
東京電力福島第一原発事故後の除染で出た「再生土」を全国の公共事業などで再生利用する国の方針を巡り、東京都内の議員が“曖昧な知識”で根拠のない情報を発信したり、議会で判断したりするケースが相次いでいる。
東京・三鷹市議会は3月、「放射性物質が拡散する」といった文言が盛り込まれた「『放射能汚染土』の再利用の中止・撤回を求める意見書」を賛成多数で可決。
一部市議らは取材に、「人に害を与える」「毒物」と主張したが、いずれも再生利用の危険性を示す根拠を具体的に提示しなかったほか、この問題の基本的な知識もなかった。
そんな中、今度は東京の「心臓部」とも言える千代田区の議会で、再生土を「放射能汚染土」と呼称する一般質問が行われた。
「全ての生物に与える影響は大きいのではないか」「人体への影響が危惧される」ーー。議会でこのように発言した区議は、再生利用に反対する元議員から「一般質問で取り上げるよう頼まれた」ことを取材で明かした。
経緯を振り返る
再生土とは、放射性物質の濃度が1キログラムあたり8000ベクレル以下の土。同8000ベクレル超の土と共に、福島県双葉、大熊両町に設置された中間貯蔵施設に保管されている。
同施設に保管されている土は東京ドーム約11杯分(約1400万立方メートル)に上り、2045年3月までの「県外最終処分」が法律で定められている。
最終処分量を低減するために、放射性物質の濃度が低い再生土の再生利用の工程は避けては通れない。安全性は県内の実証事業で示されており、国際原子力機関(IAEA)も「安全基準に合致している」と報告している。
一方、全国的な理解は進んでおらず、県外で予定されていた再生利用の実証事業はいずれも停滞。
理解醸成が進まない原因として、安全性に関する科学的な情報や中間貯蔵施設を受け入れた地元の思いが浸透していないこと、自らの近くにあることを嫌がる「NIMBY(Not In My Backyard)」問題が指摘されている。
実際、三鷹市議らへの取材で、再生利用の安全性に対する認識の違いや、福島第一原発で作られた電気が福島ではなく、首都圏で使われていたことを知らないといった「基本的な知識の欠如」があったことも分かった。
こうした背景から、政府は5月27日、首相官邸の敷地内で再生利用を行うことを決め、先行事例を作って理解を広げることとしている。

「全ての生物に与える影響は大きいのでは」
「福島原発事故の放射能によって汚染された土を首相官邸の敷地内で再利用することについて」
このように発言通告書に記載された一般質問が行われたのは、東京・千代田区議会。6月25日午後、私が取材に行くと、立憲民主党所属の岩田一仁区議(次世代・都民ファースト・立憲の会)が壇上に立っていた。
一般質問の時間は1人あたり15分。岩田区議は前半、「2024年に発覚した千代田区の官製談合事件とその周辺問題」について質問し、残りが7分30秒になったところで、「放射能汚染土を首相官邸の敷地内で再利用することに関する質問です」と切り出した。
まず、政府が再生土を首相官邸(千代田区)で再生利用する方針などについて説明した後、「汚染土はセシウム134、137の合計が1キログラムあたり8000ベクレル以下なら再利用が可能であるとのことで、全ての生物に与える影響は大きいのではないかと思われます」と述べた。
再生利用の工事に携わる作業員の安全管理が厳格に実施されるかどうかも不安だとし、「国民が無用な被ばくをする危険があります」と語った。
また、「千代田区や千代田区民が口を閉ざしてしまったら、首相官邸に汚染土が再利用の名目で使用されることになり、それを契機として、千代田区の公共事業や、公園、花壇、街路樹の根元にも使用されることになるのではないかと、非常に心配でなりません」と言及。
「雨風により放射能を含んだ土は拡散され、人体への影響が危惧されます」と述べた後、区側がいつ首相官邸での再生利用の話を知ったのかなどについて質問し、「人体に影響を及ぼす懸念のある首相官邸への汚染土利用」の説明を環境省に求めるよう促した。
区側の担当者は、国が再生利用の必要性や安全性に対する全国的な理解の醸成に取り組むとしているとし、「政府の検討の結果を注視する」と答弁した。

「読んでくれと言われた」
6月25日の一般質問は岩田区議が最後だった。閉会後、私は区の担当者を介して、岩田区議らの控室を訪れた。
名刺を渡した後、「岩田さんにとってあまり気持ちの良い取材ではないかもしれません」と言うと、岩田区議は「はい、大丈夫です」とハキハキとした口調で応じてくれた。
椅子に着席し、私は早速、「全ての生物に与える影響は大きい」という発言について聞いた。
というのも、再生土は「1キロあたり8000ベクレル」以下のもので、このレベルであれば、作業員の追加被ばく線量を年0.93ミリシーベルトに抑えることができる(周辺住民は年0.16ミリシーベルト)。
これは国際放射線防護委員会(ICRP)勧告の「一般公衆の年間被ばくの線量限度」を下回る値で、再生利用に詳しい北海道大学大学院工学研究院の佐藤努教授も取材に、「飛散・流出の防止のための覆土を実施すると、さらに被ばく量を低減できる」と述べている。
岩田区議は少し悩んだ後、「元議員が書いてくれて、それを読んでくれと言われたものでした」と答えた。
詳しく聞くと、仲の良かった元議員から一般質問の原稿を渡され、「これをやってくれないか」と依頼されたという。

「認識として間違っていた」
岩田区議は取材中、スマホを出して「ベクレル」と「シーベルト」の違いから調べていた。
そして、ベクレルは放射性物質が放射線を出す能力を表す単位で、シーベルトは人が受ける被ばく線量の単位であることを知ると、「シーベルトで考えてみたら、『あれ、そんなもんなの?』という感じ」と話した。
また、日本に住む人々が自然界から受ける追加被ばく線量は、年2.1ミリシーベルトほどであることがわかると、「普通に生活しているレベルなのかな」と語り、「そこまで知らなくてこういうことを言ってしまった」と述べ、視線を下に向けた。
「根底には政府への不信感がある」とも語ったが、ある種の“インフルエンサー”である議員が福島の将来に関わる問題について言及するのであれば、科学的な情報や問題の基本的な知識について知る必要がある。
そのことについては、「それは本当にそうですね。数字のマジックじゃないけど、わからなかったんで」と答えた。
一方、岩田区議は一般質問を行う前、再生利用に反対の立場をとる人たちから、再生土の危険性について説明を受けたという。
そこでは、東京・三鷹市議会の意見書の件を伝えられ、「このままでは全国に広まりますよ」という言葉も投げかけられたと語った。
このほか、「8000ベクレルの土がばら撒かれるんですよ。子供達も(首相官邸の)見学に来るので危ないじゃないですか」と言われ、「それを間に受けてしまった」とも述べた。
その上で、「正直なところ、今日こういう話を聞いた以上、これ以上この質問はできない。認識として間違っていた」と話した。
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原発事故で大きな被害を受けた福島と情報の向き合い方について取り上げる「ルポ『福島リアル』」。今回は、東京・千代田区議会の「再生土の再生利用」を巡る一般質問について取材しました。
再生利用に関してどのようなことに不安を持っているのか、どんな情報が足りないのかが明確になれば、問題が一歩前進するのではないかという思いが背景にあります。
これまで、「『放射能汚染土』の再利用の中止・撤回を求める意見書」を可決した東京・三鷹市議会に関する記事も6本配信しています。
※ハフポスト日本版はこれまで、再生利用される土も含めて一括して「除染土」と表記してきましたが、一連の問題に対する理解の妨げになっている可能性があることから、公共事業などに再生利用される土(1キロあたり8000ベクレル以下)については「再生土」と表記しています。
