少子高齢化や国民皆保険制度の持続可能性などの観点から、心身の健康への関心が加速している現代。将来のキャリアに関して、医療現場や製薬会社などのヘルスケア業界を視野に入れている若者も多いのではないだろうか。
医療用医薬品の開発・販売などを取り扱うヘルスケア企業「サノフィ」は8月上旬、ヘルスケア業界に関心を持つ高校生を対象とした夏休みの特別授業「医療の未来をつくる高校生プログラム ~製薬からITまで、誰もがかかわれる医療業界の多様な選択肢~」を開催した。
イベントは、同社の社員がそれぞれの仕事内容について紹介する「お仕事紹介」、医療業界が抱える課題の1つであるトラストギャップについて学ぶ「座学」、ヘルスケア業界で働く職業的少数者の体験談を聞く「パネルディスカッション」の3部構成。
今回、ハフポスト日本版は「座学」と「パネルディスカッション」の様子を取材した。イベントの様子を、一部抜粋して紹介する。
多様性の欠如は、医療への信頼を欠く

座学形式によるセッションには、同社執行役員人事本部長の榎本忠行さんが登壇。医療における信頼の役割と、ヘルスケア業界が直面している社会課題の1つである「トラストギャップ」の実態、その課題を解決するための取り組みについて語った。
医療におけるトラストギャップとは、医療制度や医療従事者に対する「信頼の格差」を意味する言葉だ。特に「話を聞いてもらえない」「見た目で判断される」などの理由から、社会的全体に占める割合が人口比率より低い属性にある人々(マイノリティ)が医療にアクセスする上で、そのハードルを高める原因となっている。
同社が今年公開した調査結果によると、女性や障害者、LGBTQ+、少数民族などの人は、医療への信頼感が比較的低いことがわかったという。

調査では「あなたは今までに、医療制度に対して信頼を失うような経験をしたことがありますか?」という質問に対して、全体の55%が「経験をしたことがある」と回答。特に女性では59%、LGBTQ+では66%、障害のある人では73%といずれも深刻な現状が明らかになっている。また、調査ではこうした社会的マイノリティ性のある人の59%が、「多様な背景をもつ医療従事者と接したい」と考えていることも判明したという。
こうした現状について、榎本さんは「信頼は、人々と医療従事者との関係の基盤です。信頼が欠如すると、特にマイノリティの人々において医療機関の利用が避けられ、治療の遅れや健康格差の拡大につながります」と説明。さらに「誰もが平等に安心して医療を受けられる社会の実現には、働く人々の多様性も求められており、職業的な偏りを解消していくことが重要です」と話し、ヘルスケア業界におけるDEIの重要性を強調した。
男性看護師と女性医師の体験談
パネルディスカッションには、ヘルスケア業界における職業的少数派の当事者4人が登壇し、それぞれの視点から現在の職業に至るまでの経緯や現場での体験談などを語った。ファシリテーターは同社渉外部部長の落合利穏さんが務めた。

男性看護師の認知度を高める活動などに注力しているNurse-Menグループ代表の秋吉崇博さんは、女性の割合が多い看護師という職業に就いた経緯について「大きな夢や目標もなく過ごしていた高校生の頃に、進路相談で先生に提案されたことで興味を持ちました。チャレンジ精神旺盛な性格もあってか、男性が少ない看護師に惹かれたことも決断の一因ですね」とコメント。
また「看護師のイメージを良い意味で壊して、多くの人が抱いているよりも多様な人が活躍できる職業だと知ってほしいです。僕は見た目が一般的な看護師のイメージと違いすぎて、実際に免許を見せないと看護師だと信じてもらえないことはありますね(笑)」と話し、会場を和ませた。
男性看護師ならではの医療現場での体験談としては「医療や介護、福祉の現場では力作業や体力が必要になる場面も多いです。特に救急の現場ではそういった場面が多いです」と話した。

一方で、男性比率が大きい医師としてのキャリアを築いてきたサノフィ女性医師社員の白木ゆりさんは「女性医師は医局を選択するときに、女性のロールモデルがいない診療科は避けてしまう傾向があります」と話し、キャリアを築くうえで直面しやすい課題について説明。女性医師の多い産婦人科で働く男性医師も少数ながらいる現状にも言及し「自分から選択肢を狭めていかない限り、道は開かれていると思います」と話した。
また、病院勤務を経て、製薬会社で働いている自身のキャリアについて「内科医として働く過程で、薬の進化がより多くの患者さんの命を支え、人生をより良くしている場面を目の当たりにして『より多くの人の人生にインパクトを与えたい』と転職を決意しました」と回答。
さらに「病院に勤めはじめた頃は想像もしていなかった今のキャリアに、自分でも驚いています。夢は1つに絞らなくてもいいですし、今後も私自身、何か新しいことに挑戦するかもしれません。そうした働き方や生き方はとても豊かだと感じますし、まずは『やってみたい』という気持ちを大切にしてください。人生、なんでもありです(笑)」と参加者にエールを送った。
しなやかな気持ちで他者と関わってほしい
ITの側面から医療・製薬に携わる Veeva Japanアソシエイトコンサルタントの大村洲さんは「私は文系出身ですが、努力次第で必要な知識とスキルを身につけることは可能だと感じています。IT業界では理系出身者や男性が多く、実際にプロジェクトで女性が私1人という経験も何度かあります。しかし、仕事をする上で大事なのは性別ではなく適性や仕事への取り組み方です。枠組みやバイアスに囚われず、自由なチャレンジをしてほしいです」と話し、性別に囚われない進路選択の可能性を提示した。
また、参加者に一番近い存在として登壇したサノフィ次世代奨学生(ヘルスケア業界を目指す女子学生を支援することを目的とした、同社が実施する奨学金制度)は、現在所属する大学院の薬学研究科に進むまでの経緯を振り返り、「比較的女性の割合が多い学部ではあるものの『女性だから解剖は無理じゃない?』などと言われることはあります。しかし、一番重要なのは自分がやりたいという気持ちです。皆さんにも、自分が本当のやりたい道に進んでほしいです」とエールを送った。

イベントを振り返り、同社代表取締役社長の岩屋孝彦さんは「社会では自分と違う考えを持つ人を受け入れるのが難しかったり、自分の考え方だけで相手と接してしまったりする場面があります。サノフィでは、そうした考え方の違いによるギャップを解消していきたいと考えています」とコメント。
さらに「社会は色々な人がいて機能しています。皆さんも自分自身の考え方だけにこだわらず、しなやかな気持ちを忘れずに他者と関わっていってほしいと願っています」とメッセージを送り、特別授業を締めくくった。