多様性を理解する脳は、健康度が高い?組織経営における3つのメリット【研究結果】

論文を発表した京都大学の大塚泰子さんと國分圭介さんに話を聞いた。日本が抱える“心でっかち”問題とは?

議論の続く「LGBT理解増進法」や、過去最低順位の125位を記録したジェンダー指数など、性の多様性やジェンダー平等において、多くの課題を抱えている日本。G7の中でも唯一、結婚の平等が実現されていないことでも知られている。

基本的人権の観点からも、今後も積極的に歩みを進めていく必要があるが、脳科学の分野では多様性の理解がもたらすメリットが示された研究結果もあるという。

また、それによって得られるメリットは、組織経営をはじめとしたビジネスシーンでも多く役立てられるそうだ。

研究結果を発表したのは、京都大学経営管理大学院・客員准教授の大塚泰子さんらの研究グループ。調査背景や研究内容、その結果について、大塚さん、共同研究者の國分圭介さん(京都大学大学院・特定准教授)に話を聞いた。

大塚泰子さん
大塚泰子さん
國分圭介さん
國分圭介さん

研究の背景には、脳科学分野における疑問と、新たな視点から多様性を読み解くことへの関心があったという。

大塚さんは「脳科学では男女の脳を比較する研究などは多く存在しますが、性の多様性への理解と脳の状態を紐付ける研究は比較的なされていません。そこに疑問を感じて、今回のテーマ設定をしました」と語る。

さらに「ジェンダーやLGBTQというと、ソーシャルジャスティス(社会正義)の角度から照らされることが多いですよね。しかし、脳科学の視点から研究結果を俯瞰してみれば、そこにはより良い社会を目指す上で役立つ、違ったヒントが見えてくるかもしれないと考えたんです」と続けた。

「脳」から読み解く、多様性理解の3つのメリット

研究は、世界価値観調査の質問項目を参考にした以下の質問4つを、22人の参加者に聞く量的調査。

國分さんによれば、研究で統計平均を取る際は400人以上のデータを収集することが望ましいが、脳科学の分野においては費用対効果等を鑑みて、今回のような少人数の参加者による調査も多いという。

【ジェンダー分野】

・一般的に、男性の方が女性より政治の指導者として適していると思いますか?

・妻の稼ぎが夫より多いと、決まって問題が起きると思いますか?

【LGBTQ分野】

・同性愛者が近所に住んでいて欲しくないと思う人はいますか?

・同性愛について、あなたはどう思いますか?

回答の結果、参加者のうち17人がジェンダーにおける高い理解度を示し、9人がLGBTQにおける高い理解度を示した。これらの参加者の脳のMRI画像解析して脳の健康度を算出し、ベースラインとして計測した113人分の脳の健康度との比較をしたところ、両者の間に有意な差があったという。

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ジェンダー分野で高い理解度を示した脳は、目標の設定や最適な行動を選択する能力と関連する「認知制御関連領域」が有意に高い結果となった。

また、LGBTQ分野では「認知制御関連領域」に加え、自己の内省を通した他者への理解能力に関連する「社会性関連領域」や、周囲の状況変化を察知する能力に関連する「モニタリング関連領域」においても有意に高い結果となった。

最適な行動の選択や変化への敏感さは、ビジネスシーンにおいて自分とは異なる意見やアイデアが上がった際に、広い視野で柔軟に舵を取るために欠かせない能力だ。また、他者への共感は、チームビルディングや外部のニーズを想像し寄り添う能力に直結するだろう。

組織経営の鍵は“心でっかち”で終わらないこと

大塚さんによると、人の脳が大きく発達するタイミングの一つが「自分と違う人と関わったとき」という説もあるという。そのため「意思決定の場に、年齢や性別をはじめとした多様なチームメンバーが揃っていることは、個人の視野を広くし、能力の拡張にも繋がる」ことが期待できるそうだ。

さらに、意思決定層の大半を高齢の男性が占めている日本の現状に言及し、ビジネスシーンにおいて多様性を欠くことは「機会の取りこぼしやグローバルスタンダードからの乖離など、短長期的に多くのデメリットが伴う」といい、組織として多様性を重視する意義を語った。

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國分さんは日本の現状や調査の結果を受けて、日本の“心でっかち”な傾向を見直すことが、未来への鍵になるのではと問いかける。

「日本社会は、今も“空気を読む”ことを大切にする傾向が根強いですよね。しかし、その慮りはプラスにはたらくことも沢山ありますし、決して悪いことではありません。しかし、その優しさは“同調圧力”と隣り合わせだということも覚えておきたい事実です。

同調圧力は、マジョリティーによるマイノリティーの排除にもつながりかねません。既存の枠組みに変化を起こし、状況を最適化するためには、心だけではなく、何が理論的に正しいかを追求し、アクションに繋げていくことも大切です。3つの脳領域がジェンダーおよびLGBTQへの高い理解につながるという今回の結果は、まさにこのことを意味しているのだと思います」

まだまだ研究の余地はありそうだが、多角的な視点で社会や組織の多様性を考えるとき、脳科学も大きなヒントになりそうだ。

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