アートとカルチャー
2020年09月03日 14時13分 JST

大山のぶ代さんは「ドラえもん」になる前、「太陽にほえろ!」の脚本を書いていた。

2003年に深夜放送の「トリビアの泉」で紹介。「198へぇ」とほぼ満点になったトリビアです。

小学館
大山のぶ代さんの著書「ぼく、ドラえもんでした」

9月3日は「ドラえもんの誕生日」。そんな日に知りたいトリビアをどうぞ。

テレビ朝日系のアニメ版「ドラえもん」で1979年の放送開始から2005年まで約26年間にわたって、ドラえもんの声を担当していた声優といえば、大山のぶ代さん。「ぼく、ドラえもんです」の独特のドラ声が印象に残っている人も多いだろう。

■「トリビアの泉」で紹介。「198へぇ」とほぼ満点に

その大山さん、実はドラえもんの声を担当する以前、刑事ドラマ「太陽にほえろ!」の脚本を担当していたことがある。この事実は、2003年1月6日深夜にフジテレビ系で放送された「トリビアの泉~素晴らしきムダ知識 新春スペシャル 」で紹介された。 

高橋克実さんが司会を務めていたこの番組では、「人生にまったく必要のない無駄な知識」(トリビア)を視聴者から募集して品評するという内容だった。品評会のメンバーが、トリビアに感銘を受けると「へぇ」スイッチを最大20回押せるというものだった。スペシャル版のこの回では、品評メンバーが10人のため「200へぇ」満点だったが、大山のぶ代さんに関わるこのトリビアは「198へぇ」とほぼ満点をたたき出した。

番組の内容を書籍化した「トリビアの泉~へぇの本~ 第II巻」(講談社)では、以下のように書かれている。

<俳優座の養成所時代に、脚本家に「自分も書かせてほしい」と頼み、実際に書いてみたところ、内容が面白かったので採用された。大山のぶ代さんは「太陽にほえろ!」全718話のうち、第129話「今日も街に陽が昇る」、第154話「自首」 、第189話「人形の部屋」、第289話「殿下と少年」、第319話「年上の女」の5話を書いた。>

ただし「俳優座の養成所時代」というのは間違いのようだ。大山さんの著書「ぼく、ドラえもんでした」(小学館)によると、大山さんが俳優座の養成所にいたのは、1954年から56年まで。大山さんが脚本を担当した「太陽にほえろ!」の放送は1975~78年にかけてなので、20年近い開きがあるからだ。

当時、大山さんはテレビ俳優としての活動の一方、「元気な少年役」の声優として頭角を現していた。1966年の「ハリスの旋風」や続編の「国松さまのお通りだい」では、主役の石田国松の声を担当して人気を博していた。 

大山さん自身は「太陽にほえろ!」に出演した記録は見当たらない。それなのになぜ脚本を担当しようと思ったのかは、謎に包まれている。