「メンバーがモチベーション高く働けて、期待以上の結果が出せるチームになるには、どうしたらよいだろう......」
リーダーやマネージャーが日々悩むのがこのテーマ。 特に、会社での出世や成功より、自分らしい働き方への関心が高いと言われる20代に対して、どう接するべきかを悩む30代以上の方は多いように思えます。
そのヒントを得るためにお会いしたのが、高円寺にある創業80年の銭湯「小杉湯」の3代目オーナー・平松佑介さんと、描いたイラスト「銭湯図解」が話題になり、NHKドキュメンタリー番組「人生デザインU-29」にも出演するなど、番頭兼イラストレーターとして活躍中の塩谷歩波さんです。
実は、以前の職場で体を壊し、自分への自信を失った過去がある塩谷さん。平松さんはそんな塩谷さんに直接声をかけ、家族経営のイメージが強い銭湯で、いっしょに働く仲間を外部から採用しました。
年の差が10歳以上も離れている30代の平松さんは、どのように接してきたのでしょうか? 心地よいチームのあり方を模索するサイボウズ式第2編集部の井手桂司が話をうかがいました。
なぜ上司・部下のような関係にならないのか?
井手:今日は、よろしくお願いします! お2人は、普段から密にコミュニケーションしているんですか?
塩谷:平松さんとは、しょっちゅうLINEでやりとりしてますね。
井手:どんな内容が送られてくるんですか?
塩谷:平松さんがセレクトしたNewsPicksのおススメ記事が毎日届きます(笑) これ読んだほうがいいよーって。
井手:すごい! マメですね。お2人は上司・部下の関係なんですよね?
塩谷・平松:ん~。上司とか、部下とか、そんな感じではないですね......。
平松:もしかすると、上司・部下っぽくならないのは、『塩谷歩波の物語』を生きてほしいと、僕がいつも伝えているからかもしれないです。
井手:『塩谷歩波の物語』って、具体的にどういうことなのでしょうか?
平松:1年前に塩谷ちゃんと初めて出会った時、銭湯への愛がスゴイなぁ......と思ったんですよね。「銭湯に救われた」、「銭湯に恩返しをしたい」という想いがあふれていて。
塩谷:わたしは大学卒業後、設計事務所で働いていたんです。けど、スポ根漫画のように、努力すれば必ず報われると思って身を粉にして働いていたら、身体を壊してしまい...。そんな時に出会った銭湯が、身も心も癒してくれました。
平松:それなら、銭湯に恩返しをしつつ、好きなイラストで飯が食える物語を生きていこうと伝えたんです。
そして、『塩谷歩波の物語』を素晴らしいものにするために小杉湯や、経営者である僕を利用してほしいと話しました。
自分のためと、自分の物語のためでは、全然違う
井手:自分の物語を生きるって、すごくよい言葉ですね。平松さんが『物語』という考え方にたどり着いたのは、どんないきさつだったんでしょうか?
平松:僕は20代で住宅販売の会社で営業を経験し、30代は採用・研修コンサルティングのベンチャー企業を創業しました。
そういう仕事柄、どうしたら新入社員や若いメンバーのモチベーションが上がるかを、ずっと考えていたんです。
そこでわかったのは、若いメンバーは会社のビジョンを押しつけるより、個人のビジョンをもって動いてもらう方がモチベーションが上がるということ。
もちろん個人のビジョンと言われても、新入社員のほとんどがポカーンとします 。
井手:そうですよね......。自分のビジョンについて考えている人のほうが少ないように思います。
平松:けど、そういう人たちにも時間を取って、自分なりのビジョンを考えてもらうんです。
その内容を聞いてあげたり、先輩やほかのメンバーの志も共有していくうちに、自分のやりたいことが見えてきたり、磨かれていくんですよね。
これを定期的にしているうちに、メンバーのモチベーションがどんどん高くなっていきました。
井手:ちゃんと時間をとる、というのが大切なんですね。大抵の組織は、短期的な目標に追われて、その時間を確保できていないような気がします。
平松:そうなんです。時間をとることが大切なんです。
そして個人のビジョンは、「自分のため」にやるのと、「自分の物語のため」にやるのでは、全然意味が違うと気づいたんです。
井手:自分のためと、自分の物語のためには、意味が違う......。
平松:自分のためって「for me」じゃないですか。すごく利己的な感じで、これだけだと多分よくないんです。
でも自分の物語となると、話は違います。
例えば主人公が塩谷歩波だったとして、それを素敵な物語にするためには当然、舞台である小杉湯だったり、登場人物である僕や従業員、お客さんとの関係性はすごく大切になってくる。
なので、結果的に「for you」につながると思うんです。
井手:確かに、まったく意味が変わりますね。
平松:塩谷ちゃんは、自分の物語を生きる覚悟を決めたんだと思います。
もしかしたら「小杉湯のために」「銭湯業界のために」と思って働いているのかもしれないけど、それは自分の物語のためでもあると思うんですね。
井手:「小杉湯のため」よりも先に、「塩谷さんの物語のため」がある。
平松:はい、それが結果として小杉湯や銭湯に貢献してくれていることにもなったのかなと。「for me」でもあり、「for you」にもつながるのが自分の物語。この言葉が一番しっくりくると思っています。
こんな自分が、物語なんてつくれるわけないと思っていた
井手:塩谷さんは「塩谷歩波の物語をつくろう」と言われて、どのように感じましたか?
塩谷:はじめは何を言っているのかよく分かりませんでした(笑)。
平松:ははは。だよね。
塩谷:わたしは大学も建築学科で、ずっと建築畑で育ってきたんですが、基本的に「自分のために」って感覚が薄いんです。
学生の時は先輩や教授のために模型作りを手伝ったり、設計事務所では上司のためにいろいろ動いたり......。
井手:建築って、大変なんですね。
塩谷:そうなんです! だけど「みんなやってるし、私も頑張らなきゃ」みたいな感じでした。
なので「小杉湯に入って、自分の物語をつくろう」と言われても、何も持っていない自分が物語なんてつくれるわけない、と思っていたんです。大学での成績もよくなかったし、体も壊してしまったし......。
井手:でも、だんだんと平松さんの言っていることがわかってきた?
塩谷:ですね。平松さんから「塩谷ちゃんなら、大丈夫だよ」と毎日励まされたりしているうちに、考え方が少しずつ変わってきました。
平松さんのスゴイところは、絶対否定しないし、メチャクチャほめるんですよ! 適当なときもあるんですけど(笑)。
平松:適当て!
塩谷:そうこうしているうちにSNS上で自分へのフォロワーが増え、少しずつメディアに取材いただけるようになりました。
多くの人に認められているという感覚が結びついて、平松さんが言っていることが、より実感できるようになってきました。
ギャップのある掛け算の法則が、物語を魅力的に変えていく
井手:平松さんが『自分の物語をつくろう』と人に伝える際に、特に意識されていることはありますか?
平松:まずは、「for me」だけにとどまらないようにすることが大前提です。
あとは、「掛け算の考え方」が大事だと思っています。3つの分野でそれぞれ100分の1の人材になる。それらを掛け合わせることで、100万人に1人の希少性の高い人材になれるという話です。
井手:藤原和博先生の本でおなじみの、掛け算の話ですね。
平松:そうです。僕自身も小杉湯を継ぐ前は、営業をやってもコンサルをやっても、メディアに取材してもらうなんて1件もありませんでした。
それが銭湯という、今までと全然違う領域で掛け算が発生した時に、いろんな人が注目してくれたんです。
掛け算をして行くキャリアがこんなに強いんだと実感しました。
平松:塩谷ちゃんもそうで、「設計事務所の塩谷歩波」だったなら、こんなに多くのメディアから取り上げられることはそうそうないわけですよ。
それが建築業界出身で、イラストレーターであり、そして......、銭湯(笑) このギャップですよね!
井手:最後に銭湯が入ることで、ものすごくギャップが生まれますね(笑)
平松:このギャップの掛け算が起きたときに、「え、なんで?」みたいなのがあるわけじゃないですか?
早稲田大学の建築学科を卒業して、有名な設計事務所に入社した人が、なんで高円寺の銭湯で番頭兼イラストレーターをやるの? みたいな。
井手:確かに、この掛け算が結果的によかったというのはあるかもしれませんね。
平松:メディアに取り上げられることがすべてではないですけど、自信になりますからね。
何よりも、メディアに掲載されたことを塩谷ちゃんのご両親が喜んでくれているのがうれしかったんです。
塩谷:大きいですね。実家に帰るたびに、仏壇に何かしら私の記事が置いてあるんです(笑) 。
でもそれを見るとすごくうれしいですし、自分の物語を生きていくことに対して、自信になりました。
両世代のつなぎ役になれる30代が、重要な存在になる
井手:塩谷さんは自分の物語を生きると決めたことで、自分の中で変わったことはありますか?
塩谷:やっぱり、好きなことに対して本気でやると腹をくくったことですね。
井手:と、いいますと?
塩谷:わたしは昔から絵を描くことが本当に好きだったので、どこかで絵の仕事をしたいと思っていました。
ただ、イラストで食べていける自信がなく、本業は別に持って、趣味としてイラストをやればいいと考えていたんです。
でも今は本気でやろうと思っています。自分の好きなものを、本気で自分のものにするってことが、自分の物語かなとも思うようになりました。
井手:この1年間で、イラストに対する姿勢も変わりましたか?
塩谷:変わりましたね。絵自体、適当に書き続けていてもスキルはあがらないんですよ。
メチャクチャ構図を考えて、何回も何回も書き直して、真剣に絵を描いていくと、着実にレベルがあがっている感覚があるんです。
塩谷:やっぱり自分が好きだって思っているものだからこそ、趣味とかに落とし込むんじゃなくて、腹をくくって、やるって決める。
今は幸いSNSとかが発達しているので、お金になる仕組みもできると思うんです。なので覚悟とか、意思みたいなものが大切だと思いました。
平松:いやー、塩谷ちゃんの熱量、すごいですよね。
最近の若い子はモチベーションが低いとか言われるけど、全然そんなことはないんです。
好きなこととか、自分の物語のためってなった時のモチベーションの高さは、僕ら上の世代よりも高いんじゃないかなと思います。
井手:そういう意味で、20代のもっている熱量を上の世代のメンバーが引き出せるかが、本当に大切になってきますね。
平松:そうですね。特に30代のメンバーが鍵になると思っています。
バブル期に活躍していた40~50代の人達に鍛えられているので、上の世代の気持ちもわかるし、20代とも年齢が近いので下の世代の気持ちもわかるのは30代だけなんです。
井手:確かにそうですね。僕も30代ですので、つなぎ役として価値を発揮していきたいと思いました。今日は、ありがとうございました!
企画・執筆:井手 桂司/写真:尾木 司/編集:鈴木 健斗