2016年10月19日にサイボウズ日本橋オフィスで開催されたダボス会議分科会の登壇者。写真左から、ハフィントンポスト日本版編集長 竹下 隆一郎さん(モデレーター)、インターリスク総研 土井 剛さん、ほぼ日 取締役CFO 篠田 真貴子さん、サイボウズ副社長 兼 kintone Corporation CEO 山田理、UBS証券 人事部長 宇田 直人さん
なぜ終身雇用なの?飲み会参加はマスト?どうして日本の女性管理職は少ないの?
2016年10月19日にサイボウズ本社で開かれたダボス会議 分科会に、世界中からヤンググローバルリーダーが集結。彼らを聴衆として、日本ビジネス界で存在感を増す5人の登壇者が、日本人の働き方の問題点を次々と指摘、解決の方向性を提示しました。
海外経験の長い日本人のビジネスパーソンの視点から、全編英語で語られました。日本的な働き方の実像とは。日本人は本当に変われるのか。前編では、過渡期にある日本の働き方改革の問題提起と課題を、登壇者が洗い出してみます。
「100時間程度で過労死とは情けない」識者コメントが示した、日本のクレイジーさ
竹下:みなさん、日本へようこそ。滞在を楽しんでおられることと思います。まずは日本の働き方について、最近話題となった件を紹介します。
とても悲しい話で始めることとなります。東京大学という日本の一流大学を卒業し、電通というグローバルな大手広告代理店に勤めた24歳の若い女性が自殺しました。原因は、月105時間の時間外労働──。過労であるとわかりました。
このニュースに対する直接の感想ではないのですが、ビジネス経験の長い識者から「100時間程度で過労死とは情けない」というコメントがニュースサイト上であり、これも話題となりました。起業家は寝袋を会社に持ち込んで働いている、会社が組織として機能できないのなら転職を考えるべき、と。
この電通過労死事件から話を広げ、まずは日本の働く環境について3つのポイントを指摘したいと思います。
2.日本人男性の労働市場参加率が84%であるのに対し、女性は63%。安倍政権は女性活躍推進を掲げ、女性の管理職登用を進めているが、まだまだ少数にとどまる。女性は男性よりもパフォーマンスを上げて実力を証明せざるを得ず、プレッシャーから過労を訴えにくい環境にあるのではないか。
3.日本ではパートタイム労働者の賃金はフルタイムのおよそ56%にとどまり、ヨーロッパと比較して差が大きい。正社員は年齢とともに賃金が上昇する傾向があり、非正社員との格差の原因となっている。竹下:日本では、新卒で入社した会社に定年まで勤める終身雇用をはじめ、規定のサイクルからいったん外れた人間が不利益をこうむります。働きかたに対して会社の上層部に意見が言いにくく、転職に躊躇(ちゅうちょ)するのは、経済的にあるいは社会的に安定した生活を手放すことになってしまう、というプレッシャーによるものです。
ハフィントンポスト日本版編集長 竹下 隆一郎さん
竹下:もう1点、最近わたしが書いた記事「#飲み会をやめる そしたら、人生変わる気がする」が、大変広く拡散されました。
日本の飲み会カルチャーは、どこか家族的で、マフィア的な日本の職場の連帯意識の源泉だと揶揄(やゆ)されています。それをチームワークと呼ぶこともできますが、仕事が終わった後も自分の上司と時間を過ごすプレッシャーが課されているのも事実です。
従業員をオフィスに来させて働かせる労働文化についても問いたいです。
働くとは「物理的に社内にいる」ことを意味するのか?
「チームの中に物理的に存在している」ことは、それほどに必要なのか?
こういった文化が、社員を職場に長時間滞留させる長時間労働へとつながり、日本の職場の「イノベーション・やる気・生産性」の3つを低下させる原因になっていないか。これらを議論していきたいと思います。
日本人が長時間労働に陥りがちな文化的土壌とは
宇田:わたしは富士通を経て、現在はUBS証券 人事部長として労働生産性向上に取り組んでおります。UBSも代表的ですが、もともと金融業界は市場が24時間動いているため、全世界的に長時間労働の傾向があります。
働きすぎという問題は、いまやグローバルなものになっているとも考えられます。実際、(聴衆の)みなさんの中には起業家がたくさんおられるはず。自分のスタートアップを始めたばかりなら、それにかかりっきりになると思われます。
一般的に、日本は長時間労働で知られています。政府の統計によれば、確か年間の総労働時間は2000時間で、欧州より400〜500時間多かったと思います。
UBS証券 人事部長 宇田 直人さん
宇田:長時間労働の考えられる理由で一番重要なのは、日本の「助け合い」の職場文化です。職場の誰かが困っていたら、ほかの誰かが助けるのを当然視するという精神で、結果的に自分のプライベートよりも仕事を優先することにつながってしまう。
第2に、日本の治安の良さも関係しているでしょう。六本木でも渋谷でも、夜中まで比較的安全に飲んでいられるし、コンビニは24時間営業。もちろん需要があってのことですが、それに応える日本人の長時間労働と会社へのコミットの成果でもあります。
最後に、顧客からの期待値の高さです。いつでも要求やクレームに応えられるように対応するのは、本当は望んでしていることではないにせよ、お互いさま、ギブアンドテイクと考える文化だから続いている。日本人は、確かに長時間働きがちになるのです。
「女性活躍推進」は、女性の労働参加率の上昇や生産性の議論にフォーカスしすぎ
竹下:宇田さんがご指摘された、日本の文化的な側面に同感です。篠田さん、そういった文化は、日本女性の「働きにくさ」にどうかかわってくるのでしょう。
篠田:わたしは女性総合職として伝統的な日本企業に勤務したのち、米国の大学でMBAを取得し、米国や欧州の多国籍企業3社を経て、現在の糸井重里事務所(※)でCFOとして携わっています。
わたしが就職活動をした1990年は、男女雇用機会均等法施行4年目でしたが、女性にはアシスタント職である一般職と専門的な総合職という、2つの職が用意されていました。
わたしが総合職を受験するかたわらで、多くの同級生の女性が成績優秀にもかかわらず一般職を志望しました。就職面接での主な質問は「あなたのキャリア志向に、お父さんはなんとおっしゃっていますか」だったという、そんな時代です。(聴衆から驚きの声が上がる)
もちろん、男性の同僚たちは個人レベルでは親切でしたが、集団では少し話が違いました。大前提として、女性は結婚出産で退職する人が多いだろうと認識されていました。
※12月1日に「ほぼ日」に社名変更
ほぼ日 取締役CFO 篠田 真貴子さん
篠田:女性はスタミナもないからということで、記録できる残業時間も男性より短く設定されていました。わたしは人事へ直接交渉に行きましたが。そういうこともあって、女性は男性よりも効率的、生産的であらざるをえないんです。
ただ、時代の移り変わりとともに状況はゆっくりと確実に変化しています。わたしには2人の子どもがいますが、わたしよりも若い世代では、子どもを持ったあとも職場に残る女性たちが増えてきました。
職業上の成功を目指す女性は特に、妻として母として職業人としてあらゆる要請に応えるという困難に直面し、スティグマ(烙印)を負っています。2年前、安倍政権が出産後も女性が職場に残れるようにと推進しはじめた動きはすばらしいのですが、残念に思う面もあります。それは、女性活躍推進の目的が生産性と日本の経済力の上昇であることです。
わたしは、女性の活躍とは人権──は言い過ぎかもしれませんが、性別や出身や年齢にかかわらない、1人1人の向上心や知性、能力を尊重しよう、という話だと思うんです。
日本の現状では、男性と同じく充実した人生や自己実現といった部分は触れられず、女性の労働参加率の上昇や生産性の議論にフォーカスしすぎなのが課題だと思います。
竹下:わたし自身、妻が産後に職場復帰できるよう、息子の誕生に合わせて4ヶ月の育休を取得した経験から、日本は変わりつつあると感じています。
社員がハッピーになるよう専心していたら、売り上げが上がった
竹下:新興企業の登場もまた、日本の変化をうながしているようです。日本の働き方を変える取り組みをしている、サイボウズではいかがですか?
山田:率直に申し上げると、サイボウズでは「ほかに選択肢がなかった」のです。全体の28%が辞めていき、優秀な人材が大企業に吸収されたまま、なかなか集まらないという状況でした。
その中で、われわれは女性に着目しました。大企業で正当に扱われにくい、でも能力のある女性にたくさん来てもらうために、彼女たちが働きやすいワークスタイルを一生懸命考えました。
山田 理(やまだ おさむ)。サイボウズ 取締役副社長 兼 kintone Corporation CEO。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、責任者として財務、人事および法務部門を担当し、同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年からグローバルへの事業拡大を企図し、アメリカ事業本部を新設し、本部長に就任。同時にアメリカに赴任し、現在に至る。
山田:すると女性がたくさん応募してきてくれて、それまでソフトウェアメーカーとして、オタクというかあんまり外向的とは言えない男性ばかりだったわが社が、明るくて快活になったんです。
もちろん、サイボウズの人事システムでは、男性にも働きやすい環境を整えています。優秀な人材が集まってお互いの信頼が生まれると、チームワークも上がります。信頼が生まれる土壌は、大切なんです。
4〜5年ほど働き方の改善に取り組んでいたら、売り上げが伸び始めた。どうやって社員がハッピーになって、よい環境が作れるかばかり考えているうちに、社員に自信が出てきたと思うのです。わたしたちのKPIは利益の最大化ではありません。社員の満足です。
政策決定に影響力をもつエリートのやり方が一般的ではない
竹下:終身雇用について、土井さんはいかがですか?損保大手のMS&ADグループではブラジルへ駐在、その後は内閣官房へ出向されて、政府と民間企業の両方で働いた経験をお持ちですが、日本では、あなたの世代の転職は普通なのか、それとも一社でずっと勤め上げるものなのでしょうか。
土井:わたしの世代では、いまだ転職は一般的とは言えません。一社にしがみつく方が「安全」との感覚があるからなのでしょう。
ただ、わたしのケースでも、自分自身で選択した「転職」だったわけではないのです。会社がわたしをブラジルへ駐在させてくれ、その後政府に出向させてくれた。その都度、肩書きが変わっていったわけです。
竹下:ここまでグローバル化が進んだ世界にありながら、なぜ日本では終身雇用に変化が見られないのでしょうか?
土井:仮に転職したとして、その後、もとの道に戻れる保証がなく、居場所を失うからです。退社後も6年間はまた戻ってこられるユニークな制度をもつ、サイボウズのような存在の方がめずらしいのです。
例えばわたしが今の会社(三井住友海上MS&ADインシュアランスグループホールディングス)を辞めて起業して失敗した後に、もとの会社や競合の日本の大手保険会社で職を得られるかというと、かなり難しいと思います。起業事態以外のリスクも大きな障壁なのだと思います。
インターリスク総研 土井 剛さん
篠田:もう少し公平性を期すると、厚労省や経産省のかたに聞いたところでは、終身雇用を享受している人は全体の約20〜30%に過ぎず、数の上では決して多数派ではありません。
ですが、土井さんが挙げられたような政策への大きな発言力をもつ大企業は、終身雇用を維持しているんです。
彼らは企業連合を組織していて、土井さんの企業はまさにその経団連企業。政治的に声の大きな企業のやり方が、必ずしも一般的ではないということを指摘させてください。
竹下:「日本が変わらないのは、意思決定に大きな影響力をもつエリートが終身雇用を享受しているため」という考え方に同感です。
宇田さん、先ほど日本の長時間労働と高品質のサービスの強い関係について触れられましたが、日本の働き方は変わるべきでしょうか?
宇田:サイボウズ山田さんがおっしゃったように、すでに日本の多くの企業が柔軟なワークスタイルを導入しています。日本IBMなどの大企業が在宅勤務やテレワーキングを試験的に導入しており、この点では日本は変わりつつある。
他方、オフィス外での労働生産性をどう管理・監督するか、懐疑的な意見もあります。在宅勤務は小さなお子さんのいるワーキングマザーや老親の介護をする人には向いているかもしれません。
書類を書くのに、オフィスよりも自宅のほうが集中できる人もいるでしょう。家事や子ども、高齢者に仕事を邪魔されて、かえって生産性が低くなるという意見もあります。就業方法の柔軟化は生産性が課題で、ケースバイケースです。
UBSでは(モバイル端末として)ブラックベリーをいまだに使っていますが(聴衆から笑いが起こる)、わたしも18時に会社を出て、そのあとは、日本のCEOや香港法人にいるアジア太平洋の人事部長とブラックベリーで連絡しております。日本も変わりつつあります。
後編につづきます。
文:河崎環/写真:谷川真紀子
「サイボウズ式」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。
本記事は、2016年12月14日のサイボウズ式掲載記事長時間労働の原因は、日本独特の「助け合いの職場文化」にあるのか?──ダボス会議「ヤング・グローバル・リーダーズ」との議論からより転載しました。