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2019年10月29日 13時37分 JST | 更新 2019年10月29日 13時49分 JST

「自分の国だけの平和はありえない」緒方貞子さん死去、遺した言葉を振り返る。

国際政治学者から転身し、国連などで難民援助の活動を続けてきた緒方さんの言葉を振り返ろう。

ELVIS BARUKCIC via Getty Images
緒方貞子さん(2012年撮影)

日本人初の国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんが10月22日に死去したと共同通信が報じた。92歳だった。

緒方さんは1927年、東京生まれた。51年に聖心女子大卒業後、アメリカのジョージタウン大学で修士号、カリフォルニア大学バークリー校で博士号を取得し、国際政治学者の道を歩んだ

国際基督教大学の講師、上智大学教授などを歴任したが、1976年に日本人女性として初の国連公使になった。その後、特命全権公使、国連人権委員会日本政府代表を務めた。

1991年から2000年まで国連難民高等弁務官として、難民支援活動に取り組んだ。在任中には、ユーゴスラビアやソ連崩壊に伴う紛争、ルワンダ虐殺などで、多くの難民が生じたが、緒方さんは現場に足を運び続けたという。

世界中で苦しんでいる人々のために尽力した緒方さんの言葉を振り返ろう。

Reuters Photographer / Reuters
アフガニスタンの首都カブールでカルザイ大統領と握手する緒方貞子さん(2003年撮影)

「文化、宗教、信念が異なろうと、大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない」西日本新聞より)

 

「やはり日本は島国で、今までなんとなく自分たちだけを守っていれば生きていけると思っていたのだけれど、実態はそうではありません」(国連UNHCR協会より)

 

「深刻な問題を抱えたときに、日本人はいつもそれに立ち向かい克服してきました。しかし、相互依存の中にあって、日本だけを見ていてすべてのことを克服していくことはできません」国際協力機構 -JICA より)

 

「人々の意識を変えるためには、時間が必要です。戦火を交えてきた人々の間に信頼を築き上げるのにも、時間がかかります。しかし、その実現は不可能ではありません」国際連合広報センターより)

 

「多くの兵士や将校たちが彼らの『剣』や『銃』を転用して、新しい『鍬』を再び手にしながら土地を耕し始める事を一緒に望みましょう」(外務省より)