安倍政権が今国会中の成立を目指す新たな安全保障法制によって、米軍に対する自衛隊の後方支援の地理的範囲が拡大する。政府は想定される具体的な事態を明らかにしていないが、可能性のあるシナリオの1つはフィリピン有事。
複数の関係者によると、中国と武力衝突したフィリピンとともに戦う米軍に、自衛隊は弾薬や燃料を提供できるようになる。
<シーレーン有事、日本に影響と判断>
政府と自民・公明両党は、5月中旬に法案を閣議決定することを目指し、新たな安保法制の協議を積み重ねてきた。米軍に対する後方支援を地理的に広げるのが柱の1つだが、どうような事態を想定しているのか、政府はこれまで具体例を明示してこなかった。
しかし、複数の関係者や専門家が可能性として指摘するのはフィリピン有事。南シナ海では中国と周辺諸国の緊張が続いている。このうちフィリピンは米国と軍事同盟を結んでおり、中国との争いが武力衝突に発展すれば、相互防衛条約に基づき米軍が参戦する可能性がある。
「フィリピンが中国と衝突したら同盟国の米軍にSOSが行く。その米軍から自衛隊の支援を要請されたら日本はどうするのか。これは議論になると思う」と、安保政策に精通する自民党関係者は話す。
南シナ海の領有権をめぐるフィリピンと中国の対立は、ここにきて一段とエスカレートしている。中国はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)で岩礁の埋め立てを加速し、軍事拠点化を進めようとしている。一方のフィリピンは埋め立て工事の衛星写真を公開し、中国をたびたび非難している。4月20日からは、米国とフィリピンがここ15年間で最大規模の合同演習を開始した。
「不測の衝突が起きる可能性は高まっている。フィリピンは米国の関与が強まっていると考え、つまり米国の拡大抑止力が効いていると考え、強気に出る可能性がある。当局が中国漁船を拿捕するようなことが再び起きるかもしれない」と、安全保障が専門の拓殖大学の川上高司教授は言う。「中国も国内事情などを考えて強硬な姿勢を取る可能性がある」と、同教授は指摘する。
複数の政府・与党関係者によると、中国とフィリピンの武力衝突に参戦した米軍に対し、自衛隊は後方支援ができるようになるという。
日本は南シナ海で領有権を争う当事国ではないが、同海域は世界の漁獲量の1割を占める有数の漁場であるとともに、年間5兆ドル規模の貨物が行き交う貿易ルート上の要衝でもあり、その多くが日本に出入りしている。
政府関係者の1人は「南シナ海は日本の重要なシーレーン(海上交通路)。有事が起きて航行に支障が出れば、日本経済に重大な影響が及ぶ」と述べ、自衛隊を後方支援に派遣する要件に該当すると指摘する。
米太平洋軍司令官を務めたデニス・ブレア元海将は、中国とフィリピンが武力衝突する可能性は低いとする一方、仮に衝突すれば停戦に向け米軍が介入するシナリオに言及する。ブレア氏は「米国は双方を引き離すために周辺空域と海域を封鎖しようとするだろう」と話す。
<フィリピンの軍事力向上を支援>
政府と与党は新たな安保法制で、周辺事態法を改正することを決めている。1999年にできた現行法は、日本周辺で有事が起きた場合に、米軍に水や燃料といった物資、捜索や救助といった役務の提供を可能にしており、具体的には朝鮮半島を念頭に置いている。
改正後は地理的制約がないことを明確にし、「重要影響事態安全確保法」と改称。世界のどこで武力紛争が起きようと、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態と判断すれば、そこで軍事行動する米軍を自衛隊が後方支援できるようになる。
さらに豪軍を念頭に、支援対象を米軍以外に広げるほか、弾薬提供や発進準備中の戦闘機への給油など、支援内容も拡充する方向で調整している。
防衛省の報道官はロイターの取材に対し、「どのような事態が『重要影響事態』に該当するかは個別具体的な状況に応じて判断される。あらかじめ該当するか否かを論じることはできない」としている。法案には自衛隊が後方支援を行う要件として、現に戦闘が起きている現場ではないことや、国会の承認を得ることも盛り込まれる見通しだ。
一方、フィリピン有事に米軍を後方支援することは、日本にとって避けたいシナリオでもある。自衛隊の行動が中国から武力行使とみなされ、日本が攻撃の対象になる可能性を否定できないからだ。
日本は2月にフィリピンと防衛協力の覚書を交わすなど、軍事関係の強化を急いでいいる。共同訓練の本格化をはじめ、フィリピンの軍事能力向上を支援することで、不測の衝突が起きないよう抑止力を高める狙いがあると、政府関係者は指摘する。