アートとカルチャー
2020年02月07日 07時50分 JST

「噂が人を殺した」つけび事件を追いかけて…。噂から逃れて生きることはできるのか。

ネット上でもリアルの人間関係でも、あふれている“噂”。最近の社会を見ていると、噂の存在感がどんどん大きくなっているように感じます。

撮影 南麻理江/HUFFPOST
「つけびの村」の著者、高橋ユキさん

「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」。

この川柳は犯人による殺害予告だったのではないか?

そんな“噂”も世間で飛び交った、2013年の「山口連続殺人放火事件」。

住人がわずか12人しかいない山口県の限界集落で5人の村人が一晩で殺害された事件である。

山口連続殺人放火事件の真相を追いかけ、現在3万部を超えるヒット作となっているのが「つけびの村」(晶文社)だ。

当初、ブログサービス・noteで一部有料公開されていた記事が注目を集め書籍化に至ったというその出版経緯も話題となった。

著者の高橋ユキさんに、子育てをしながら事件の起きた村へ取材に通った当時のことや、事件の一因にもなった“噂”について話を聞いた。

 

リアルの世界もネットも噂であれふている

――もともと高橋さんは傍聴マニアで、裁判傍聴ライターとして活動していらっしゃいますよね。事件を追いかけるノンフィクションライターではない高橋さんが、この事件に関わるようになったきっかけを、まず教えてください。

最初のきっかけは、月刊誌からの執筆依頼でした。これまで裁判傍聴をもとに書いた本を出版した経験がありましたが、事件についてしっかりと取材をし、裁判の内容も盛り込んだ出版物は手がけたことがなかったので、この山口連続殺人放火事件は、もう少し深く取材をしてみようと思ったんです。

裁判は被告人に対してどのような刑がふさわしいかを決める場所なので、傍聴内容を踏まえて本を書くとなると、そのベースは裁判で語られた被告人の話、被害者の話になります。

しかし事件の取材になると、それ以外の第3者、ただの知り合い、同じ町の住人など話を聞ける人の自由度が大きく異なります。原稿を書く上で話を聞くことができる人が増えるという事は、見えてくる事件の全体像みたいなものが大きく変わってくるなと、今回、この本の取材をしていて感じました。

 

――取材中は、その事件を取材してもどこも掲載してくれないと止められたこともあったと聞きましたが。

夫には、この取材を続けることをしょっちゅう反対されていましたね。改まって話をするような人ではないのですが、子どもを寝かしつけた夜に「話がある」と言われて。「あの村に行ってどうする? 何をするつもりだ」「時間の無駄だから、やめろ」と言われて、夫婦喧嘩のようになったこともあります。

 

――今、子どもを寝かしつけてという話がでましたが、本がヒットして、さまざまなメディアの取材を受けるなかで「お子さんがいて、取材に出るのは大変だったのでは?」と聞かれることも多かったのはないでしょうか?

そうですね、よく聞かれます。

ただ、そこは確かにキツかったです。取材をしたくても、夫の仕事の都合に合わせる必要があります。なかなか日程が決められないこともあって「私は、自由に取材に行けないんだ」なんて気持ちが暗くなることもあったことはありましたね。

 

――夫に止められ、家事や子育てをしながらの取材だったにもかかわらず、途中でやめなかったのには、なにか理由があったのですか?

一度始めた以上は最後までやってみようという思いがあったのと、取材の途中からこの事件、つまり本の核になる“村の噂話”が見えてきたのが大きいです。

この“噂話”を深掘りしていけば、何かひとつの形になるのでは?という確信みたいなものが生まれて。

 

――サブタイトルにも「噂が5人を殺したのか?」という言葉が踊っていますね。

わずか12人が暮らす限界集落で起きた事件ですが、逮捕された保見光成の所有していたICレコーダーに、「うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし。田舎には娯楽はないんだ、田舎には娯楽はないんだ。ただ悪口しかない。お父さん、お母さん、ごめん。お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、ごめんね。……さん、ごめんなさい……。これから死にます」という彼自身の声が残されていました。

取材を進めていくと、保見のいう通り、村で週に一度開催されるコープ(生協)の寄り合いで発信された噂があるようだ…ということがわかりました。経済的な困窮など事件の背景にはいくつかの要因がありましたが、その“噂”も保見を追い詰めることにつながっていったのではないかと私は感じたんです。

 

――「つけびの村」では、コープの寄り合い、12人が住む村というリアルな場所で生まれたがテーマになっていますが、昨今、SNS上の誰かの投稿が広まっていくのととても似ているなと思いました。

たしかに、SNS上で何かや誰かが炎上したり、叩き合ったりする仕組みも、今回の事件の“噂”と同じ側面はあるかもしれませんね。

事件が起きた地方の小さな村だけではなく、東京でも例えば、業界の人が集まる店で同業のいろんな人たちに関する噂話が流れて…ということがあるでしょうし、ネット、リアルに限らず噂はどこにでもあるものなのでしょうね。

 

噂の対象になる可能性は誰にでもある

撮影 南麻理江/HUFFPOST
高橋ユキさん

 ――噂好きな性質は少なからず誰しもが持っているものだと思いますが、取材をするなかで、特にこの村の住民は噂好きだったといった印象はありましたか?

地方の小さなコミュニティは個人情報が筒抜けで、近所の人が近所の人の動向をよく知っているなという印象があります。だから、この村の人たちが特別噂好きと言うことではないと思います。私も北九州の田舎の出身だから、わかるんです、そういう感じ。

「あそこの娘さんは、今どこどこに勤めている」「○○さんのところの娘さんは、離婚して戻ってきたばい」などすぐ噂になりますから。

地方都市でも大きな街や東京は、そういった空気感は薄いかもしれません。ただ例えば出産をして、子ども関係で住んでいる地域の町会や学校関係、ママ友とのつながりができるなどのライフイベントをきっかけに、これまで縁がなかったコミュニティに入らざるを得なくなることもあるでしょう。家業を継ぐことになって、それまで離れていた実家の地域のコミュニティに参加するなんていうことも…。そうすると、嫌でも噂に巻き込まれてしまうし、自分が噂の対象になる可能性だってゼロではないわけです。

コミュニティがあることで見守りにもなるし、「あそこにはあの人が住んでいる」と周囲に知られていることで確保される安全もありますから、必ずしも悪いことばかりではないと思います。でも、噂やコミュニティから適度な距離をとることって難しいですよね。

 

――自分が何気なく発した言葉が、誰かを追い詰め、それが殺人事件に発展する。とても恐ろしいです。

人は普段、自分がしている噂が周囲にどういう影響を与えているか、またどんな噂に左右されているか意識していないと思うんです。人間、「人のことが気になる」のは本能なのだとも思いますし。それに、人間関係からは逃れられませんからね。

噂がイヤだからと人間関係を絶ったり、コミュニティから離れても、それがゆえに起きる問題も出てきますしね。

 

――山口連続殺人放火事件で死刑が確定していた保見死刑囚側が201911月、再審請求しました。

どんな決定が下されるか、まだわかりませんが、もし再審が行われることになったら、取材を続けるつもりです。

 

昨今、事件は凶悪化しているのか?

――これまで様々な裁判を傍聴してきて、最近、事件の質が変わったな、凶悪化してきたな、などなにか変化は感じますか?

私はまだ15年くらいしか裁判傍聴の経験がないですし、殺人事件ばかりをみているので、すごく限られた部分の、経験則に基づいた話しかできませんが、感じるのはSNSや出会い系アプリで知り合ったことが契機になって起きる事件が増えているということです。

少し前までは、被害者と加害者の関係性というのは、実際にどこかで直接会っていたことが多かったように思うんです。一見、二人につながりがなさそうに見えても、どちらかに裏の素顔みたいなものがあって、こんなところで繋がっていて、しかも実際に対面で会っていたりする。

でも最近は、第一報では被害者と加害者の関係がすぐにわからないという事件が増えていますよね。いいとか悪いとかいうことではなく、ネットを介して知り合うのがきっかけになっているなと感じます。そういう事件が増えたというより、ネットを介する出会い自体がすごく増えたんだろうと。

凶悪犯罪が増加しているとも言われることがありますが、「犯罪白書」などを見てみると犯罪の件数は減っていますし、一概に凶悪化しているとは言えないのではないでしょうか。無差別殺人が起きると「凶悪化してきた」という人が出てくるような印象がありますが、昔は情報が限られていて、新聞やテレビのニュース、ワイドショーが取り上げるものくらいしか、私たちは事件を知る術がありませんでした。ところが最近では、インターネットなどで様々な事件の情報が入ってきます。そういったことも凶悪事件が増えているといった印象を生んでいるのではないかと考えています。

 

――事件の取材をするということは関係者のプライバシーを聞く、書くことになりますよね。どこまで書くか、気をつけていることはありますか?

「つけびの村」は、事件が起きた村がとても小さなコミュニティですし、内容もかなりプライバシーに関わることが多いため、たとえ文中で仮名にしたとしても、証言者の匿名性が保てないと思い、かなり書き方は気をつけたつもりです。

裁判傍聴記事でも、執行猶予判決が出た人はその後すぐに社会復帰をすることになりますから、裁判の途中で「執行猶予判決になりそうだ」と思った時点で担当編集者と名前を出す、出さないを含めて、さまざまなことを相談するようにしています。

最近では、裁判所も匿名性が高まってきています。例えば、昔は性犯罪の被害者も住所、氏名、年齢、住所が明かされていたこともありましたが、被害者秘匿がとても進み、裁判の時点から被害者が匿名になることもすごく増えています。

子どもが被害者の事件では、加害者も匿名になります。自分の子供に性的な加害をした場合、親の名前を明かせば子供のことも明らかになってしまいますから。そういう流れの中で、必然的に書き手としてプライバシーについては意識をせざるをなくなりますね。

その一方で、ネットの中……例えばトレンドブログでは関係者のプライバシーに関わる、裏取りされていない情報がどんどん流れてきます。最近の社会を見ていると、噂の存在感がどんどん大きくなっている気がするんですよね。SNSでは自分の評判をネットを通して自分で作れる、つまり自分の噂を自分でコントロールすることもできるし、他人の噂もどんどん流れてくるし、それを壊すことも、何かを加えることもできてしまう。噂は、人への興味関心から生まれるものです。どれくらいの距離感が最適なのかを考えながら、「つけびの村」を読んでいただけたらと思います。 

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高橋ユキ『つけびの村  噂が5人を殺したのか? 』晶文社