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2018年06月01日 17時40分 JST | 更新 2018年06月01日 18時13分 JST

女性管理職が80%の会社に移って、 私の中の「部長像」がガラガラと崩れた

私もしっかり固定観念を持っていた

私の中の「部長像」がガラガラと音を立てて崩れた。

淡いブルーのニットに、白いふんわりスカート。栗色ストレートの髪の毛は、毛先と前髪だけちょっとくるんとしている。20代と思われるそんな女性が私の前に現れた。彼女は私の上司にあたる「部長」だ。

10年以上いわゆる日系大企業に勤めていた私は、この春、関連会社に出向することになった。20〜30代の女性をターゲットにした商品を中心に扱っているため、1000人を超える社員はほぼ女性だ。元の会社は、女性管理職比率は5%未満の男社会だった。今の会社の女性管理職比率は80%以上。もはや、異文化すぎて外国に来た心地すらする。

最初に受けた衝撃が、冒頭の部長との出会いだった。私は小さい頃から「男だから、女だから」という括りが大嫌いで、ジェンダーには人一倍関心が強かったつもりだ。まず、そんな自分が「部長」と聞いて、勝手に「おじさん」のイメージを持っていたことがショックだった。そういう固定観念は嫌いだと思っていたのに、私もしっかり固定観念を持っていたのだ。

今の会社では、ビジネスの中核で常に女性が活躍している。全体会議の場で、前期の収支やKPIについて語ったのも、キラキラ女子だった。会社の数字を、自分の言葉で語る。書いていることを読んでいるのではなく、自分の言葉で語る。

喋っている内容の硬さと、喋っている人のイメージのギャップに、くらくらした。彼女もまた、別の部門の部長だった。バリキャリ女性のイメージとはかけ離れているが、仕事の本質をがっちり押さえている彼女たちは本当に格好いい。

「部長はおじさん、ゆるふわ女子は派遣さん」。このとんでもなく偏ったイメージは一体どこから来たんだろう?振り返ってみると、私の10年以上の社会人生活において、これまで出会った9人の直属上司も、その上の上司も、全員40歳以上の男性だった。きっと、こういう環境の中で、知らず知らずのうちに固定観念ができていったのだと思う。

私自身は女性であることが理由で、露骨に差別をされたり、嫌な思いをしたりしたことがなかったため、職場における女性のポジションについて問題意識を持っていなかった。しかし、老若男女問わず顧客としている企業において、意思決定者に女性がほとんどいない環境は、やはり普通ではないと思い始めた。

性別によって役割をイメージ付けてしまう固定観念は何が問題なのか。それは、自らもその固定観念の枠組みに囚われた動きをしてしまうことだ。例えば、会議の場で、真ん中の席が空いていても、つい遠慮して隅っこの席に座ってしまう。Facebook COOシェリル・サンドバーグ氏の著書「LEAN IN」でも、女性の「部屋の隅っこに引っ込みたくなる自信のなさ」について書かれている。

一方で、女性がマジョリティとなる環境では、女性に対する無意識のバイアスが一気になくなるように感じた。「女性」という属性で括られることがなく、「個人」として扱われるからだ。そして、「バイアスがないと、女性ってこんなに堂々と働けるんだ」と思った。

もちろん、男性が多い職場でも堂々としている女性はいるし、女性が多い職場でも全員が同じような働き方をしているわけではない。でも、私自身はなかなか自信が持てずにいたし、「もっと強く自分の意見を言っていい」と上司に言われたこともあった。女性は男性に比べて自信を持ちにくいという調査結果もある。

また、キラキラ活躍する女性の姿をメディアで目にする機会も増えている中、何がそんなに目新しいのかと思われるかもしれない。でも私には、メディアに出てくるすごい人は、自分とは別世界のように感じていた。そんな中で、社内の女性が、管理職はもちろん、一般社員も、みんなが堂々と働いているのが「普通」な環境がインパクト大だったのだ。

堂々と...つまり、発言するときには「的外れかもしれないんですけど」と余計な前置きをしないこと。無駄になんでも「すみません」と謝らないこと。目上の人にも自分の意見をまっすぐ伝えること。私はそんな働く姿勢を、周りの女性から学んだ。男性の多い職場であっても、女性はもっと堂々と自信を持って働けばいいと思った。この小さな気付きは、私の気持ちを明るくした。

新しい職場での日々は始まったばかりだけど、今までよりも自信を持って振る舞える気がする。ちょっと俯きがちだった目線を、10センチ上に上げて、明日も私は職場に行く。