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2018年03月02日 10時15分 JST | 更新 2018年03月02日 10時15分 JST

世界はキャッシュレスに向う-日本の観光来客数を維持するために必要なことを考えよう:研究員の眼

海外からの眼を意識して日本の既存のシステム等を見直さないと、到底、観光立国、毎年の観光客増加は望み得ないだろう。

A tube train passes a sign reading 'Webminster' after Amazon rebranded Westminster tube station as a marketing stunt in central London, Britain January 12, 2017. REUTERS/Stefan Wermuth
Stefan Wermuth / Reuters
A tube train passes a sign reading 'Webminster' after Amazon rebranded Westminster tube station as a marketing stunt in central London, Britain January 12, 2017. REUTERS/Stefan Wermuth

ほぼ14ヶ月ぶりに出張で英国を訪れた。と言っても、前回の行き先がスコットランドであったので、首都であるロンドンを訪れるのは、4年数ヶ月ぶりであった。

いつものように、運用会社やコンサルティング会社などを訪問して、色々と話を聞かせて頂いたのだが、各社のオフィスを訪れる際や食事の際に、4年前とは異なる違いを、言い換えれば変化を、明確に感じることとなった。それは、報道で知っていた以上に、キャッシュレス化が大きく進んでいたことである。

そもそも、ここ数年で英国では紙幣や硬貨の見直しが次々と行われており、日本とは異なって、古い紙幣や通貨は市場での流通が停止されている。

これまで少なくとも数年に一回程度の頻度では出張のために訪英して来たため、手元に残っていたポンドのうち、旧5ポンド紙幣は最早紙屑になっており、旧1ポンド硬貨は市中の売店では受取ってもらえなかったのである。

前者については、既に2017年5月に法定通貨としての役割を停止されており、一部の銀行ではまだ交換に応じてくれるようであるが、旅行者には利用できるものでない。旧1ポンド硬貨も銀行に持ち込んで交換する必要があるため、受取ってくれなかったのである。

日本では、ほとんどの古い紙幣・硬貨でも額面での流通が可能であることに比べると、大きく取扱いが異なる。

前回のスコットランド出張の際に、これらの古い紙幣・硬貨を使い切っていれば良かったのであるが、実は、その際はスコットランドでしか流通しないバンク・オブ・スコットランドの発行するポンド紙幣の使用を優先し、バンク・オブ・イングランドの発行する紙幣・硬貨の見直しにまで、発想が行き届かなかったのである。

英国でのこうした動きの背景には、まず、偽造通貨を排除するためにより高度な偽造防止技術を導入したことがある。特に、旧5ポンド紙幣は紙製であったが、新しい5ポンド紙幣はポリマー製となり、偽造が困難になったと同時に耐久性が増したとされる。

既に、オーストラリアなどではポリマー紙幣が発行されており、世界的に紙幣の素材を見直す動きが見られている。同時に、紙幣や硬貨の見直しは、現金の利用を減らしキャッシュレス化に向う動きを促進する可能性が高い。

よく知られているように、ロンドンの地下鉄は、一回乗車券と日本のPASMOのような非接触型カードであるOyster Cardの利用とで、運賃がまったく異なる。

かつてポンドが強い時期には、地下鉄の初乗り運賃で、日本なら昼食が食べられると揶揄されたことすらある。実際に、現在の状況を比較してみると、東京メトロの場合、初乗り運賃は、現金だと170円だが、ICカードを利用した場合165円である。

ロンドンの地下鉄では、現金だと4.9ポンド(約735円;1ポンド=150円で換算)であるのに対し、Oysterを利用すると2.4ポンド(約360円)と半額以下になる(したがって、旅行者の場合は、乗車回数によっては1日乗車券(中心部のみでは12.7ポンド)を利用した方が得になる可能性が高い)。

なお、Oysterのデポジットは5ポンドであり、よほどの円高でない限りPASMOより高額である。こうした料金設定も、現金で地下鉄の乗車券を購入するのでなく、Oysterの利用を促進することで、キャッシュレスへと誘導しているものとも考えられる。

今回の英国出張前に、利用予定区間の運賃を調べるためにロンドン地下鉄のサイトを見たところ、Oysterと並んでContactlessも同額の表示が目に付いた。

調べてみると、英国内で発行されたデビット・クレジット・プリペイドなどのプラスチック・マネー(Contactless対応のものに限る)だけでなく、スマートフォンのアプリやリストバンドなどContactlessに対応した機器の利用でも、Oysterと同じ料金で同様に、鉄道を利用することができるようになっているのである。

この地下鉄の例までであれば、東京もほぼ同等の域に達していると言えなくもない。しかし、もっと驚かされたのが、ランチの支払い方法である。

日本の場合、1,000円程度のランチをクレジットカードで支払うことは、まずない。仮に支払いをカードで行おうとすると、「クレジットカードの利用は合計金額3000円以上からでお願いします」とか「ランチタイムの支払いは現金のみでお願いします」とか言われるだろう。

ランチに財布を持って来るのを忘れてしまった時は、同僚に借りる以外、PASMOやクレジットカード、スマホで決済のできるコンビニやファストフードで済ませるしかない。まだまだ、現金決済が一般的な利用局面では、幅を効かせているのである。

ところが、ロンドンでの昼食は、ヒアリング先のアポの間に一人で取るため、金額としては13ポンド程度のものである。英国ではテーブルで代金を支払うのが一般的であることもあって、会計をお願いすると、必ずハンディな携帯クレジットカード端末を持って担当者がテーブルまでやって来る。

現金で支払う旨を告げると、おつりの手間が面倒なのか、担当者は不服そうな顔すらするのである。決してランチに数十ポンドかかるような高級料理店ではない。結局、サービス料込みで15ポンドを現金で渡し、「つりは不要です」と、告げるしかなかったのである。

数年ぶりに訪れたロンドンは、このようにキャッシュレス化が、明らかに以前より進んでいた。既にスウェーデンでは、現金利用が取引全体の2%程度しかないと言われており、キャッシュレス化が大きく進んでいる。

現金については、前述の通り、偽造の怖れや脱税に利用される可能性、更には、現金そのものの製造・保管コストといった課題も指摘されつつある。

中国でアリペイ決済などのようなキャッシュレス化が浸透しているのは、利便性もあるが、明らかに偽造通貨等に対する怖れの要素も大きい。中国でキャッシュレス化が進んでいる状況を紹介するインターネット記事は多い。

日本でキャッシュレス化があまり進んでいない背景には、現金や官公庁に対する信頼感の強さを指摘する見方が強い。加えて、加盟店がクレジットカード会社に対して支払う手数料が高過ぎるという意見も良く耳にする。

こうしたキャッシュレス化の遅れが、将来のインバウンド対して抑制的に作用する危険性を忘れてはならないだろう。足元は、円安のために日本での消費は極めて好調である。地下鉄運賃の例でも、ランチの例でも、明らかに東京はロンドンに対して物価が安く感じられる。

これは対ロンドンだけでなく、アメリカや多くのアジア諸国に対しても、同様である。高価なものを探せば東京の物価を高く見せることは出来るが、同等程度のものの価格は、明らかに日本が安い。英Economist誌の公表するビッグマック指数では、2018年1月時点で、日本円は35%割安であるとされている。

こうした円安の状態が海外から日本への訪問客増加の大きな理由であることを忘れてはならない。日本が多くの観光客を迎えるには、まだまだ課題が多く残っている。

首都圏の鉄道を例に取ると、まず、海外からの訪問者にとって、路線別の色分けや駅ナンバリングを導入しても、鉄道網はわかり難い。東京には都営とメトロと複数の地下鉄運営者が存在しており、乗継割引があるものの、跨いで乗車すると高額の運賃を課せられる。

また、平常時なら英語等でのアナウンスがあるものの、事故発生時の非常時には、そもそも日本語での案内すら十分されていないのに、外国語での状況説明や迂回ルートへの誘導などはほとんど出来ていない。

日本への観光客が増加した背景にあるのは、決して観光立国といったキャンペーンによる誘致効果だけではく、実際に、日本を訪れる経済的なメリットが感じられることで訪日する外国人が多いのではないか。

鉄道以外の課題を幾つか挙げると、海外発行クレジットカードによるATM利用不可や公衆Wi-Fi網の未整備など、必ずしも十分に解決されていない細かな問題が多い。

これからラグビーW杯やG20、東京オリンピックなど多くの国際的なイベントが日本で開催される予定である。改めて海外からの眼を意識して日本の既存のシステム等を見直さないと、到底、観光立国、毎年の観光客増加は望み得ないだろう。

単なる円安による観光客増を誤解せず、真に「おもてなし」のあり方を考えるべき時が来ているのではなかろうか。キャッシュレス化への対応は、その中でも一つの大きなポイントになると考える。

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(2018年2月23日「研究員の眼」より転載)
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