「貧困による教育格差は幼少期から」日本初のデータでわかった学力・生活習慣格差

驚くほど深刻化する子どもの貧困
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驚くほど深刻化する子どもの貧困 日本は先進国35ヵ中8番目

日本では、社会の格差や貧困層の拡大が深刻化している。

日本の相対的貧困率は先進国35ヵ国中8番目の15.6%(2015年)と高い水準にある。相対的貧困とは、必要最低限の衣食住は確保できるものの、その地域や社会において「普通」とされる平均的な生活を享受することができない状態のことである。世界第3位の経済大国である日本において意外に思えるかもしれないが、日本の格差の一面を端的に示している。

そんななか、足もとでとりわけ問題視されているのが「子どもの貧困」である。厚労省の国民生活基礎調査によると、2015年の子どもの相対的貧困率は13.9%であり、子どものうち7人に1人は相対的貧困状態にある。この数値は景気回復によって直近でやや改善したものの、1985年以降断続的な増加トレンドにある。しかし貧困状態にある子どもがどのような状況に置かれているのかは、データの不足もあり十分に調査されてこなかった。

本記事は「ダイヤモンド・オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

貧困状態に置かれていると、家庭の経済状態に子どもの状況が大きく左右される可能性がある。経済的な制約によって高等教育機関への進学や通塾が難しくなってしまったり、家庭環境の悪化によって生活習慣や自己肯定感等に悪影響を与えてしまったりする可能性がある。子どもの貧困は当事者だけの問題ではなく、それを放置すると将来的に40兆円以上の所得が減少し、社会的な損失をもたらしてしまう可能性を筆者は指摘してきた(詳細は、『子供の貧困が日本を滅ぼす』(文春新書)参照)。

折しも政府は、新たな経済政策の理念として「人づくり革命」を掲げている。後述する通り、そこでは子どもの教育の在り方の見直しも重点戦略の1つとされているが、そのためには、経済格差が子どもにどのような影響を及ぼし得るのかを把握しておくことが不可欠である。

本稿では、家庭の経済格差と子どもの教育格差に関する日本初のデータを用いた分析結果の興味深いポイントを紹介しながら、子どもの格差解消を目指すために必要だと考えられる方向性を議論したい。

なお今回の分析は、日本財団から委託を受けてとりまとめた「家庭の経済格差と子どもの認知能力・非認知能力格差の関係分析-2.5万人のビッグデータから見えてきたもの-」をもとにしており、詳細にご関心のある方はぜひそちらもご覧いただきたい。

日本初のシステムを使った「子どもと学力」追跡調査でわかったこと

今回の分析では、大阪府箕面市が構築した「子ども成長見守りシステム」のデータを用いた。これは、教育や福祉などの施策分野をまたいで子どもに関する情報が統合されたパネルデータ(子ども一人ひとりを追跡可能なデータ)になっている。

これは日本初のシステムであり、多くの優れた特徴を有している。

第一に、生活保護や就学援助といった経済状況と子どものアウトカム(学力や生活習慣など)の関係性を分析できることや、行政施策効果の測定などに利用することができることである。多くの自治体では、データの利用・共有が部局内に限定されている場合も多いが、本システムは教育と福祉などの部門の壁を乗り越え、連携されたものになっている。

第二に、対象者のカバレッジが広いことも特徴の1つである。箕面市に居住するすべての子どもが対象となっているため、カバーしている年齢・対象の幅が広い(注1)

第3に、学校や行政が保有するデータ(ストック)を最大限活用して整備されたシステムであるため、調査のための追加的な費用を要していない。一般に、パネルデータを整備するためには、調査費用を継続的に確保していくと共に、一人ひとりの個人を追跡調査していかなければならない。同システムは、学校・行政が保有するデータを活用することによって、これらの壁を乗り越えている。

(注1)正確には、「子ども成長見守りシステム」は生活困窮者の子どものみを対象とものだが、そのもとになっている学力調査等の情報はすべての子どもが対象になっている。

それでは、箕面市子ども成長見守りシステムの分析から明らかになった「3つの発見」を紹介していきたい。

【発見1】貧困世帯の子どもの学力は10歳頃から低下し、その後固定化してしまう

発見1は、経済的に困窮している世帯の子どもの学力は、そうでない世帯(注2)の子どもと比較して10歳頃から急激に差が開くことである。図表1は、生活保護世帯の子どもと経済的に困窮していない世帯の子どもについて、国語の偏差値(注3) の推移を見たものである。

7~9歳の時点においても、生活保護世帯の子どもの偏差値は経済的に困窮していない世帯の子どもよりも低くなっているが、その差は統計的に有意ではない(差が誤差である可能性を否定できない)。

しかし、10歳になると偏差値の格差が拡大し、統計的に有意な差が生まれてくる。その差は年齢が上がっても縮小せず、維持されてしまう傾向がある。

生活保護世帯と経済的に困窮していない世帯では、年齢が上がるにつれて偏差値の平均値に差が生まれてくるだけでなく、固定化していく傾向も見えてくる。図表2は、7~9歳および13~14歳について偏差値の分布を描いたものである。黒い線が経済的に困窮していない世帯の偏差値分布であり、赤い線が生活保護世帯の分布である。

(注2)生活保護、就学援助、児童扶養手当、子ども医療費助成の非課税世帯、のいずれにも該当しない世帯を「経済的に困窮していない世帯」と定義している。

(注3)図表中の「経済状況別の偏差値の平均値」とは、経済的に困窮していない世帯と生活保護世帯の子どもの国語の偏差値の平均値である。東京書籍の「標準学力調査」を用いており、箕面市以外も偏差値集計の対象となるため箕面市の偏差値の平均は50にならない場合がある。

いずれの年齢について見ても生活保護世帯の方が偏差値は平均的に低いが、7~9歳では経済的に困窮していない世帯とかなり重なりがあることが分かる。例えば、偏差値の平均値はいずれのグループでも50前後であり、かつ偏差値が60を超えるような子どもの割合は両グループでほとんど差はない。つまり小学校低学年の頃は、生活保護世帯であっても高い学力を獲得することは難しくないのである。

一方、13~14歳になると、両グループの分布がかなり分かれてしまうことがわかる。経済的に困窮していない世帯の場合、偏差値の分布が右に移動している。一方で生活保護世帯の場合、偏差値の分布が左に移動する共に、分散(散らばり)が小さくなり、学力の低い部分で固定化してしまっていることがわかる。

一定の仮定を置いて、経済状況・年齢別に偏差値が65以上の子どもの割合を算出してみると、7~9歳の子どもの場合、経済的に困窮してない世帯の子どもであっても生活保護世帯の子どもであっても、偏差値が65以上の子どもは5%程度である。しかし13~14歳になると、経済的に困窮していない子どものうち10%程度が偏差値65以上になるのに対して、生活保護世帯の子どもでは3%程度に低下してしまう。

つまり、小学校低学年までであれば、家庭の経済状況が厳しい子どもであっても高い学力を獲得できる割合は低くないが、年齢が上がるにつれて経済状況が足かせとなって、高い学力を獲得できる確率がどんどん低下していくことになる。

【発見2】学力の基礎となる基本的な生活習慣は小学校入学当初から差が大きい

学力は10歳頃から大きな差が生まれてくることが分かったが、小学校入学当初から既に差が生じている要素がある。それは基本的な生活習慣である。図表3は生活保護世帯とそれ以外の世帯について、「勉強、スポーツ、習い事、趣味などで頑張っていることがあるか」 (注4)という質問と、「朝ごはんを、毎日食べているか」(注5) という質問について、学年別に集計したものである。

(注4)東京書籍の総合質問紙調査「i-check」を用いており、自己肯定感やソーシャルスキル等の非認知能力として挙げられることの多い能力のほか、生活習慣やいじめのサインなど、幅広く子どもの生活の実態を把握することができる。

(注5)脚注4と同様。

小学校1・2年生について見ると、「勉強、スポーツ、習い事、趣味などで頑張っていることがある」と回答した子どもの割合は、生活保護非受給世帯では92%であるのに対して、生活保護世帯では73%となっており、20pt近い開きがある。「朝ごはんを、毎日食べている」という回答についても、生活保護非受給世帯では97%であるのに対して、生活保護世帯では78%となっており、こちらも20pt近い開きがある。

つまり、学力には表れてきていないものの、こうした基本的な生活習慣については、小学校入学当初の段階からすでに大きな差が生まれてきてしまっているのである。

【発見3】基本的な生活習慣が良いと学力も上昇しやすい

それでは貧困世帯で学力の低い子どもが、学力を向上させるためにはどういった要素が必要になるのだろうか。ここでの分析は因果関係を示したものではなく、あくまでも相関関係を示したものに過ぎないが、ひとつの分析結果をご紹介したい。

2017年12月に政府が発表した「新しい経済政策パッケージ」の中で、「人づくり革命」が「生産性革命」と並ぶ基本方針として強く打ち出されたが、子どもたちに対する支援策として、国として求められることは何だろうか。

第一に、学力や生活習慣等のリスクが高いのは貧困層であり、そうした世帯に対して支援を重点化していく必要性があるだろう。例えば、教育の無償化の議論で幼児教育分野における施策の特徴の1つは、3歳から5歳までの子どもについては親の所得に関わらず全ての子どもを無償化の対象としている点である。現行の制度では親の所得に応じた負担となっているため、この点において制度改定の追加的な便益は高所得者ほど大きいと言える。

第二に、現在の政策論議の焦点は、幼児教育や高等教育の無償化に置かれているが、教育プログラムの中身についても検討が不可欠である。本稿の分析結果から、生活習慣や、いわゆる「非認知能力」と呼ばれる要素の重要性が浮き上がってきているが、早期の段階からそうしたものに対する支援が重要になるだろう。

様々な地域での「子どもの貧困」 実態把握・効果検証が急務に

東京大学の山口慎太郎准教授ら研究 では、保育園利用によって子どもの問題行動が減少するだけでなく、母親の子育てストレスや幸福感なども改善することを明らかにしている。そしてその効果は、恵まれない家庭ほど大きいとしている。つまり日本においても、貧困世帯などを中心とした支援策は、大きな効果を持ちうる可能性が高いのである。

そして最後に重要なのが、可能な限り客観的なデータを用いながら、子どもが置かれた状況を把握しながら、施策の有効性を絶え間なく検証していくことである。今回こうした分析が出来たのは、箕面市が子どものデータを統合し、質の高いデータベースを構築したことによる。データの統合によって子どもの状況を客観的に把握することが可能になるだけでなく、将来的には政策効果の検証にも活用することができる。今後は様々な地域でそうした実態把握・効果検証のインフラを整えていくことが重要である。

(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 経済政策部 主任研究員 小林庸平、組織人事戦略部 コンサルタント 名取 淳)

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