地球は丸い。それ故、太陽が昇り、沈みゆく。人間はそんな太陽の動きを見て「時間」を発明した。この発明によって私たち人間は時を刻むことを知り、この概念は世界中の人々を結ぶ。そのため地球には40のタイムゾーン(時間帯)で区切られ、各々の立ち位置としての「時刻」を共有している。
理論的には、タイムゾーンを太陽の昇降よりも速く移動すれば、同じ時刻を長時間にわたって刻み続けることができる。たとえば、異なる場所で「その日」の夕日を拝むことだって可能なのだ。つまり「沈まない夕日」を手に収められるとも言える。
イギリス人の写真家サイモン・ロバーツは、ある一夜を盗んだ。彼はある日のすべてのタイムゾーンで同じ時刻を過ごし、夕日を撮影し「沈まない夕日」をとらえたのだ。それを可能にしたのは緻密な航空スケジュールはもちろん、地球上どこにいても「その場所」の時刻を刻む衛星電波時計である。
「エコ・ドライブ サテライト ウエーブ F100」は、CITIZENが新しく開発した衛星電波時計だ。この時計は世界最短の3秒で宇宙からの電波を受信する。つまり「その場所」の時刻を常時ユーザーの目の前に提示するのだ。それも瞬時に。
もともと前モデルでは電波受信に4秒を要した。この、たった1秒の短縮のために数千ものプログラムを書き上げ、2年以上の歳月をかけ開発されたのが「F 100」である。1秒にはそれだけの価値があるというのだ。
CITIZENといえば、オイルショックに揺れる1970年代に太陽光発電を自身で行う時計「エコ・ドライブ」を開発したメーカーである。地球のどこにいても光があるかぎり動き続けるその時計が、時を越えて宇宙とつながるようになったのがこの時計なのだ。
「沈まない夕日」をとらえるという前代未聞のプロジェクトは、CITIZENからサイモン氏にもちこまれたという。その狙いは、地球に存在する40ものタイムゾーンにおいて瞬時に時刻を合わせる点にある。なぜなら、飛行機のルートの誤差を限りなくゼロに近づけなければ、太陽は沈んでしまうからだ。わずかな遅れが一度でも生じてしまうと同じ時は刻めない。どこにいても正確な時間を一瞬で示す時計が必要不可欠なのだ。
夕日は、私たちがそれを見つめている瞬間瞬間に、水平線へ吸い込まれ変化していく存在である。太陽の輝きによって製品を生み出してきた時計メーカーが、その太陽に戦いを挑む。これこそがこのプロジェクトの要旨だという。時を刻みながら進む時計をもとに、世界の「止まった一瞬」を収めたその先には何が見えるのだろう。
私たち人間は、近代化にともなって合理化を理想としてきた。その過程で時を刻む行為をもデジタルなものへと転換していったとも言える。一方で情報が溢れるほどに、私たちはいつしか高速化しつつある「時」に追われるようになっていった。
サイモン氏が連続24時間以上をかけて撮影した「同日同時刻」の夕日を1枚にまとめたもの。
飛行機が新しいタイムゾーンに入るたびに彼はシャッターを切った。
24時間の可能性が「一瞬」に詰め込まれている(詳細)。
しかし、同じ時を刻んだこの写真を見ると、過ぎ行く「時」の尊さをもう一度思い出させてくれる。それこそが、時計という存在があり続ける意味を示しているのではないだろうか。1秒という一瞬には幾千もの可能性が宿っているのだ。