2018年11月にサンフランシスコで開催される" Kintone Connect "。このイベントは、アメリカの Kintone 社が主催する先進的な働き方の事例を紹介する取り組みです。今回は昨年開催された同イベントの中から基調講演を取り上げます。ベストセラー作家であり世界的に有名なビジネスアドバイザーであるチャック・ブレイクマンの「Rehumanizing Business by Giving Everyone Their Brain Back(みんなの脳を取り戻してビジネスを人間らしくしよう)」というテーマの講演で、「参加の時代」カルチャーの必要性を、組織で働く人に向けて語りました。
ブレイクマン:職場は、当然ながら人間らしさのある場所ですよね? だって、人間が働いているのだから。
でも、その意見、きっぱり否定します!
という問いかけからブレイクマン氏の講演が始まりました。
まず「職場を人間らしく」する、あるストーリーを紹介しました。
2003年、IT企業に勤める23-4歳の男性サラリーマンが自分のブログサイトに投稿した画像と散文詩的な文です。
会社に来ると毎日、車を駐車場に止め、車の中に自分を置いて仕事に向かう。お昼、ほんの少しの時間、自分を取り戻し、また自分を車の中に置いて仕事に戻る。
これを毎日繰り返す。
就業時間の終わりには、どうか時間通りに仕事が終わりますように、そして、早く自分を取り戻して家に帰りたいといつも思う。
ブレイクマン:産業時代は終わったと誰もが信じている現代においてでも、その頃正しいとされていた生産性を上げるための組織や働き方は、いまだ健在です。
従業員は、機械の延長として「効率性」を上司から掲げられながら仕事をこなすだけの存在になっています。
組織の歯車として、人間らしさを捨て、考えることを捨て、自分がこなしている仕事は何のためなのか、意味があることなのか考える余地も与えられません。
過去や成功例が、今起こっていることやこれから起こりうることを決して教えてはくれない変化の激しい時代において、個々人の自由な発想思考こそが企業の課題解決や事業拡大の牽引力になりうるのにもかかわらず、です。
WHO、WHAT、WHEN、WHERE、HOW あるいは WHY? この中で最も人間らしい質問はなんでしょうか?
ブレイクマン:答えは、WHYであり、創造的プロセスで必要不可欠な問いかけもまた、WHYです。しかしながら、多くの企業では、この150年もの間、職場でWHYと尋ねることは許されていなかった。
WHYと尋ねようものならば、職場に順応できない人というレッテルを張られてしまうかもしれない。そのことこそが、職場から人間性を奪っている現象そのものを表しているのです。
「従業」員になってはいけない
従業員がWHYと尋ねることができる、すなわち「人間らしく」働ける職場というのは、従業員がどのような状態にあるのでしょうか。
ブレイクマン:人間らしく働けている状態は、従業員が事業への当事者意識を持って仕事に取り組んでいる状態です。
それはもはや事業に「従事する人(従業員)」ではなく事業の「利害関係者(ステークホルダー)」です。
ブレイクマン:ステークホルダーとなった従業員は、仕事をするにとどまらず、事業内容にコミットし責任を負います。
さらには、上司に管理されるのではなく、自己管理ができ、必要に応じて自然発生的なリーダーになることもできるのです。
面白いデータがあります。組織で働く人の81%はステークホルダーになりたいというデータがあるそうです。これはなぜでしょうか?
ステークホルダーになることにより、人は、意味のあることを成したいという人間的な欲求を満たすことができるのです。
ブレイクマン:しかし、悲しいデータも示されました。働く人のたった32%しか、自らが当事者意識を持てる状態だと感じていないのだというのです。
残りの7割の人は、冒頭の車の中に自分を置いて職場に向かう男と同じです。
決められた就業時間を漫然とオフィス内で過ごし、マネージャーから与えられたタスクをこなしているだけで業務が遂行される、権威主義的な階層型の組織に身を置き、機械の延長として働いているのです。
階層型組織を置き換えるのが格子型組織
ブレイクマン:トップダウンの階層型組織により生産性を追求している組織と、従業員が人間らしく働けるよう人に注力した組織とでは、ビジネスの成長スピードが違います。
ジョン・P・コッター氏がハーバードビジネスレビューに寄せたデータによると、10年間での売上成長率は、生産性に注力した階層型組織が166%だったのに対して、人に注力した組織は、682%だったといいます
ブレイクマン氏はより速いビジネス成長を実現するためには、職場に人間らしさを取り戻し、従業員が人間的な欲求を満たし意欲的に働ける環境を整えパフォーマンスを上げることが必要であるといいます。
その手段として「参加の時代」カルチャーの導入を提言しています。
「参加の時代」とは産業時代と比較して、働く人たちがお金を稼ぐためだけでなく、仕事に意味を見出して企業に縛られず働く時代のことです。
「参加の時代」カルチャーを導入した企業は、ブレイクマン氏が提言し始めてからの十数年だけでも増えてきています。
その代表として、セムコ社、W.L.ゴア社、そしてテスラ・モーター社の3社について、それぞれの社長が「参加の時代」カルチャーをどのように社内カルチャーに組み込んだのか、組織構造変革に取り入れたのかを紹介しました。
ブレイクマン:セムコは、組織で働くすべての人の行動規範に影響を与える基本理念として、「参加の時代」カルチャーを取り入れた例です。
1980年、21歳という若さでセムコの2代目社長に就任したリカード・セムラー氏が掲げた基本理念は、次の2つでした。
・従業員は(自己管理ができる)大人であると信じること
・従業員それぞれの働き方は多様であると認めること
ブレイクマン:この従業員の自主性と多様性を尊重する基本理念とその理念に基づいた事業方針は、1982年には4億円だった売上を2003年には212億円までに成長させました。
時代は前後しますが、1958年、「ゴアテックス」で有名なW.L.ゴア社の社長 ビル・ゴア氏は、個人の自由の原則を重視し、人間の創造的な成長を企業の成長の糧に変換させました。
その象徴が、格子組織にあります。格子組織は、従業員同士が個別に直接的に繋がる社内コミュニケーションを促進します。
業務上の責務を果たすために必要となる情報収集や社内のやりとりに、中間管理職を介して組織を超える必要はありません。
ブレイクマン:このコミュニケーション構造により、業務スピードや対応力が上がり、当然ながらビジネスの成長に直結します。
それだけでなく、この構造は、従業員の事業へのコミットを高め、自己成長や従業員同士の相互育成が促進され、さらなる成長の源泉を生み出すことができるのです。
そのゴア氏のコミュニケーション構造は、テスラ・モーター社のイーロン・マスク氏により踏襲されました。
トップダウン型の社内コミュニケーションでスピードが低下していたビジネス環境を、格子組織を取り入れることで変革しようとしています。
2017年8月30日にインク誌に全文掲載された 「テスラでのコミュニケーション」と題されたメールが、マスク氏から社員全員に送付されました。
ブレイクマン:そこには、今のテスラ社のコミュニケーションの問題点と、あるべき姿が示されており、まさに、ゴア氏が実現しているコミュニケーション構造にあるような従業員同士が直接つながることが推奨され、マネジメントは組織のタコツボ化を防ぐことを最優先するように示されていました。
「参加の時代」カルチャーの導入は経営者の責任か
大槻:今回の講演はマネージャーを対象にしており、最後のメッセージもまた経営者向けのものでした。
「従業員が自分自身を車の中に置いてくるような事態を起こしてはいけない。従業員の『人間らしさ』を取り戻そう」と、ブレイクマン氏は何度も繰り返しました。
「参加の時代」カルチャーを企業に取り入れるためには、理念への反映、格子型組織への変革やコミュニケーション変革など経営者にしかできないことも多いと思われます。しかしながら、従業員の心構えも重要な要素の1つではないでしょうか。
「従業員(エンプロイー)」ではなく「利害関係者(ステークホルダー)」として働くこと。
このことを意識することは、人間らしく働けるようになるための、自分で踏み出せる1歩なのかもしれません。
編集協力 大槻佳代 / Nicole Jones / 鈴木健斗