「自分が嫌いだって、一度でも思った人は観て」。映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」が公開

自分の「イタさ」を切り出したむずがゆい作品が、7月14日から公開される
映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」ポスター
映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」ポスター
© 押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会

高校に入学して初めての顔合わせ。クラスメイトが注目する中で最初のイベントといえば「自己紹介」だ。体中にじっとりとした汗をかき、息を詰まらせながら順番を待つ。

「あ、お、おっ、おっ、お......」

言えない。

「し、し、志乃......大島です」

映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」の冒頭の場面だ。クラスが大爆笑するなか、彼女はうまくしゃべれないで立ち尽くしている。特に母音で始まる言葉が話しにくいのだ。

主人公の大島志乃は、原作の押見修造さんとイニシャルが同じ。なぜなら、押見さんが体験した名前の言えないつらさやコンプレックス、流ちょうに発音できない悔しさ、恥ずかしさ、そして「イタさ」をえぐるように描いた作品だからだ。

こうした症状は「吃音症」と呼ばれている。

これだけ描けば分かるだろ、分かれコノヤロー

7月14日の公開に先立ち、7月上旬に都内で特別試写会が開かれた。

試写会後に開かれたトークイベントでは、原作の押見さんのほか、「どもる体」の著者で東京工業大の伊藤亜紗准教授、吃音者のための学生サークル・東京大スタタリング代表の山田舜也さん、そして国立成育医療研究センターの医師で吃音外来も担当する富里周太さんが登壇した。

4人は全員、吃音当事者だ。

試写会では、自身も吃音に悩んでいるという男性から登壇者に向けて「同じような経験をしている自分はダメージを受ける。なぜあえて恥をかいた場面や『イタさ』をリアルに出しているのか」と質問が上がった。

中学生のころから「しゃべれない」状態が始まった押見さん。自己紹介が本気で苦手、授業中に先生に当てられても答えが分かるのにうまく話せなくてむずむずしたことや、悪気なく教員から言われた一言に「触れるな!」と思った経験などが、作品の随所に反映されている。

映画の原作を描いた押見修造さん
映画の原作を描いた押見修造さん
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押見さんは「ずっとしまっていた。見て見ぬふりをして、隠していたことだった。それを赤裸々に描くことにした。(吃音ではない人に)『これだけ描けば分かるだろ、分かれコノヤロー!』って感じかな」と笑った。

続けて「描いているときは人に語っているような感じで、えぐられたりダメージを受けたりしない。描くことでスッキリした。楽になったし、この漫画を読んでくれていたら、自分がどもっても少し分かってくれるかもって保険が効いているような気持になれた。でも、確かに映画は自分が作ったわけではないので、観るとダメージ受けた。その気持ちは分かります」と答えた。

トークイベントで話題になったのは、志乃の担任の先生が、どもってしまう志乃に向かって向けた言葉だった。

「緊張しちゃうのはさ、まだみんなと打ち解けてないからだよ。頑張ろう、ね!」

教師から諭される志乃(右)
教師から諭される志乃(右)
© 押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会

医師の富里さんは「名前が一番どもる。本人だって、どこでそうなるか分からない。いきなり出るんです。そういうときに『ゆっくり落ち着いて』『緊張しなければ大丈夫』などと言ってくる。なんなんだと。悪気はないのは分かるんですが」と話す。

吃音外来を受け持つ医師の富里周太さん
吃音外来を受け持つ医師の富里周太さん
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特効薬がないことに気が付く。でも「魔法はいらない」といえる気持ち

伊藤さんは「小学校のころから、連発したり、難発したりしていた。自分でも予測できないので、だんだんとゲーム感覚になって『次は何が起こるかな』と、どたん場感を楽しむようになった」という。

「どもる体」を書いた伊藤亜紗さん
「どもる体」を書いた伊藤亜紗さん
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自分の名前が言えないことを恥ずかしく思っていた志乃は、最後に「恥ずかしいと思っているのは、全部私なんだ」という場面がある。山田さんは「これから志乃ちゃんはどう吃音と付き合っていくのか。今後どうなるのかが気になります」と話した。

自身の経験について語る山田舜也さん
自身の経験について語る山田舜也さん
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富里さんは、作中で加代が作った「魔法」というの歌詞で『魔法をください みんなと同じに喋れる魔法』という部分について「吃音外来では、特効薬はないか、吃音がなくなる魔法はないだろうかと思って来ている人たちが多い。ただ特効薬はないし、魔法もない」という。

歌はその後に、「魔法はいらない」と続いていく。伊藤さんは「いらない、というのがすごい。吃音が治るのではなく、そのまま人生が続いていく。乗り越えるのではなく受け入れるということですね」と話した。

コンプレックスを描かせたら天下一品の押見さん

ただ、映画には「吃音」「どもり」という言葉は一切出てこない。

原作漫画のなかにも、そうした言葉を意図的に使うことはなかった。押見さんは「これをただの吃音漫画にしたくなかったから。これは自分の弱い部分、コンプレックスを抱えて生きるすべての人に当てはまるものだと思う。自分が嫌いだって、一度でも思った人は観てください」と話す。

映画は、歌が好きなのに音痴な加代、そして自己紹介ができなかった志乃につい吹き出してしまい、クラスの笑いの的にした「空気の読めない」菊池の3人を中心にして回っていく。

自分の持っている、周囲から見たら小さなコンプレックスが、自分の中からあふれ出して押しつぶされそうになる、10代特有の「あの感覚」がこれでもかと凝集されている作品だ。

押見さんは「コンプレックスからこぼれ出てくるものがあるんです。コンプレックスがあるほうが、表現者に向いている。それを形にすると、触れた人に『これは自分のものだ』と刺さりまくるから。吃音はその中でも、毎回フレッシュな恥ずかしさを感じられる得難い才能です」と語っている。

吃音症とは

声が出るはずなのに、言葉に詰まったり音が連続したりして滑らかに話すことができないことを指す。

主な症状は、「おおおおおおはよう」のように、音を繰り返しが起きる「連発」、「おーーはようございます」のような音の引き延ばしがある「伸発」、そして言葉が詰まってしまい、間が開く「難発、ブロック」というものがある。

これらの症状には、言いにくい言葉と言いやすい言葉とがあり、この作品にも出ているように、歌うときには症状が出にくいなどの特徴もある。また、いつ症状が出るかは分からず、調子の波もある。

言語の種類に関係なく、全人口の約1%で吃音の症状を持つ人がいるといわれており、幼少期に起きる発達性吃音と、ストレスや脳疾患などによって10代後半からみられる獲得性吃音とがあり、発達性吃音は7~8割が自然になくなっていく。

映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」は、7月14日から新宿武蔵野館ほか全国で順次公開される。

【訂正】記事の中で、記載にミスがあったため、以下の点を訂正いたします。

山田さんの発言の中に、前後の文脈が異なる部分があったため内容が変わってしまい、一部を修正いたしました。

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