誰でも、ファッションを自由に楽しんでいい。そんなメッセージを発信するイベント「ファッションポジウム」が6月3日、東京大学(東京都文京区)の安田講堂で開かれる。
メンズサイズのかわいい洋服を提供するファッションブランド「blurorange(ブローレンヂ)」のデザイナー・松村智世さんと、「女性装」で知られる東大教授の安冨歩さんが発起人になった。
当日は、男性から女性へと性別を変えたタレントの西原さつきさんらが参加するファッションショーも行われる。ブローレンヂの新作と、幅広いサイズ展開でトランスジェンダーの人などから支持を集める丸井グループのシューズを組み合わせたコーディネートを披露するという。
なぜ、アパレル界ではメンズ、レディースと「男女」がカテゴリーで分けられるのか。この疑問を問い直し、ファッションを通じた多様な社会の実現について考えることが目的だ。
発起人の松村さん、安冨さんに、イベントにかける思いを聞いた。
——「男女の垣根を越えたファッション」という言葉には、どんな意味があるのでしょうか?
松村さん:ファッションって、カテゴリ分けとかジャンル分けがすごいじゃないですか。その中でも一番大きいのって「男女」の切り分けで、アパレルのブランドは基本的に「レディース」と「メンズ」で区切られますよね。
でも、私は性別とか体型とか関係なく、誰がどんな服を着てもいいと思うんです。その思いを持ちながら、ファッションブランドの「blurorange(ブローレンヂ)」で、体格ががっちりした男性でも違和感なく着られるかわいい服をつくっています。
発信する側、作る側が「男女」を切り分け続けている限りは、世の中が劇的に変わることはないと思います。ファッションポジウムではその価値観を問い直して、社会の中の多様性について考え直すきっかけを作りたいと思っています。
——企画はいつ頃からスタートしたのでしょうか?
松村さん:2017年6月にファッションブランドの「blurorange(ブローレンヂ)」を立ち上げたときから、ファッションショーをはずっとやりたいと思っていました。
SNSを介して知り合った安冨先生に相談したら、「意義のあることだから安田講堂でやりましょう」と言ってくださって。歴史と伝統がある安田講堂でファッションショーなんて、ファッション革命にばっちりの場所だなと思って、「ぜひ」という感じですね。
——イベントには丸井グループも参加します。
松村さん:ファッションショーでblurorange(ブローレンヂ)に合わせるシューズを提供してくれるのと、代表取締役社長の青井浩さんがステージに登壇されます。
丸井のオリジナルパンプスはサイズ展開が豊富で、パンプスは27cmまであるんですよね。トランスジェンダーの方から評判がよくて、何か一緒にできたらという思いを持っていました。
丸井の井上道博さん(丸井グループ・サステナビリティ部課長)とお会いした時に、「男女を区別して商品やサービスを提供することをやめたい」というようなことを仰っていて、blurorange(ブローレンヂ)と目指すものは同じだなと思って、共感しました。
——「来場者参加型」のファッションショーというのも、新しいですよね。
松村さん:既存のファッションショーって、最新コレクションを披露するためにあるもので、業界向けというか...商業的な感じがしますよね。
それとはコンセプトが少し違うものにしたくて、もちろんblurorange(ブローレンヂ)をたくさんの人に知ってほしいという思いはありますが、服を売りたいというよりも、「ファッションは自由に楽しんでいいんだよ」というメッセージを伝えたいんですね。
だから、まずはファッションショーを"見る人"と"見られる人"の区別をなくしたい、と思います。来ていただいた方が誰でも舞台に上がって楽しめるようなショーにしたい。
——参加費は無料で、事前予約も必要ないので、ふらっと遊びに行ける「自由さ」もあります。
松村さん:そうですね。プロっぽい空間にはせず、素人の方にもモデルとして出ていただいて、音楽もモデルに合わせて即興で生演奏してもらう予定です。当日は、プロのフォトグラファーも呼んで、ファッションショーに参加した方の写真撮影もできるようにします。
安冨さん:私は、このイベントは、"ド素人"の集まりのような場にしたいと思ったんです。大事なことは、コミュニケーションの場を作り出すことだと考えています。
——「コミュニケーションの場」とは?
安冨さん:ちょっと話が広がりますが...。パリコレは、もともと上流階級の富裕層を対象としたオートクチュール(オーダーメイドの服)の方が主流でしたよね。お金持ちがパーティーなどの社交の場、要はコミュニケーションが生まれる場で着るために服が作られていた。
それが、1960年代ごろから、より広い層に向けたプレタポルテ(高級既製服)が主流になり、そこから一気に大量生産、大量消費の時代に変化し、最終的に、東京ガールズコレクションみたいな若いターゲット層に向けて大量の商品と情報を流すビジネスが確立したんです。
たった数十年しか経ってないうちに、ファッションはこんなに変化した。今回のファッションポジウムは、ある意味では、オートクチュールの時代に成り立っていた"社交の場のためのファッション"を再現したいというか、取り戻したいと私は思っています。
——人が出会う場所にしたい、ということでしょうか。
安冨さん:そうですね。ファッションとか音楽、芸術が人々の出会いを生んで、コミュニケーションを引き起こす装置として機能していく。私は、これからのビジネスはすべてそういう風に変わっていくと思っています。
今までは企業から消費者に対して一方的に商品やコンテンツを流すという発想でしたが、このビジネスモデルはもう成り立ちません。
情報もモノも不足していた時代は、新しいサービスや商品を生み出せば消費者がすぐに飛びつく状態でした。ファッションも出版も、すべて、生産者が消費者に一方通行にサービスやモノを流す仕組みで成り立っていたわけです。
——なるほど...。それが、今はメルカリなど、生産者を介さず消費者同士がつながるビジネスモデルも出てきていますよね。
安冨さん:消費者のタンスにモノを送り込むより、タンスにあるものを引っ張り出す方が儲かっているんです。これは、市場から消費者にではなくて、消費者から市場にという逆方向に流れています。
大学も同じです。大学で学べるような知識は、今の時代、どこにでも溢れています。いくらでも手に入る。あとは、やる気になるかどうかだけです。
それなのに、大学は今はとにかく、学生に向けて「知識を流す」という古来の発想しかなくて、だから授業をしてテストをしての繰り返しなんです。それはもう2世紀単位の時代遅れで、私は、大学は人々が「出会う場所」になるべきだと思っています。
いろんな人が境界を越えて、大学という場に集まって、対話とか議論をする。そこから新しいものが生み出されていくのだと思います。
ですから、その一つの例になるようなものを今回のイベントでやりたいと考えました。
——その意味でも、小売業の大手の丸井が参加していることに、すごく意義があると感じます。
安冨さん:そうですね。アパレル企業が人と人をつなぐコミュニケーションの結節点となるような空間を生み出すことは、いま必要とされていることだと思います。
ファッションや文化はそういう場を作り出す力がありますから。その場を提供することによって消費者の方に「支援」してもらうようになり、お金を出してもらう、という考え方です。
当日は、セクシュアル・マイノリティーの方はもちろん、生きづらさを感じている人とか、いろんな考えを持っている人に来ていただいて、新しいファッションを生み出していける場にしたいと思っています。
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シンポジウム概要
「ファッションポジウム―男女の垣根を越えたファッションの未来を考えるシンポジウム―」
開催日 :2018年6月3日(日) 14:00~17:00(予定)
開催地 :東京大学 大講堂(安田講堂)
入場料 :無料 入退場自由
参加対象:誰でも自由に入場可
総合司会:木内みどり(女優)
司会:安冨歩(東京大学 東洋文化研究所教授)
主な登壇者:青井 浩(株式会社丸井グループ 代表取締役社長)、陵本 望援(株式会社Ones holding company 代表取締役)、片岡 祐介(打楽器奏者、即興音楽家、作曲家)、清水 有高(一月万冊代表)、西原 さつき(乙女塾代表、モデル、女優)、松村 智世(ブローレンヂ代表)、吉原 シュート&諭吉(元シークレットガイズ、俳優・タレント)