既婚者に「罪なき恋」はありえるのか?

この男性を好きでいながらも、結婚を危険にさらさずにいられるだろうか? 一緒にコーヒーを飲むくらい問題ないよね?既婚女性に、害のない恋はありえないもの?
coffee and croissants in cafe, hands of couple closeup
coffee and croissants in cafe, hands of couple closeup

「そのバッグ、運ぶのを手伝いましょうか?」

私は文具店の中型のショッピングバッグを2つ運びながら、ロサンゼルスのスターバックスの前を通り過ぎ、自分の車に向かって歩いている。

彼の顔も見ず、でも失礼のないように彼の方向に向かって微笑んで、「結構です」と首を振る。すると彼の足音が聞こえ、自分の手の近くに彼の手の温かさを一瞬感じると、彼は私の片手にあるバッグのうち大きい方をそっと持つ。彼は洗濯したてのTシャツの香りがする。

これは私にとっては、普段なら呆れた顔をして終わらせるか、怖いとさえ感じる行動だ。でもなぜか、彼の遊び心のある生意気さに私は笑ってしまう。彼のことは以前に、スタバで見かけたことがあった。彼は他の5、6人と一緒に、昼間からドミノをして遊んでいた。でもこの瞬間まで、彼のことは特に気に留めたことはなかった。

歩きながら、彼は自分の名前(ジェローム)や年齢(私より4歳年下)、そして俳優の仕事を追い求めてアラバマから引っ越してきたばかり(つまり無職)と話す。

車のトランクにショッピングバッグをしまった後、彼は私のことを頭から足先までゆっくりと見つめる。私が初めて彼のことをじっくりと眺めたのはこの時で、若き日のデンゼル・ワシントンにそっくりなことに驚く。しかし彼に興味があることを悟られないように、私はすぐに顔を戻す。

私は車に乗り込む前に礼儀正しく手を差し伸ばし、彼とカジュアルな感じで握手をする。私がしている結婚指輪に気づいた彼は、心を撃ち抜かれたようなそぶりをする。

彼は後ろにもたれ、手を胸に当てながら「(結婚して)どれくらい?」と聞く。

「12年」と私は笑う。

「幸せ?」彼の笑顔は感染力があって、私の口角も上がり気味なことに気付く。

「さよなら!」私は驚いて、車のドアを開けながら言う。

駐車場から出る間、私の体全体は暖かくてむずがゆくなる。私はぼんやりと、何かのアレルギー反応かと考える。

なぜか感じる罪悪感

彼との出会いは、誰にも話すことはない。結局のところ、何の意図もないんだからと自分に言い聞かせる。彼は不適切なことは何も言っていないし、私は既婚の女性としてしっかりふるまった。

そうでしょ?

でもなお、好奇心と、はっきりとは認めたくない罪悪感が混じり合い、私の胃がズキズキと痛む。

彼がバッグを運ぶのを止めなかったから罪悪感を持っているのか?それとも久し振りに心の底から笑った事への罪悪感?それとも、彼が私の手からバッグを取った時の彼の手の感触をまだ感じているから?

この時、私は誰かに触れられる事が嫌いだと思っていた。ここ1年ほどの間、夫と私は1時間で300ドル(約3万3000円)かかるカップルセラピストのキャメロンさんに会っている。妊娠後の私の「夜の営みの問題」に対処するためだ。

毎週、キャメロンさんのオフィスへ向かう40分のドライブの間、彼女の趣味の良い茶灰色のソファに座って過ごさないといけない時間に備えて心の準備をする。

到着した時には、夫の帰宅前に私が寝てしまった回数、または私が夫とではなく、5歳と6歳の息子たちと夕飯を食べた回数について、夫が彼女に報告することはわかっていた。夫が私の長靴からほとんど空になったワインのボトルを見つけ、私のことを心配していると彼女に言うことはわかっていた。

夫が望む妻になれるのか?

キャメロンさんとのセッションがあるたび、自分が能力不足なのでは?という心の奥底にある不安を立証されたような気分になった。毎週、彼女のオフィスから立ち去る時は、到着した時よりも気分が悪くなっていた。

夫からもっと良い「評価」を受けるため、毎晩の夕飯は子供たちとではなく夫と食べるように努力をし始めた。そして夜、テレビのスリープタイマーをセットする前に、夫がベッドに入るのを待つようになった。夫の不安を和らげるため、私は一切の飲酒を辞め、彼が家にいる時は、もっと「今」に集中するように努力した。

でも本当を言うと、私は「今」に集中することをとても恐れている。そして自分の子供たちと、好きなテレビドラマ以外に心から興味を持つためには、ワインが必要だ。私にとっての最高の社交の潤滑剤であるワインを辞めて、私がはたして夫が望むような妻になれるものか、私にはわからない。

私は自分がもう治しようがないほど壊れてしまったのだと考え始める。

結婚指輪をした手を重ねるカップル イメージ写真
結婚指輪をした手を重ねるカップル イメージ写真

一緒にコーヒーを飲むくらい、問題ないよね?

ジェロームとの出会いの日の後、子供たちのお弁当を詰めながら微笑んだり、その日の午後にネイルをしてもらっている間には声を出して笑いだしてしまい、謝ったりしている自分に気がつく。

こういったタイプの高揚感は、私が高校1年のときの英語の授業で、片思いの相手がドアから入ってきたのを見たとき以来感じたことはなかった。このばかげたウキウキ感が、家庭での自分の取り繕った顔を台無しにしてしまうことは避けられないように思われる。夫は頭のいい人で、他の人には気がつかないほどであっても、私の気分に少しでも変化があった場合にはいつでも気がつく。

私にできる?この男性を好きでいながらも、結婚を危険にさらさずにいられるだろうか? でも、一緒にコーヒーを飲むくらい問題ないよね?既婚女性だとしても、害のない恋といったものはありえないもの?

次の日の午後1時ごろ、スタバの長い列に並ぶ時、私の心臓は激しく鼓動を打つ。駐車する時、彼が外で数人の年上の男性たちと座っているのを見かけたが、彼が私を見たかはわからない。

私はチョコレート・クロワッサンとブルーベリー・スコーンのどちらにしようか考えているふりをしていると、洗濯したての服の香りが私を包みこんだ。その香りをしっかりと吸い込みながら、私は自分の大きな笑顔が彼に見えないように、ガラスケースに顔を近づけ続けた。

彼だ。

その後、子供たちに夕食をあげながら、誰か(誰でもいいから)に電話したいという狂ったような衝動を感じる。そしてジェロームがどんな人で、どれだけ魅力的で、私を笑わせてくれるか、そして彼の香りがどれだけ私を魅了するかを話す。同じくらいの喜びと罪悪感がドラッグのように私の血管を駆け巡り、私の心臓を風船のように破裂させそうになっているかのように感じる。

自分を落ち着けようと睡眠薬を4分の1、飲むことにする。夫と話す前に、自分を普通の状態にしておく必要があるためだ。夫は時差のある場所に出張に行っているため、彼が自宅に居る時ほどは綿密に私の「行動」が注意深く調べられずに済む。そのことに私は無言で感謝の祈りを捧げた。

望ましくない終わりしかないことは分かっている。


ジェロームと毎日、「コーヒー」を飲むようになってから3週間半、私の陶酔感は薄れ始める。そして起きてすぐ後、奇妙な不安感で頭がざわつくようになり始める。ばれることを考えるだけでも野良猫のようにビクつくが、それを心配しているだけではない。全体的な状況を危険に感じ始めたのだ。

テーブルの下で私たちの膝がうっかり、あるいはわざと触れたり、私が車まで歩いていくときに彼がさりげなく私の肩に手を置いたりする以上の肉体的な接触はまだないが、まるで自分が夫に対し、浮気しているように感じる。

ジェロームのことが頭から離れないという事実がイヤだ。夕方に、彼の唇が私の唇に触れたらどんな感じか想像して過ごしてしまうことがイヤだ。彼と一緒のベッドの中はどんな感じか、私たちの赤ちゃんはどんな見た目になるか、または彼がどんな父親になるかを夢想してしまう時は、頭の中でかき消そうとする。

私はもはや、善悪の判断を決めるコンパスを乗っ取り、私が知っているすべてを危険にさらしている感染症に侵されているかのように感じる。私は確実にこの秘密に病んでいて、彼のことを考えるとまったく無力になる。あの日、彼から自分のバッグを奪い返して、そのまま去っていたらよかったのにと神に願い始める。

望ましくない終わりしかないことは分かっている。なんの影響もないまま、彼とコーヒーを飲むために会い、子供たちのお迎えの前に「ちょっとした楽しみ」を続けることはできない。私たちのどちらかが、真剣な感情を抱くことになる。つまり、そのどちらかが傷つくということだ。

ある日、「私たちの」スタバの裏にある駐車場に車を寄せた時、本当に起きている別のことに、突然気がつく。数週間前に夜のワインを断つと決めた時、ワインの代わりを何で埋めるのか、わざわざ考えようとさえしなかった。

たしかに、私はもう夫が帰宅する前に秘密で酔っぱらうことはない。しかしいまや私は密かに1人の男性、ほとんど知りもしない男性のことで頭がいっぱいだ。私は何も止めていなかった。ただ、執着の対象を変えただけだった。

罪なき恋だと思っていたけど...

恋する相手からの重力のような引力から完全に自分自身を引き離すには、私には1年が必要だ。ジェロームを自分のシステムから追い出すのはまるで最悪のデトックスのようで、駆け引きや(この1回だけ、スターバックスに寄っていいかもしれない)妄想的な考え(もう十分に長い時間が経ったし、私たちただの友達になれるよね)、そして過小評価(本当に、そんな悪くない。実際、私たちは何も悪いことしてないし)が伴う。

最近、既婚者である友人が、同僚に抱いている恋心について話してくれた。突然の憧れ、お互いの気のある素振りによる陶酔感、そしてその間に感じる罪悪感と羞恥心。身に覚えのある感情のすべてを説明する彼女の話に私は耳を傾けた。

「どう思う?」彼女は私に尋ねた。「ただの罪なき恋だよね?そのうち忘れるよね?」

私はジェロームとの経験について彼女に話す。もうすぐ彼に会えるとわかっている時のほとばしる期待感、彼についての夢想(彼と一緒に居た時でも)、そして夫や子供たちを傷つけることを考えるたびに胃に感じる罪悪感...。

私の恋は害のないものだと最初は考えていたけど、そうではなかった。それは私の家庭の生活に感染し、知らぬ間に染み込み拡がり奪っていく毒のようだった。自分がどう考えようと関係なく、自分が欲するような興奮を、実際に私は代謝できないということがジェロームとの経験からわかった。そして私は、そんな自分を認めた。

だから、あなたやその他の誰かにとって罪のない恋というものが存在しない、とは言わないが、私にとってはそのようなものはなかったとはっきりと言える。

そして結局、夫と私は離婚したものの、いまでも私は時々、あのスタバのそばを通ることを避ける。あの場所は、私の人生の中でも不安や不確かさでいっぱいで、スリルを感じることへのスリルのために自分自身を傷つけた時期を意味するから。もう絶対に、再び経験したくないことだ。

ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。