日経平均株価が5万円を超えた。市場関係者の間では「日本が帰ってきた」と熱が高まっている。
でも、正直に言って、それを自らのこととして喜べる人は、どのぐらいいるのだろうか。
物価が上がっている。スーパーでの買い物もじわじわ高くなる。家賃も光熱費も気づけば重い。ところが手取りの給料の感覚はそこまで変わらない。
投資で広がる格差
株価だけが元気で、生活はしんどいというねじれた状況は、「株高不況」と呼ばれている。
藤代宏一さん(第一生命経済研究所)の著書ではその背景を、「インフレで企業の名目利益がかさ上げされ株価が押し上げられる一方で、賃金の伸びは足元の物価高に追いつかず、暮らしの実感が置き去りにされること」だと説明している。
この構図の中で特に苦しいのは、「投資をしていない側」だ。インフレ局面では、貯金があっても、その現金の価値は目減りする。投資をしている人と、していない人。その差は、放っておくとどんどん開く。

「成長」求められたのに…
私は1983年生まれだ。物心ついた90年代から2000年代初頭にかけて、日本の株価は基本的に「下がるもの」だった。大人たちは「株はギャンブルのようなもの」と言っていたし、投資の話は別世界のもののようだった。同世代には、その感覚を共有している人がきっと多いと思う。「コツコツ働くのが正義」「投資で儲けるなんて、ズルい感じ」という、あの距離感だ。
働く私たちは、別のしんどさも抱えている。社会からは「選ばれたいならもっと『成長』しろ」「もっと価値を出せ」と求められる。それなのに、ようやく「選ばれた」先の職場でも、その賃金の伸びは物価高に追いつかないなんて、残酷すぎるだろう。
その一方で、SNSやYouTubeで個人投資家の発信を見ていると、なぜか彼らはワイワイと楽しそうに見える。なんなら、大失敗した体験も、笑い飛ばしている。どうしてなんだろう?なんだか、眩しさがある。
「株って辛いですよ...マラソンみたいに」
3億円を運用し、「湘南投資勉強会」を主宰している個人投資家のkenmoさんに、その「楽しそう」に見える理由を聞いた。
すると彼も、「株って、辛いですよ…。マラソンみたいなものです。めっちゃ辛いのに、お金を払って、朝早起きして、寒い中42.195キロを走るみたいに」と、笑いながらも、こんな風にも話してくれた。
「『サラリーマン』をやっていると、コントロールできないことや嫌なことがたくさんあります。一方で、株式投資で『銘柄を選択する』のは自由なんですよ。『自分でコントロールできるものを脇に置いておく』意味で、すごく良いと思います」(kenmoさんの動画は近日公開予定)
この言葉が、私にはすごく腑に落ちた。
投資は「お金を増やす方法」でもあるけれど、それだけではない。むしろどんな株に投資するかを「選ぶ」ことは「自分の人生のハンドルを、ちょっとだけ自分の手に戻す行為」でもある。働くだけでは補いきれない不安定さの中に、「もう一本の柱」を立てるという感覚。
それこそが、投資が「やらなくてはいけないもの」から「自由を取り戻すツール」に変わる瞬間なのだと思う。

株主が防波堤に
この「自由」は、もっと社会的な意味も持つ。
2025年、アメリカでは第二次トランプ政権のもとで、企業の多様性・公平性・包摂性(DEI)プログラムに対して強い圧力がかかった。保守的な株主アクティビストは「DEIをやめろ」「リスクを開示しろ」という提案を次々に企業に突きつけた。
ここまでがニュースで盛んに報じられたので「多くのアメリカ企業はDEIをやめた」とざっくり、イメージしている方も多いかもしれない。
しかし、実はその先がある。
コストコでは、DEIプログラムをやめる方向に圧力をかける株主提案が、株主の98%以上の反対で否決された。アップルや他の大企業でも、同じような「反DEI提案」は圧倒的多数で否決されている。むしろ可決された企業はほぼないことが明らかになっている。
つまり、政治の側が「やめろ」と迫っても、株主の場では「いや、これは維持すべきだ」という意思がはっきり示されたということだ。
企業によっては法務リスクなどを理由にDEI方針を後退させる判断も出ているのは事実だが、その一方で「企業は社会に対してどうあるべきか」を巡る攻防線に、株主という存在が立ち、後退を防いでいるのだ。
この光景には「社会を動かす力は政治だけではない」と改めて感じられた。企業の針路を変えることができるのは、経営陣だけではない。株主という立場も、そこにいる。
もちろん、現実的に言えば、大企業では機関投資家の影響力が圧倒的で、個人投資家ひとりの声がすぐに方針を左右するわけではない。それでも、個人が株主となって「どの会社にお金を置いておくか」を「選ぶ」ことそのものが、企業にとって圧力になりうる。

若年層が急増
そしていま、日本でもその「個人の参加者」が急速に増えている。新NISAのスタート以降、NISAの累計買付額は2025年6月末時点で63兆円規模に達したと言われている。成年人口ベースでは「4人に1人がNISA口座を持つ」という水準にまで広がっている。
加えて特徴的なのは、若年層に急速に広がっているということだ。口座数で見ると、NISA開始の2014年には「60代以上」が過半数だったが、今では40代以下が半数を占めるなど、その風景は様変わりしたのだ。
これはもう、投資は「一部の特別な人」のためのものではない。自分の生活を守りたい普通の生活者、そして自分の価値観と矛盾しない企業を選びたい人たちが、株主という入り口に手をかけはじめている、ということだ。
Z世代は「社会正義に感度が高い」とよく言われる。
企画開始にあたり、ハフポストが実施したアンケート(近日中に詳報します)でも、20代は投資でも「いい企業を応援したい」と考える人の割合が他の世代より高い傾向が明らかになっている。その世代が次々と投資に参入しているとは、未来に希望が持てそうだ。
現実と理想の両輪で
こうした状況で私たちは何を届けるべきだろうか。
ハフポスト日本版は、「より良い社会にしたい」と願う人のためのメディアだ。これは政治の話でもあるし、企業の話でもあるし、暮らしの話でもある。そして今は、投資の話でもある。
私たちがこれから始めるこの投資企画は、2つの軸を同時に扱う予定だ。
ひとつは、とても現実的な軸。
物価が上がる時代に、どうやって自分の未来の生活と選択肢を守るか、そのために情報や技術がやはり必要だ。お金の話を避け続けることが、もはや安全策ではなくなっている今、「資産」を自分の手でデザインするという視点を一緒に学びたい。また、すでに投資を始めている個人は、お金とどう付き合い、どんなふうに判断しているのか。個人投資家にも「マイルール」を聞いてみたい。
もうひとつは、理想とする社会のための軸。
企業が社会の中でどんな役割を果たそうとしているのか。どんなサステナビリティや人的資本投資を重視しているのか、DEIや地域へのコミットメントをどう続けていくのか。それを私たちは丁寧に取材し、読者と共有したい。企業のIR・広報のみなさんにも、短期の株価だけでは測れない価値(人への投資、サステナビリティ、ガバナンスなど)を、生活者であり潜在的な株主でもある読者に向けて説明してもらう場にしたいと考えている。また、アナリストに、その観点も加えたおすすめの銘柄を教えてもらう連載も予定している。
当然、投資にはリスクが伴う。「理想」だけでできるほど甘くはないから、「現実」側の情報と両輪でこの企画を進めていきたい。
つまりこれは、あなたの生活、お金、価値観。そして企業が社会のなかで果たそうとしている役割。その二つの「未来」を、同じテーブルに並べる特集だ。

自由のための投資
資本主義という土台が「壊れかけ」と呼ばれることもあるいま、それでも私たちはそこから完全には降りられない。だからこそ、その土台をどう使いこなすかを市民側が取り戻すこと。それを、私は「株主になる」という行為だと考えている。
それを「働く人」や「有権者」である私たちが、そのかたわらで始めることもできるのが、投資のいいところでもある。
投資を、ただの「お金の話」で終わらせない。人生の自由度を上げる手段として、そして社会に「こうあってほしい」と言うための新しい参加方法として、一緒に考えていきたい。
あなたの人生の新しい柱として「お金」について考えること、ハフポスト日本版の「Next-Gen Money ミライ投資クラブ」で、ここから一緒に始めましょう。

