだが、ウーバーのようなライドシェアリングによる需要減少については関心が寄せられていないようだ。もっとも、人口減少とエネルギーの効率利用による石油需要の減少、という現実を把握していれば、カヴァーできる課題だとも言える。
だが、日本の場合、ウーバーのような事業形態を許容しないというのは、役所による業界擁護策になっているのだろうか。
岩瀬昇 1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同) がある。