ビジネスが作る未来
2020年01月22日 07時13分 JST

保護犬・猫のマッチングサイトはこうして生まれた。動物が苦手だったのに、偶然が重なって好きになって起業しちゃった人の話

海外で見た“ある光景”が人生に目標を与え、動物が苦手だった男はペットテック企業の経営者になった。

「犬と猫は苦手でした。だけど、そこに特に理由はなくて。ただ、なんとなくです...」

かつて動物から距離を置いていた1人の男性は今や、保護された犬や猫とその受け入れを希望する方を繋ぐマッチングサイトや飼い主向けの情報サイトなどを運営する会社の代表だ。

人生、何が起こるかは分からない。

2015年に起業して5年。CEOの大久保泰介さんは、“人と動物が共に暮らせる社会を作りたい”との思いを持ち、「保護犬・猫の殺処分を減らす」という大きな社会課題と向き合う日々を送る。

動物が苦手だった彼がなぜ、“ペットテック”の分野で起業したのか。「人生の転換点」と語るのは、イギリスでの生活と“2匹の犬”との偶然の出会いだった。

大久保さんご提供
株式会社シロップ代表取締役の大久保泰介さんと飼い犬のコルク

動物が苦手な自分を変えた、イギリスでの“ある光景”

「別に噛まれたわけでもないのに、物心ついた時からなぜか犬や猫が苦手でした。小学生の頃から大学時代にイギリスに行くまで、その感覚を持っていました」

昔のことをこのように振り返る大久保さん。

関西の大学に通い、就職活動では大手商社や広告代理店の内定を決めていたが、続けていたサッカーへの情熱を捨てられず内定を辞退。渡英してプレーすることを選んだ。

大久保さんご提供
大久保さんはイギリス滞在中、日々サッカーをしていた

渡った先のロンドンでの日常の風景が、彼の動物への意識を次第に変えることになる。

「ホームステイ先の家庭が猫を飼っていて、少しずつ触れ合うようになったんです。ただ、正直まだ怯えはありました。ですが、ロンドンは公園も広ければ、電車やバスという公共交通機関にもペットの犬が普通に乗ってくる。日本では見たこともなかったその光景を目の当たりにして、『好き』にはまだなれてなかったけど、日本に帰国する頃には“苦手”という状態からは抜けていました」

動物への苦手意識を変えただけでなく、ロンドンでの生活は大久保さんの社会の見方を大きく変え、生きる目標を与えた。

「『いのちの尊重』とか『多様性の社会』という、言葉でしか聞いたことのなかったものを、この時に肌で感じたんです。最近は日本も変わりつつありますが、イギリスでは当時から“多様な家族のあり方”の1つとして、LGBTQの人々やペットとの共存があった。まさにそんな社会を、日本でも作りたいなと思ったんです。以前は、大学を出たらなんとなく“モテる企業”に就職したいとか、そんなことを思っていた時期もあったけど、この時、明確に人生の目標が出来ました」

イギリス滞在中は、サッカーを続けながらロンドンのユニクロで働いた。

日本に帰国した後は、IT事業などを展開するグリー株式会社で勤務。そこでの経験が、大久保さんを起業の道に導いた。

大久保さんご提供
イギリスの公園で見た風景がとても記憶に残っているという

「可愛い」と思えた時に知った、保護犬・猫の殺処分の現状

大久保さんは「自分の人生を変えてくれた犬が2匹いる」という。

動物の苦手意識を克服した大久保さんをまず“犬好き”に変えたのが、グリーで働いていた当時交際していたパートナーの飼い犬。1匹のトイ・プードルだった。

「当時のパートナーの飼い犬は、私を“犬好き”に変えてくれた存在でした。それこそはじめの頃は、私がソファに座っている時にすり寄ってくることすら怖かったのですが、一緒に暮らしていくうちに当たり前の存在になっていって、“可愛い”と思えるようになったんです」

その犬と触れ合う時間が長くなるにつれ、動物について考える時間が増えた。

多くの犬や猫が飼い主が見つからず殺処分されているという現状や大量繁殖させて個体の質で選別する悪質なブリーダーの存在、何百種類もいる犬や猫の情報やサービスが均一化されていることなど、様々な課題があることを知った。

環境省が公表している最新のデータによると、日本では現在、犬と猫合わせて3万8千匹以上が引き取り手が見つからず殺処分されている。

過去15年でその数は10分の1にまで減ったが、今なお、多く尊いの命が失われている。ペット業界のまさに“闇”の部分だ。

平成29年度には、自治体の保健所や動物愛護センターなどが約10万6百頭の犬や猫を引き取ったが、そのうちの約43%の約4万3千頭が殺処分されるなど、自治体による譲渡などの取り組みにも限界がある。

「ITやオンラインの力で課題を解決して人とペットが共存できる豊かな社会を作りたい」。大久保さんはそんな思いで、会社を立ち上げたのだ。

環境省
全国の犬・猫の殺処分数の推移。殺処分は年々減っているが、平成30年のデータでは、犬と猫合わせて3万8千匹以上が引き取り手が見つからず殺処分されている

起業のアイデアを生んだ「運命の出会い」

起業をきっかけに、自身も保護施設から犬を1匹引き取った。名前はコルク。大きくてつぶらな瞳が可愛い、コーギー犬だ。

医師の診断では病気がなく健康な状態だったが、足がやや内股であるという理由だけでペットショップに卸されず、見学に行った保護施設に預けられ、引き取り手を待っていた。

「運命の出会いでした。ペットショップにわざわざ行かなくても、高い値段で買おうとしなくても可愛い犬と出会えることを知りました。実際コルクに会ってみると、『もったいない...』というのが率直な印象でした。本当に些細な理由で、ペットとして売られない。そして自らアプローチをしなければ、その事実を我々が知ることもすら今は難しい。逆に、保護犬・猫との出会いの場さえ作れば、殺処分を減らしていけるかもしれない。そう思いました」

大久保さんご提供
まだ幼い頃のコルク

この自らの体験をヒントに形にしたのが、保護犬・猫と迎えたい人を結ぶマッチングサイト『OMUSUBI(お結び)』だ。2016年12月に立ち上げた。

サイト上で6つの簡単な質問に答えると相性度が計測され、自分に合った犬や猫が表示されるという仕組みで、申し込みが成立すると犬や猫に直接会うことができる。

その後、1〜2週間は実際の生活環境で相性を確かめることができ、問題なければその犬・猫の保護者となれる。

OMUSUBI公式サイト
マッチングの仕組み

「保護犬・猫が増えてしまう一因は、飼い主による飼育放棄。これは、ペットを迎えるまでの触れ合いが十分でなく、結果ミスマッチが生じてしまうためです。このミスマッチを減らせば、保護犬・猫の数はもっと減らしていけると思うんです」

2019年には会員数は1万人を超え、これまで保護犬・猫と新たな飼い主を結んだ事例は300ほどにのぼる。

プロフィギュアスケーターの村上佳菜子さんは、同サービスを通じて保護犬の飼い主となった。

PETOKOTO公式サイト
プロフィギュアスケーターの村上佳菜子さんと、飼い犬のViVi。ViViは元々は保護犬だった

保護された犬や猫への“偏見”を無くすには

保護犬・猫の殺処分を減らすためにはどうしたらいいのだろうか?

“情報の拡散”が非常に重要な役割を果たすと大久保さんは言う。

「残念なことに、保護犬・猫は『かわいそう』『病気がちなのではないか』など、ネガティブなイメージや偏見を持たれていることがまだ多く、それを払拭出来ていません。この偏見を無くすことが出来なければ、殺処分も減らないと思っています」

「だからこそ、保護犬・猫を迎えることで幸せになった新たな飼い主さん一人ひとりに保護犬・猫との日々を語ってもらいたい。そんな思いでストーリーをシェアできるメディアを作りました。それをソーシャルメディアの力で拡散していくことに取り組んでいます

PETOKOTO公式サイト
ペットライフメディア『PETOKOTO』の概要

「元々、犬や猫が苦手というところからのスタートなので、中学や高校時代の友人には、起業したことは相当驚かれました...(笑) でも私の中では、犬や猫がかつて苦手だったことも、イギリスへ行ったことも、起業したことも、すべての点が線で繋がっています。志を共にしてくれる仲間と一緒に、“世界一ペットとの生き方を考える会社”を作りたい。今は本気で、そう思っています」

 熱く語る大久保さんのすぐ側には、やっぱりコルクがいた。

(文・取材 小笠原 遥)

Asami Kawagoe
株式会社シロップ代表取締役の大久保泰介さんと飼い犬のコルク