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2018年07月07日 13時29分 JST | 更新 2018年07月07日 20時36分 JST

オウム事件・麻原彰晃死刑囚の四女が刑執行を受けてコメント掲載「今はその死を悼みたい」

「ただひとつとても残念に思うのはかつての弟子であった元幹部まで6人も執行されたことです」

2017年に父母に対する推定相続人の廃除を横浜家裁に申し立て、認められたことを会見で明らかにする麻原彰晃死刑囚の四女
KENJI ANDO/HUFFPOST JAPAN
2017年に父母に対する推定相続人の廃除を横浜家裁に申し立て、認められたことを会見で明らかにする麻原彰晃死刑囚の四女

7月6日に刑が執行された麻原彰晃(松本智津夫)死刑囚の四女が、死刑を受けて、弁護士に自分の思いを綴ったコメントを送っていたことが明らかになった。

長くオウム真理教の被害者支援などに携わり、四女の代理人でもある滝本太郎弁護士が、6日午後、自身のブログFacebookに、「ご本人にコメント出しますか、と電話で聞いて、少し考えてメールで送られてきたものです。このままアップして良いとのこと」という追記とともに、次の文章を公開した。

私の実父松本智津夫が多大な迷惑をおかけした被害者の方、ご遺族の方、信者のご家族、元信者の方、刑務官の方、そして世間の皆さまに改めて深くお詫び申し上げます。

死刑が執行されたことにより被害者の方、ご遺族の方が少しでも心安らかな日々を取り戻せることを心より祈っております。

松本死刑囚は一度の死刑では足りないほどの罪を重ねましたが、彼を知る人間の一人として今はその死を悼みたいと思います。

執行はされるべきものでしたが、ただひとつとても残念に思うのはかつての弟子であった元幹部まで6人も執行されたことです。宗教的な理由においても、責任の重さにおいても、今日の執行は教祖一人でないといけなかったと思います。洗脳されて事件に関与してしまった元幹部の執行の是非はもっと議論され熟慮のうえでないと社会に課題を残してしまうのではないかと心配です。

まだ信仰を続けている信者には、これ以上松本死刑囚の罪を増やさないようにどうか後追いなどしないで、早く夢から覚めてほしいと願っています。

■四女「今も昔も父親とは思えない」

四女は2010年、「松本聡香」の筆名で「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」を出版。2017年11月、父母に対する推定相続人の廃除を横浜家裁に申し立て、認められたことを会見で明らかにしていた。親から子ではなく、子から親に対して申し立て、また認められるケースは非常に異例。

このときの会見の冒頭では、次のように語っていた。

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2006年1月より家族の元を離れ、2007年秋ごろ信仰とも完全に訣別し、それからは社会で生きてきました。

事件が起きて教団の信者や幹部が逮捕されたのは、私が5歳から6歳のころでした。

2〜3歳のころから窓のない一人部屋で生活していました。

弟が生まれると、母の部屋に行っても「ここにはあなたの居場所はない」と追い出されたのです。

父親のことは、私は今も昔もほとんど父親とは思えません。私が生まれたとき父は「グル」であり「教祖」でした。私は一度も「お父さん」と呼んだことはありません。最初から「尊師」でした。

破片入りのオムレツを食べさせられたり、真冬に薄着で何時間も立たされるなど父の命令で死にそうになったことがあります。

今の日本では親子の縁をなくす制度がないので、現行法で出来ることはしましたが、生きていくにはまだ障害が残っています。戸籍で家族が繋がっていることと、親の記載があることです。結婚や出産などができません。気持ちの問題もありますが、現実の問題でもあります。

著しく問題がある親との縁を切れる制度があった方がいいと私は思います。戸籍をなくすこと、また親の名前を空欄にするなどです。

オウムの後継団体には、一連のオウム事件の被害者の方に誠意を持って謝罪と賠償をして欲しいです。被害者の方や社会の不安をなくすために早く解散して欲しいと思います。