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2018年06月06日 12時48分 JST | 更新 2018年06月06日 12時48分 JST

M・C・エッシャー展とでんぐりでんぐりの話

なんともプログラミング的というかアルゴリズム的な仮想の生き物(?)なのである。

6月6日(水)より上野の森美術館で開催の「ミラクル エッシャー展」には約150点が展示。非常に微細な木版、鏡像まで再現したメゾティント(銅版)やリトグラフの美しさに目を奪われる。
Satoshi Endo
6月6日(水)より上野の森美術館で開催の「ミラクル エッシャー展」には約150点が展示。非常に微細な木版、鏡像まで再現したメゾティント(銅版)やリトグラフの美しさに目を奪われる。

 日本科学未来館での「GAME ON ~ゲームってなんでおもしろい?~」展でご一緒させていただいたフジテレビジョンの神田さんから「はじまるよー」というお知らせをいただいた(GAME ONは未来館とフジと角川アスキー総研の共催だったのですね)。6月6日から上野の森美術館で「ミラクル エッシャー展」という催しが始まるというのだ。

 これを読まれている人には説明の必要もないと思う、数学や理系のエンジニア、建築系の人たちにファンの多いオランダの画家・版画家M・C・エッシャー(Maurits Cornelis Escher、1898~1972)である。

 私は、その作品の中でも「でんぐりでんぐり」(Wentelteefje、英語ではCurl-Up)が大好きで、なんともプログラミング的というかアルゴリズム的な仮想の生き物(?)なのである。人間の足みたいな脚が6本ついていて、そいつがゾロリと歩くうちに丸まってタイヤみたいになる(たぶんそのまま転がるのだろう)。そこで、神田さんとは、次のような会話になったのだった。

神田「ミラクル エッシャー展はじまります」

遠藤「表紙がエッシャーの少年マガジン3冊持ってますよ。巨人の星、あしたのジョー、無用の介と載ってる黄金期です。しかも、あしたのジョーの非常に重要な回の号が含まれていた気がします」

神田「ええっ、遠藤さんマジすか!! 写真撮らせて!」

遠藤「発掘します!! 建物、頭、でんぐりでんぐりだったかと」

(敬称略)

 聞けば、エッシャーが日本で広く知られるようになったのは『少年マガジン』によるところが大きいとのこと。ネットで調べると少年マガジン名物の絵解きページで有名な大伴昌司氏が紹介したのだそうで、1970年2月8日号からの3巻は表紙をエッシャー作品が飾っていたのだった。その3冊を、私は、たまたま80年代前半のあるとき神保町で買って所有していたというわけだ。

 エッシャーの作品といえば、いわゆる不可能物体(現実の世界ではありえない構造の建物)や平面を同じ形の図形が埋め尽くす(あるいはそれらの図形が少しずつ変化してまったく別のものに変容する)、机の上の小物や絵に描いた動物がそこから抜け出して動きだす机上妄想系の作品(繰り返し的な動きが多い)などに大別できる。

 一般に「だまし絵」とか「錯視」と説明されたりするのだが、冷静に分解してみると、(1)論理的なしくみがある、(2)対称性すなわち比較が行われる、(3)状態変化、(4)無限な繰り返しなどがテーマとして描かれる。これって、プログラミングの基本要素をまんま並べた感じではないか! でんぐりでんぐりも、状況によって内部状態を変えて便利に動いてくれるサブルーチンみたいである。

Satoshi Endo
でんぐりでんぐりのWikipediaページ。エッシャーの作品を数学や建築など静的なものとの関係だけで語るのは重要な要素を見逃していると思う。そこにあるのはコンピューターの多くのプログラムに見られるメインループに似た後期産業主義という時代背景とも異なる少々生々しい繰り返しだ。

 子どもの頃にエッシャーと出会ったことが、大人になってプログラマになったとか、数学や建築の道にいった理由の1つだという人は少なくないのではないかと思う。私の場合も、たぶんその作品群を知ったことが、仕事としてプログラマを選んだり、いまも錯視を利用して人やネコが歩くボールペンを作ったりしている※1ことと関係しているとしか思えない。

 というわけで、オフィスの引っ越しで片付けていた段ボール箱の中から少年マガジンを掘り出したのだが、出てきた3冊は、神田さんに伝えた「建物」「頭」「でんぐりでんぐり」ではなかった。1つ目、2つ目は記憶のとおりだったが、3つ目が、実際は違っていてメビウスの輪の上を歩くアリさんだったのだ。私の頭の中が、いつの間にかでんぐりでんぐりに侵されてしまっていたような感じである(音楽に合わせて彼らが歩き続けるスクリーンセイバーのような頭の中を連想してほしい)。

Satoshi Endo
『少年マガジン』1970年2月8日号「ものみの塔の錯覚点」
Satoshi Endo
『少年マガジン』1970年2月15日号「婚姻の絆」
Satoshi Endo
『少年マガジン』1970年2月22日号「メビウスの輪Ⅱ」

 ところで、3冊の少年マガジンだが、神田さんにもお伝えしたように、これ『あしたのジョー』の非常に有名な回が含まれている。

 実は、私もそのことを知らないまま一時期この3冊を会社の机のヨコの本棚に並べておいていたのだった。すると、あるとき私のアイコンを描いてくれたWさん(実は週刊少年ジャンプの新人部門で作品がチラリ紹介されたことがある)が「アレー! なんでこんな凄い少年マガジンが置いてあるんですか!」と指をさして言うのだった。この3冊は、ジョーと力石徹の死闘をあつかっていて、2月22日号はあまりにも有名な力石徹のお葬式の回なのだそうだ(当時力石の葬式が実際に行われたのでしたよね)。

 個人的には、いつエッシャーと出会ったかというと正確な前後関係は分からないのだが、マーチン・ガードナーの印象が大きい。米国『Scientific American』誌の連載コラムであまりにも有名な同氏だが、その日本語版『日経サイエンス』(1971年創刊時『サイエンス』)は、私が背伸びして読んでいた雑誌でありコラムだったからだ(ガードナー氏の後継者的な位置づけで同誌の人気コラムを書いたA・K・デュードニー氏に関しては『眠れぬ夜のグーゴル』を翻訳出版させてもらっている=1997年、田中利幸訳、アスキー刊)。 「ミラクル エッシャー展」の公式サイトでは、エッシャーの本を何冊も翻訳された元朝日新聞社の坂根厳夫氏や数学者で日本テセレーションデザイン協会の代表の荒木義明さんのコメントも掲載されている。1980年代に、坂根氏の訳された『エッシャーの宇宙』で衝撃を受けた人は多いはずだ。そして、エッシャーというと数学・幾何学・パズル的な知的玩具の世界と切っても切れない関係にある。

 雑誌は手元にないのだが、その連載をまとめた『別冊サイエンス 数学ゲームIII』(1981年、一松信訳)と『ペンローズタイルと数学パズル』(1992年、一松信訳、丸善刊)に、それぞれ、エッシャーを紹介した記事が掲載されている。いま見つからないのだが、中学生の頃に読みまくっていたブルーバックスの『数学ゲームII』(1974年、高木茂男訳)にも出てくる可能性が高い(未確認)。

Satoshi Endo
『Scientific American』誌の1961年4月号でのM・C・エッシャーの作品紹介。

 要するに、我らがマーチン・ガードナー氏は、えらくM・C・エッシャーがお気に入りだったわけだ。ただし、それは少年マガジンの表紙や坂根厳夫氏の本で贅沢に紹介された不可能物体や美術作品的色合いの濃いエッシャーとは少し違った切り口である。もっぱら平面を同じ形のピースで敷き詰める(数学的には無限対称変換群というらしい)問題に関連してなのだ。とはいえ、エッシャーというと『ゲーデル、エッシャー、バッハ』となりがちだが、著者ホフスタッターのもう1冊『メタマジック・ゲーム』は、ガードナーへのリスペクトで付いた書名(詳しくは各自調べてもらえると)なので、エッシャーから辿ってガードナーというのはおかしい話ではないのだが。

 そこで、マーチン・ガードナーにおけるM・C・エッシャー作品の初出を探してみると、『Scientific American』誌の1961年4月号らしい。この記事の冒頭に掲げた表紙がまさにその号のものでエッシャーの「空飛ぶガチョウ」という作品があしらわれている※2。ちなみに、そのガードナーの連載コラムでどのように登場しているかというと、H・S・M・コクセター(Harold Scott MacDonald Coxeter)という数学者の『An Introduction to Geometry』(1961年、Wiley)という本で紹介されているという形で出てくる。

 コクセターは"現代のユークリッド"と称されたりする著名な幾何学の研究者で、エッシャーの作品が出てくるその『An Introduction to Geometry』は幾何学の名著とされる。1961年の著作で、邦訳の『幾何学入門』が1965年に明治図書出版から刊行されている。現物を見ていないが日本でのエッシャーの紹介としてはかなり早いものだろう。古い本なので入手できないか? と思ったら、なんと2009年にちくま学芸文庫から『幾何学入門〈上/下〉』(銀林浩訳)として刊行されていた。エッシャー的に記念碑的な歴史的な本がいまでも書店で買って読めるわけだ。ラッキー。

Satoshi Endo
『幾何学入門』上巻、「二次元結晶学」(なんと甘美な言葉でしょう!)という章の中に「エッシャーの芸術」と題した節がある。

 コクセターの評伝にはエッシャーとの交流について触れられていて、コクセターが送った論文をもとにエッシャーは作品を作ったりしていたそうだ。コクセターだけでなく一流の超有名数学者・研究家たちの仕事の影響を受けてエッシャーの作品は作られていたのだ。つまり、この原稿のはじめのほうでプログラミング的だしアルゴリズム的だと書いたけど、それは当たり前のことだったというのが妥当だろう。ちなみに、数学的な側面からみたエッシャーについては、アメリカ数学会機関誌の「The Mathematical Side of M. C. Escher」に、補助線の入ったスケッチやノートを見ることができる。

 ところで、『幾何学入門』を読んでいたら、『Scientific American』誌の表紙や記事で引用されたような図(2つの独立な併進を含む等長変換の離散群と呼ぶらしい)に関して、芸術的に極地といえるほど高められたのは13世紀スペインだと書いてある。つまり、趣向は異なるわけだがエッシャーよりも700年ほど前。アルハンブラ宮殿の装飾には、数学的に証明される17種類の理論的なパターン(鏡像や回転、角度などの組み合わせ)のすべてがムーア人たちの手によって使い尽くされているという。

注釈

  1. アニメーションフローティングペン
  2. eBayに状態のよいものが出展されていたので落札させてもらった

Satoshi Endo
エッシャーが印刷の仕事として制作したオランダ蔵書票や年賀状など珍しい作品も見られる。展示の最後は4メートルもある「メタモルフォーゼII」の展示となっている。

■「ミラクル エッシャー展 奇想版画家の謎を解く8つの鍵」公式サイト:http://www.escher.jp/

(2018年6月2日「遠藤諭のプログラミング+日記」を転載)