俳優の小栗旬さんが世界メンタルヘルスデーの10月10日、ポッドキャスト番組「B-side Talk~心の健康ケアしてる?」の公開収録に参加した。10代を「なかなか休みたいと言える環境ではなかった」と振り返りながらも、自身と芸能界、そして社会の変化について語った。
「欠勤=absentと、休養=restは別物」
B-sideとは、大手レコード会社のソニーミュージックが2021年に立ち上げた、アーティストやスタッフに対するメンタルヘルスのサポートを行うプロジェクトで、カウンセリングなどを無償で提供している。ポッドキャスト番組では、メンタルヘルスに関心があるアーティストをゲストに招き、専門家とともにその向き合い方について発信している。
今回の公開収録には、ゲストの小栗さんと心療内科医の鈴木裕介さん、番組MCの小原ブラスさんと奥津マリリさん(フィロソフィーのダンス)が参加した。

テーマは「上手に休もう」。
小栗さんは休みが必要だと感じるサインについて、「俳優はアウトプットの仕事。インプットできていない時間が続いた時は、そろそろ休めというサインだと思う。作品に入ってない期間に、自分から休みをとりたいと言っていて、チームから休みを勧められることもある」と明かした。
自身はもちろん、社会全体でも休みやメンタルヘルスへの意識が変化しているとも感じており、「10代はなかなか休みたいと言える環境ではなく、みんな無理して働いていた。でも、コロナ禍以降で、体調不良の人は休むべきで、休みたいと言えない環境ではなくなってきている」と続けた。
そもそも「休む」とは何なのか。鈴木さんは、「(仕事を休む)欠勤=absentと、休養=restは別物」だと指摘。「休みとは、体が本当に求めているリズムを取り戻すこと。僕も夜中までゲームをすることがありますが、頭の快楽を求めてやったことが体の負担になることがある」と話した。
自身や周囲の人に休みが必要だと気づけるサインとしては、「仕事でミスが増えた。誤字脱字が増えた。机が散らかっている。目が開かなくなる。攻撃的になる」などを挙げ、 「普段との違い」に注意すると良いという。
特に、周囲の人の不調を感じた時の対応として「『大丈夫?』と聞くのはあまり功を奏さない。しんどい時は探られたくないし頼りたくないので、『寝られてますか?』など身体の症状を聞くほうが、本当のことを言いやすい」とアドバイスした。

小栗さんの睡眠の悩み「質はいい方じゃない」
十分な休養を取るためには、質の良い睡眠も欠かせない。
小栗さんは「眠りに入るのが苦手で、考え事をしてしまう。睡眠の質はいい方じゃないと思う」と吐露。眠れない時は、ベッド以外の場所で本を読み、睡眠時にはできるだけ寝心地の良いパジャマを着るなどの工夫もしているという。
小栗さんの睡眠の悩みについて、鈴木さんは「寝ようと思うと緊張して寝れなくなるので、眠りのコントロールを手放したほうがいい。肌触りがいいものを身につけるとリラックスするので、寝るためのパジャマがあるのは良いこと」だと説明した。
小栗さんは俳優として数多くのドラマ・映画に出演するほか、2023年から、所属事務所「トライストーン・エンタテイメント」の代表取締役社長も務めている。
社長になったことで、他の俳優やスタッフの休みも気にかけるようになったというが、「元気である限り休みたくないという人もいるが、無理してしまう場合もある」とも明かした。撮影現場での若手とのコミュニケーションについては、こう意識しているという。
「リラックスしてこそ能力を発揮できる仕事だと思うから、初めての人の緊張はできるだけとってあげたい。リハーサルを多めにしたり、体も心もほぐれてからやろうと、撮影の進め方を制作チームに提案したり。失敗しても大丈夫な現場だと伝わったらいいと思っています」
こうした小栗さんの現場の作り方について、鈴木さんも「失敗が許容される空間は安心感が生まれる。素晴らしいと思います」と太鼓判を押した。

習慣化には何が必要?「コーピング」の重要性も
身体のケアのための「習慣化」についても話が広がった。
小栗さんは決まったルーティーンはなく、「習慣化ができないことが問題」だと打ち明けると、鈴木さんは、「習慣化のためには工夫が必要。自分の身体をケアする習慣を一個作り、そこにくっつけるのがいい」と提案した。
また、鈴木さんは「コーピング」の重要性について言及。コーピングとは「対処する」の意味で、ストレスに対処するための意識的な思考や行動を指す。近年セルフケアの一つとして注目を集めている。
「旅行に行く、花を買うなどの行動のほか、認知的コーピングもあります。僕は大きな失敗をした時に『まだ4章じゃー!』と心の中で言ったりする。次があると思うことで、その時の失敗の相対的な価値が下がるんですよ。こういうものを多く持っている人はストレス対処が上手です」
また、メンタルヘルスに影響を与える原因のひとつとしてSNSも挙げられた。小栗さんは、SNSでの発信はしていないが、見る専用のアカウントはあるといい、こう話した。
「作品がオンエアされた時に、評価を見て落ち込むこともあります。元々は、自分たちの仕事は作品を通していろんな考えを持ってもらうことだから、僕自身のパーソナルな部分は関係ないと思っていたんです。今のところ、SNSは自分にとって大切なツールではないですが、若い人には当たり前のツール。SNSでとれるコミュニケーションや宣伝効果も多いと思います」
また、年を重ねて後輩から相談を受けることも多くなったというが、「30代までは嫌われたくないと当たり障りのないことを言ってみたり。でも最近は、万人に好かれることはないし、僕に憧れて話しかけてくれても幻滅することもあるだろうけど、それは仕方がないと思うようになりました。相談されても、僕はこう思うけど、全部があてはまるわけじゃないから、と考えるようになった」と心境の変化も語った。

俳優に合ったケアが必要「現場ではホームランを打たなきゃいけない」
アーティストらのメンタルケアに取り組むB-sideプロジェクトは、2024年秋からは業界団体である日本音楽制作者連盟の加盟会社へのサービス提供も始まっている。エンタメ業界全体でも、近年メンタルヘルスの重要性への認識が高まり、さまざまなカウンセリングサービスが生まれている。
小栗さん自身は、カウンセリングは受けたことはないというが、その重要性について「表に出て表現する仕事で、不安定な状況でいることも多い。気軽に相談できる環境作りにとても期待している」とコメント。
また、俳優特有のキャリアや必要なメンタルケアの方法については、海外の事例をあげながら、こうも提言した。
「役を考える上で行き過ぎてしまって、戻るべき場所がわからなくなってしまうことがある。海外ではアクティングコーチがいて、俳優のメンターのような存在。作品が終わると、コーチのもとでいつもの自分に戻る作業をしたりする。自分を真っさらにできる環境があったらいいなと思います。
スポーツでいえば『素振り』のようなものを、僕らにはする場所がなくて。現場ではホームランを打たなきゃいけなくて、0か100かの環境なので、メンタル的なバランスが悪いのかなと。最近は現場で、どうメンタルを安定させるかみんなで話すこともあって、大きな進歩を感じています」
鈴木さんも、「カウンセリングには、寄り添うことと問題解決の2つの機能がある。心理学を通じて心を深く理解してる人に話を聞いてもらい、解決方法を示唆してもらうことの価値は高いと思います」とし、「日本でも、カウンセリングが身近なインフラのようになっていけば良い」と提案した。
♢
この公開収録の模様は、10月末にポッドキャストと公式YouTubeで配信される予定だ。
