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2018年02月16日 15時24分 JST | 更新 2018年02月16日 15時24分 JST

私が「ノルウェイの森」を生きたとき【これでいいの20代?】

私は「前を向いて歩く20代」になった。

Getty Images

私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話。この連載で紹介する話はすべて実話にもとづいている。

個人が特定されるのを避けるため、小説として書いた。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女性の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

両親が別居し始めたと知ったとき、衝撃を受けた。東京に来る前の記憶が私の中から消えて

「子供の頃の幸せな世界」が思い出せなくなった。戻る家も、想い出も、私が離れた間にみんな消えてなくなった。

私は過去の自分と大切な人たちのことを忘れたまま、私の過去に無関心な人たちと東京の摩天楼で毎日仕事をしてた。

そんな自分に強烈な自己嫌悪がわいた。

彼氏の太郎に「大学の友達に会いに行くから」と言って、金曜日の夜に新幹線に乗った。目的地についたら、ちひろは改札で待ってくれてた。彼の顔を見たとき、突然、過去のことを思い出した。

ーーーー

大学時代、初めて村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだ。秋だった。そして、街の本屋さんはどこも「ノルウェイの森」を大量に店舗の前に積み重ねて、冬に公開される実写版の広告を出してた。私は上・下を買ってきて一晩で読んだ。高校時代は受験勉強で忙しかったせいで、小説に没頭するのは何年かぶりだった。

ノルウェイの森は簡単にいうと生と死の話だ。主人公のワタナベは大学のため上京し、そして17歳に自殺した高校時代の親友の元彼女直子にばったり会ってゆるく付き合うことになる。直子は突然姿を消して精神病の療養所に入る。と同時にワタナベは、直子とは正反対の性格の明るくて自信家な女性、緑に会う。彼はどちらの女性と一緒に将来を過ごせばいいか迷う。途中で同じ寮に住む東大生の永沢さんと仲良くなる。永沢さんの誘いでガールハントする。私はこの小説が読みやすいのに、内容が奥深いところに惹かれた。

「ノルウェイの森」のおかげでアメリカ人の留学生クリス君に知り合った。大学の本屋さんで彼が英語版を買うのを見て、私は自己紹介をした。彼は実写版を見るために日本語の勉強を頑張りたいと言った。全く縁のなさそうな二人だったけど、いい友達になった。

学校が終わった後、二人で何時間も街を歩いた。

その時、山登りが大好きだったクリス君はでっかい山登り用のリュックを背負ってて、私の少し後ろを歩いて写真を撮った。歩くのに飽きたら、近くのコンビニでコロッケを買って公園のベンチで軽食をした。

クリス君のホストファミリーはお金がなくて、いつも夕飯の量が少なかったし、肉もあまり出なかった。運動するのが大好きなクリス君は2ヶ月で激痩せしてしまった。それ以上痩せるのが嫌だったので、彼はいつもコロッケを三個とコーヒー牛乳の大きいサイズを買った。その時、ヌジャベスが亡くなって、カート・コバーンが亡くなって、世界を変えると思った革命的なアーティストが誰も彼もみんな亡くなって残念だという話と「ノルウェイの森」の話をした。

クリスくんには2人、好きな女性がいた。まるで小説に出てくる「直子」と「緑」に似ている二人だという。「直子」は彼の彼女で当時ドイツで留学してた。お天気屋な女性で、スカイプで話そう話そうといつも言ってたくせにスカイプで話すときになったら、ほとんど何も言わずずっとため息をついてた。一方で、彼は日本語の授業で一緒の中国人である「緑」のことも気になってた。彼女は山登りもウォータースポーツも大好きで、よくクリス君にメールをした。

ある日、授業の後に彼女をホストファミリーの家まで送ってあげたとき、二人はキスした。

「ね、永沢、どっちを選べばいい?」とクリス君にある日聞かれた。

「それは緑でしょ。結末知ってるから。」

彼に「永沢」と呼ばれたとき、それって結構私の感性に合ってるかも、と思った。「ノルウェイの森」の登場人物の中で、私は永沢が一番共感できた。

大学に入って、人生で初めて「異性が私を魅力的に感じてる」ってことに気づいた。

高校時代にかっこよすぎて絶対にこっちから声をかけるなんてできなかった男性から声をかけられるようになった。

肌の焼けた男性。カバンをかっこいいほど中途半端に持ってた男性。この新しい「男という人種」のことをもっと知りたかった。

それからたくさんの男性と付き合うようになった。もちろん好きだから付き合ったんだけど、同時に情報を収集したかったから付き合ってみた。女性に夢中になってた彼達を簡単に操ることができた自分を遠くから観察してた。

将来、その知識を持って大きな街、「でかい入れ物」のなかで、自分の能力を試したかった。

クリス君に友達のちひろのことを笑い話にして話した。

ちひろに知り合ったとき、彼はすでに「ノルウェイの森」を読んでた。彼はあまり村上ファンじゃなかったけど、小説の実写版を楽しみにしてた。他の男性と違ってちひろには「男」として私の興味を引く要素はゼロだった。ただ、私が付き合ったどの男性と過ごした時間よりちひろと文学やミニシアターの話をして過ごした時間の方が100倍も楽しかった。

ちひろにもクリス君と同様、自分の「直子」がいた。私がなかなか想像できなかった、横浜で既に社会人になってうつ病を抱えてた女性。だけどちひろとあまりそういう話をしたくなかった。

この微妙な均衡のとれた世界がいつまでもずっと続いてほしかった。

そして、ある日。

珍しく学生には若干丈の合わないプリン屋さん「パステル」にちひろに誘われた。

抹茶プリン一つ。なめらかプリン一つ。

「綾さんのことが好きです。」

「違うだろう。あたし、永沢なんだから。」

私は怒って断って帰った。

均衡を勝手に崩したちひろが大嫌いだった。すぐに私のことが好きになっちゃった男性たちみたいになってほしくなかった。一生本と映画の話ができる友達でいてほしかった。ピュアなちひろは私みたいに男性と遊ぶ女性と一緒にいない方がいい。

しばらく話すのをやめた。

数週間後、夜遅く図書館を出たときにばったりちひろにあった。黙って二人で駅に向かってたら、私の電話がなった。クリス君だった。

「早く〇〇墓地に来て。リリーちゃんは自殺しようとした。」

ちひろの目をみた。

「一緒に行こう。」

学校の近くの墓地に着いたら、クリス君はリリーに叫んでた。

「リリーは緑だから死ぬ権利がないよ!」

彼は彼女を抱いて、彼女が持ってた刃物をとろうとした。リリーが泣いてた。

「リリーには死ぬ理由がないんだよ。だから死ねない。死んじゃいけない。」とクリス君が力強く言った。

リリーが落ち着いたら、時間が遅くてもうクリス君の電車がなくなってた。頑張って歩けば帰れたけど、私とちひろは始発まで一緒に待っててあげようと決めた。

クリス君がでっかいリュックからマッチ箱を出してマッチ棒で小さな火をおこした。クリス君は大きなマッチ箱。彼が点けたマッチ棒の小さな火のように、リリーがポソポソと悩みごとを話し始めた。ホストファミリーに差別的なこと言われて家事をさせられた。中国に帰りたかったのに両親は日本語を勉強して日本でお金を稼いでほしかった。

リリーの話を聞きながら、つまらないことにこだわってちひろと話すのをやめた自分がバカバカしくみえてきた。心の中でちひろを許した。

4人で火を囲んで座ってペットボトルの紅茶花伝を飲んで朝を待った。

その後、クリス君は自分のホストファミリーに頼んでリリーを引き取ってもらった。

そして二週間後、クリス君とリリーちゃんはそれぞれ自分の母国に帰った。

そして、私はちひろと一緒に「ノルウェイの森」を見に行った。

同じ感想だった。コスチュームと舞台がとても鮮やかで贅沢だったけど映画にはがっかりした。本の中でとても魅力的に感じた登場人物がなぜか色褪せたようにみえた。私たちが夢で見た、自分だけのものにしたかった「ノルウェイの森」じゃなかった。

小説に感情移入しちゃう、ロマンチックな志向を捨て、私は「前を向いて歩く20代」になった。