2024年から始まった新NISAをきっかけに、投資への関心が高まっている。「まずオルカンやS&Pを買っておけば安心」と言われて投資を始めた初心者も少なくないだろう 。しかし、その本質をどれだけの人が理解しているだろうか。「みんながやっているから」という理由だけで、大切なお金を投じていないだろうか。そして、自分の投資活動が社会とどう繋がっているのかを考えたことはあるだろうか。
今回は、資産運用の世界で長年「長期投資こそ投資の本質」と訴え続けてきた「投資のカリスマ」なかのアセットマネジメント社長の中野晴啓氏に、多くの人が抱える投資への誤解を解きほぐし、未来を豊かにするための「本当の投資」とは何かを語っていただいた。

「オルカン・S&P500なら安全」はまるっきりの嘘
――2024年に新NISAが始まって以降、これまで投資に縁がなかった層の市場参加が進んでいますが、まず初手として「オルカン」(eMAXIS Slim 全世界株式<オール・カントリー>)と「S&P500」(eMAXIS Slim米国株式)、この2つの投資信託から選ぶのが定石になっています。
「みんながやっているから」「オルカンだったら株式投資より低リスクだから」という、ある種のブームのような感覚で始めている方が大半なのでしょう。しかし、まず理解していただきたいのは、「オルカンは貯金の代わりのように安全です」というのは、まるっきり嘘だということです 。
オルカンが連動を目指す「MSCI ACWI」(世界の先進国23カ国と新興国24カ国の株式の総合投資収益を各市場の時価総額比率で加重平均して指数化したもの)は、株式100%で構成されています。つまり、投資している人は、株式そのもののリスクをそのまま全て引き受けているわけです。当然値動きは決して小さくなく、「株式投資より安全」という認識は全くの誤りです。
メディアでは「オルカンやS&P500のようなインデックスファンド(市場の動きを示す特定の指数に連動するように設計された投資信託)は安心で、アクティブファンド(ファンドマネージャーが市場や企業を独自の観点で徹底的に調査・分析した上で組入銘柄を選定する投資信託)はリスクが高い」といった表現もよく目にしますが、これも大きな誤解です 。アクティブファンドの中には、インデックスファンドよりも意図的にリスク(値動きの幅)を小さく設計しているものも少なくありません。言葉のイメージだけで「アクティブは危険」というレッテルを貼るのは、非常に短絡的です 。
また、投資とは「個人のお金を増やす」ことが唯一無二の目的だと思われていますが、それも誤った認識です。本来の投資とは、「2万円儲かった」「1万円損した」と一喜一憂するような、短期的に数字を追いかけるゲームではありません。

投資とは「経済活動への参加」である
――では、「本来の投資」とは何なのでしょうか。
結論から言うと、投資とは「お金を通じて経済活動に参加する行為」。これが投資の本質であり、王道です。まず預貯金との違いを考えてみてください。銀行に預金するということは、つまりそのお金がどう使われるかを全て銀行に委ねるということ。お金の行き先は完全に銀行に丸投げ状態です 。
一方、投資は違います。自分のお金をどこに持っていくか、明確な意思を持つ行為です。特に株式投資はその最たるものですが、その本質は株式を“売り買い”することではなく、株式を継続的に“保有”することです。
例えばトヨタの株を保有するということは、トヨタという会社が行う事業活動にお金を通じて参画するということです 。例えば、今日買った株が100円値上がりしたからとすぐに売ってしまったら、それは事業に参画したことにはなりません 。単に「トヨタ株」という記号を使って、相場で勝負しただけです 。だから、短期投資という言葉自体がおかしい。株を保有することが投資である以上、本来、投資とは「長期投資」しかあり得ないのです。

――投資=「長期投資」しかありえないと考える理由は何でしょうか。
投資によって利益、そして株主への配当が生まれる源泉は、長期にわたる事業活動の結果、生み出されたものだからです 。再びトヨタを例に出しましょう。トヨタの利益の多くは、世界に評価されているハイブリッド技術が生み出しています。この素晴らしいエンジンは、1年や2年でできたものではありません。振り返れば40年もの歳月をかけて、エンジニアたちが汗と涙を流し、考え抜き、作り上げてきた努力の結晶です。
長期投資とは、その40年間のような長い時間、事業に必要な資金を提供し、企業を支える行為に他なりません。「みんなが幸せになるような、素晴らしいエンジンを開発してくださいね」という声援や思いを込めてお金を託すのです 。そうして生まれた製品が世界中の人々を満足させ、売り上げとなり、利益となる。その利益から分配を受けるのが、株式投資の本来の姿です。3日や1週間でハイブリッドエンジンが進化しないのと同じで、企業の価値は短期間では変わりません 。だからこそ、企業が価値を生み出すのに必要な時間を、投資家も共にコミットする必要があるのです 。
株価チャートの分析は一切しない
――株式投資というと、株価チャート(過去一定期間の株価の動きを可視化したグラフ)の分析がつきものというイメージがあります。
チャートは、今の企業価値と全く関係ありませんよね。チャートを見てわかるのは、過去の値動きだけです 。そこにハイブリッドエンジンの価値が書いてありますか? 企業の哲学や理念が書かれていますか? 何もありません。
日々の株価がなぜ動くのか。それは「買いたい」と思う人と「売りたい」と思う人の需要と供給、ただそれだけです。もっと儲けたい、損したくないという人間の感情の集積であり、はっきり言って日々の値動きはデタラメなんです。

ですから、私たちの会社ではチャート分析は一切しません。私たちが分析するのは、その企業が将来どれだけの人の笑顔を生み出すか、どれだけ世の中に素敵な価値を提供できるか、ということです。そして、株式には重要な特性がもう一つあります。それは、短期的にはデタラメに動く株価も、長期的にはその企業が生み出す価値、すなわち利益に見合った水準に収斂していく、ということです。素晴らしい仕事をして利益を伸ばしている会社の株価は、デタラメに動きながらも、10年、20年という単位で見れば見事に右肩上がりになります。長期投資は、この株式市場の性質をリターンの源泉にするための極めて合理的な行為なのです 。
投資は「哲学」であり「倫理」である
――株式の売買差益で儲けるのではなく保有を目的とするなら、株価や直近の業績もさることながら、事業内容そのものに共鳴できる企業に投資したいところです。
その通りです。例えば、世界情勢が不安定になると、兵器を作る会社の株が上がると言われます。しかし、「平和を守るために必要だ」と考えるのか、「どんな理由があれ、人を殺すためのものを作るべきではない」と考えるのか。これは投資家一人ひとりが決めることで、自身の哲学や倫理が問われます。
どの会社に共感できるか。自分のお金に「こういう未来を応援したい」という固有の思いを乗せて動かしていく。投資信託を選ぶという行為も、「どれが儲かるか」という視点だけでなく、「この運用会社はどんな思いで、どんな会社を応援しているのか」という視点で見たとき、非常に深く、レベルの高いものになるはずです。
本当に良い仕事をしている会社、社会に貢献している会社を応援すれば、その事業は持続可能であり、結果として利益を生み、リターンとして返ってきます。そして、そのリターンは、誰かの損失の上に成り立つゼロサムゲームではなく、社会に笑顔を増やした結果として、堂々と受け取れるものなのです。

「日本はオワコン」と嘆く前に自らのお金で未来を創れ
――最後に、新NISAを通じて日本の投資家が持つべき視点についてお聞かせください。
オルカンに投資されたお金の65%はアメリカ企業に向かいます。S&P500なら100%です。多くの若者が「アメリカ最強、日本はもうオワコンだ」と言いながら、思考停止で海外に投資をしています。
しかし、考えてみてください。これからを生きていくのは、この日本ではないですか。自らが生きる国の未来を「オワコンだ」と切り捨てて、どうするのでしょうか。新NISA、そして「資産運用立国」という国家戦略の究極の目的は、私たちのお金で日本の産業をもう一度元気にし、社会を再生させる循環を作ることにあるはずです。
投資家が自らの意志で「この日本の会社を応援したい」とお金を投じる。その思いを受け取った企業がもっと良い仕事をして、新たな価値を生み出す。その結果、リターンが投資家に戻り、豊かになった私たちが日本で消費をすることで、さらに産業が潤う。この素晴らしいサイクルを、私たち自身の手で作り出すことができるのです。
「長く持てば儲かるんでしょ」という浅薄な理解で終わらせてはいけません。投資とは、自分の大切なお金を通じて「どんな未来を残したいか」を表明する、主体的で力強い行為です 。この投資の本質が日本人の常識になった時、この国はきっと、もっと豊かで素敵な国になっているはずです。私はそれを実現したいと心から思っています。
中野晴啓(なかの・はるひろ)さん
なかのアセットマネジメント株式会社 社長
1987年、明治大学商学部卒業。セゾングループの金融子会社にて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、2006年セゾン投信株式会社を設立。07年4月社長、20年6月会長CEOに就任し、 23年6月に退任。同年、なかのアセットマネジメント設立。全国各地で講演やセミナーを行い、積み立てによる資産形成を広く説き「つみたて王子」と呼ばれる。公益社団法人経済同友会幹事他、投資信託協会副会長、金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。近著に『最新版つみたてNISAはこの9本から選びなさい。』(ダイヤモンド社)、『50歳からの新NISA活用法』(PHPビジネス新書)他、多数
