「下流老人、だれでもその苦境に陥るかもしれない」 『下流老人』の著者・藤田孝典さん語る

昨年出版された「下流老人」は、20万部を超える発行部数を記録。筆者の藤田孝典さんはハフポスト日本版のインタビューに「だれでも下流老人に陥るかもしれないんです」と語る。
Wataru Nakano

「下流老人」という言葉は、新語・流行語にもノミネートされ、2015年を象徴するキーワードになった。きっかけとなったのは日本の高齢者の貧困の実態について伝える『下流老人』が2015年6月に出版されたことで、20万部を超える発行部数を記録している。筆者の社会福祉士、藤田孝典さん(33)はハフポスト日本版のインタビューに「だれでも下流老人に陥るかもしれないんです」と語る。

藤田さんは著書の中で「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」を「下流老人」と定義。現役時代の年収が標準以上であっても、老後が決して安泰であるとは限らないという事例を描いている。下流老人は600万~700万人おり、65歳以上の約2割にもなるという。政府の政策が現在のままなら、今後も下流老人が増え続けると警鐘を鳴らす。

藤田孝典(ふじた・たかのり) さいたま市を拠点とするNPO法人「ほっとプラス」代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。ブラック企業対策プロジェクト共同代表、生活保護問題対策全国会議。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。著書に『ひとりも殺させない』など。茨城県生まれ。

――NPO法人「ほっとプラス」の活動について教えてください。

生活困窮者全般からの相談を受けています。高齢者だけでなく、若者も来ます。失業して身寄りもないので、生活保護申請の手伝いをするなど支援しています。相談の半分が高齢者で、役所や病院に付き添ったり借金の整理のお手伝いをしています。相談者の3割は借金を抱えています。

国民年金は平均約5万円、厚生年金は約14万円。高齢者の約20%が貯蓄ゼロ世帯です。たとえ今、平均的な生活をしている人でも、年を取って病気の治療や介護などが必要になれば、だれでも下流老人に陥るかもしれないんです。

高齢で身寄りがないある人は、名古屋の刑務所を出て直接私の所に来ました。生活困窮の末に、窃盗や無銭飲食をしてしまう高齢者の方でした。こちら側は相談を断ることはしません。生活再建のお手伝いもしています。刑務所でも私たちの活動が伝わっているんだと思います。

――本のタイトルとなった「下流老人」ですが、どうして下流老人が生まれているのですか。

まず「下流老人」とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」と定義しています。要するに、団塊世代も高齢期を迎え、高齢者の数が増えるなかで貧困が見えやすくなってきているのです。

これまでも老人は貧しかったんですよ。でも声を上げてこなかった。メディアを通じて声を上げるのは常に豊かで悠々自適な暮らしを謳歌する方たちばかりでした。貧困を「恥」と捉える方も多く、その声は未だに社会のなかで上げられていないです。

老人は働けなくなり、基本的に貧しくなります。これは世界共通の課題であり、歴史的にも昔からある貧困問題です。日本では年金に依存してきましたが、いま、年金以外のセーフティーネットが弱まっているということです。両親はすでに亡くなっているし、息子や孫には頼れない。息子や孫世代も自身の生活で精一杯ですからね。企業も不正規雇用を増やして退職金を切っています。いままでは高齢期にも働ける場所があったのですが、いまは高齢者が増えています。病気を抱えている高齢者も多い中で、みんな働けるわけではありません。非正規雇用者が4割の現代、低年金か無年金で暮らすしかない状況は拡大しています。

――そういったことが複合的に起きていると。

そうです。NPOの支援活動は13年やっていますが、特に2008年のリーマンショック以降は、サラリーマンだったとか、サラリーマンの奥さんだったとかいう「普通」の相談者が増えました。離婚して、一人暮らしをしていて、それに高齢で介護が必要でも自分の年金では払えない、という人たちが多いです。それ以前は建設現場の日雇い労働者といった不安定就労の人ばかりでした。

高齢者施設も足りません。世の中の企業は中小零細がほとんどですが、若い人を雇った方がいいと思っていますから、再雇用はあまり望めません。

――状況はもっと悪くなりそうですね。

みんなが生活保護や社会保障給付に流れるので、税のコストがべらぼうに伸びます。すでに社会保障費の自然増は歯止めが効きません。財界もこれまで以上に相応の負担をしないといけなくなるでしょう。いまは負担がこれでも軽く済んでいますが、これからはそうもいかない時代になるでしょう。貧困問題は一向に改善の余地がみえませんから。当然ですが、他の先進諸国で貧困対策は先行投資だといわれています。今やっておけば、税負担も軽減できると。しかし、日本はほとんど先行投資として貧困対策を見ていません。大きなツケを払わされる時代が到来するでしょうね。

政府の3万円臨時給付金支給の件で、その対象者となる低年金の高齢者は1250万人いるのですが、異常な多さですよ。政府は抜本的に年金を改革しないといけません。最低保障年金制度の導入も検討する時期に来ています。本質的な議論をしないと未来は絶望しかありません。

藤田孝典さん=さいたま市

■消費税以外での税の再分配、もっと議論を

――ところで、貧しい人たちの支援を始めたきっかけは何ですか。

大学2年のとき、道端にテントを張って暮らしていたホームレスの男性とたまたまぶつかったんです。その場所を通るといつもいる人だったのですが、そのときは「缶コーヒーでも飲んで行けよ」と話してきました。

この人はかつて銀行員だったのです。1997年の山一証券破綻のころ、お金を貸した企業が貸し倒れになったり倒産したりすることが相次ぎ、とても忙しくなってストレスが高まりました。そしてアルコール依存と鬱病になって働けなくなったのです。本来、失業保険を受けられるのに、その手続きもしていませんでした。大学生の子供2人がいたんですが、結局、退職金を奥さんに渡して離婚し、ホームレスになったんです。

私は大学で社会福祉学を学んでいて、机上では社会福祉制度が機能して、うまくいっていると思っていたんです。だから、そのとき愕然としました。それまでは、ホームレスの人たちって怠け者なんじゃないかと思ったりもしていたのですが、実際は好きでやっているんじゃない、そこには時代や社会構造の側面、社会保障の広報を含めた不備があると気づかされました。

社会福祉・社会保障制度は完璧ではないと痛感しました。その後、新宿のホームレスの人たちを支援するボランティアにも携わりました。彼らの多くは生活保護を受けられない状態で放置されていました。驚きました。適正な法律や理論と実践の現場がこんなに違うのかと。わたしも何人も当時からホームレスの方に付き添って支援活動をしていましたが、当初は役所から「住所ないんでしょ」「本籍地に帰って下さい」「家族に頼って下さい」と言われて断られる。でも家族もいなければ、住所もないんです。信じがたい役所の対応もありましたね。

――自治体は受け入れたくないんですか。

ええ。大学で社会福祉士の資格を取って大学院に進みました。そのときに新宿と府中市で嘱託職員として働いて、役所の側も見ました。もう約10年前の話です。福祉事務所は「うちの役所に来ちゃう」と警戒して、生活保護の人をたくさんは受け入れたくないんです。それは本音としては聞かれますよね。生活保護費の一部は自治体負担ですから合意形成が難しいのです。

法制度も変えないといけないでしょう。予算の4分の1が自治体負担のため、積極的に受けられません。全部を国が面倒見ることになれば何人の世話をしても構わないんでしょうが、それは財務省や厚労省の合意が得られないでしょうね。

――下流老人の増加を食い止めるには、どうすればいいと考えているのですか。

ひとことでいえば、国が社会保障を国がヨーロッパ型に転換すればいいと思っています。住宅、教育、医療、介護といった基礎的なものを段階的に無償化し、将来の世代に対する税金の再分配を進める。ただ、その分、消費税増税以外でも税金を取らないといけません。日本は税金に対する意識が弱いので痛税感も大きいのが特徴です。税金の恩恵を受けていないと思っている国民が非常に多いです。税率の高い北欧型にするのは無理だとしても、ドイツやフランス、オランダあたりをめざしたいところです。

日本はどう考えても、高所得者層の負担が軽いんです。財源がないというよりも税金を取るべき所から取っていない。企業も個人も自分のことは考えますが、それを経済的な部分も含めて社会にどう還元するのか。どう社会を持続させるかは考えてなくて、自分の企業だけ儲かればいい、あるいは業界だけ潤えば良い、あるいはその社員だけ……と思っている。社会のなかにある会社という理念は忘れ去られています。ブラック企業はその典型です。若い人を酷使して鬱になるまで働かせて、利益を上げています。

(富める者が富めば貧しい者にも自然に富が滴り落ちる)トリクルダウンは実際は落ちてこないんです。その発想が高度経済成長のそのままもうそのシステムに依存していてはダメでしょうね。社会を維持するためにはゼロ成長でもいいんです。ゼロ成長でも社会を維持存続させるためにはどうしたらいいか、真剣に考える時期に来ています。儲かったものを再分配していく。経済成長しなくても最低限の暮らしがすべての国民に保障される社会に転換したいものです。

――NPOとして政府に訴えかけたりしているのですか。

政府は後回しですね。政府は世論についてきますから。だからいまはまだ、世論に訴えているところで、人々にまず、重要だと思ってもらわないといけません。認識が広がれば、政治はそれを無視できなくなります。政治は国民世論の産物なんです。「このままでは苦しい、生活が立ちゆかなくなる」と、政府に国民の声を届けなければいけないと思っています。

重要な社会問題だと分かりやすい形態で提起して、社会を揺らしたいと思っています。だからこそ、本には「下流老人」という刺激的なタイトルを付けました。多くの人に気づいてほしいのです。ある種、戦略的にこの言葉を作ったのですが、人々に興味を持ってもらえたようです。ぜひ、そこから議論を始めてもらいたいですね。

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