
フィリピン・マニラ首都圏に、日本人女性2人が中心となって立ち上げた、無償で通えるファッションスクールがある。
貧困地域で暮らすフィリピン人女性たちが、縫製の技術を身につけ、経済的に自立することを目指す。生徒には、シングルマザーや、10代での妊娠をきっかけに学校を中退し学ぶ機会を失った女性たちもいる。
スクールの現場責任者を務める小村萌さん(34)は「縫製を学び技術を身につけることで、『人生の選択肢』が広がったという声が生徒からは寄せられる」と話す。
ハフポスト日本版は、マニラ首都圏・ケソン市郊外にある、ファッションスクール「coxco Lab(ココラボ)」を訪れた。
女性たちの夢をミシンで応援。学ぶチャンスと働く場所の創出

「描いた夢に向かって努力できる環境と働く場の創出」を目指し、coxco Labは2023年2月、フィリピン政府から認定を受けた服飾技能訓練校として開校した。
マニラ首都圏・ケソン市郊外の静かな住宅街にあるスクールを訪れると、教室では、女性たちが真剣な眼差しで業務用ミシンに向かっていた。

coxco Labでは、かつて大規模なごみ山(廃棄物処理場)があった、最貧困地域の一つであるパヤタス地区で暮らす女性たちが、縫製技術を学んでいる。
スクールに併設の小規模な工場では、フィリピン企業から制服の受注を受けたり、関連会社「coxco」が展開する自社ブランドの製品の一部の製造を行ったりしている。
それらの事業の売り上げに加え、フィリピン・日本両国のスポンサー企業からの協賛金や寄付金などでスクールは運営されているため、授業は全て無償で行われている。

女性たちは学びながら収入を得ることで、家族の生活を支えることもできる。
卒業後に、縫製士として併設の工場で働いている女性たちもいる。
12歳で妊娠。子育てしながら縫製学び、夢は「ブランド立ち上げ」
coxco Labの生徒には、10代で妊娠し、一時は学校を中退した女性たちも。経済的に厳しい状況に置かれたり、シングルマザーになったりする中で、学校で専門的な知識や技術を身につけられなかった女性たちが、coxco Labで学びの機会を得ている。
フィリピン社会では、10代の予期しない妊娠も大きな社会問題だ。フィリピン統計局(PSA)によると、2026年時点での10代の母親の人数は13万を超える。人口開発委員会(CPD)は、15〜19歳の母親の数は減少している一方で、15歳未満の母親の数が増加していることに警鐘を鳴らしている。

クリステル・アン・サルデスさん(取材当時18歳)も、その一人だ。
複雑な家庭環境で育ったサルデスさんは、12歳で妊娠、13歳で出産を経験し、一時は進学も諦めた。
しかし、娘を育てながらも専門的な知識や技術を身につけたいと、通信制の学校に復学し、同時にcoxco Labでもデザインや縫製技術を学んだ。
幼い頃からファッションデザインや縫製を学ぶことが夢だったというサルデスさんは、「いつかは自分のブランドを立ち上げたい」と夢を語ってくれた。

フィリピンでは女性の社会進出が進んでおり、世界経済フォーラムが毎年発表している「ジェンダーギャップ指数」では、日本が2025年、世界118位だったのに対し、フィリピンは世界20位にランクインしている。
政界やビジネス界での女性の活躍は目立つが、低所得層では「貧困のサイクル」が断ち切れず、まだまだ問題が山積しているのも現状だ。
coxco Labで日々、生徒たちと接する小村さんは「私たちが一緒に活動している、いわゆる貧困地区と呼ばれるコミュニティでは、女性たちの失業率が高く、経済的にも精神的にも自立できていない状況があります」と語る。
父親の収入だけでは家族が生活できず、子どもたちが学校に通い続けるのが難しくなってしまうケースも少なくない。そんな中、coxco Labで収入を得ながら縫製を学ぶことが、経済・精神的な自立に繋がるという。
「生徒たちからは『自分は家にいるだけの人生だと思っていた。coxco Labに出会い、その人生が広がった』との声を聞きます。働くことで、自分自身の尊厳を守り、自信にもつながるのだと、お母さんたちの姿を見て強く感じます」

縫製はミシンさえあれば、家でもできる仕事だからこそ、小さな縫製ビジネスを自宅で始めたり、またはcoxco Labだけでなく他の工場に働きにいったりと、働き方にも選択肢が生まれる。
原点は約10年前のファッションショー。一人の大学生の夢が学校とブランド立ち上げに繋がった

女性たちの自立をサポートするための手段が、なぜ「ファッション」だったのか。
「原点」は、約10年前から日本の大学生が中心となり、フィリピンで毎年開催しているファッションショーにある。
「coxco」の代表取締役・西側愛弓さん(31)は大学時代の2015年、学生団体「DEAR ME」を立ち上げ、貧困地区で暮らす子どもたちがランウェイを歩くファッションショーをマニラで開催した。
初回開催から11年が経過するが、新型コロナ禍で渡航できなかった期間を除き、DEAR MEに所属する大学生たちが中心となり、毎年ショーを開いてきた。2026年2月には第12回目となるファッションショーを、日系の商業施設「三越BGC」で開催したばかりだ。

ファッションショーの開催目的は「生まれた場所に関わらず、誰もが平等に夢を描く機会を創る」こと。一方で毎年ショーを実施し、参加する子どもたちが育つ地域を訪れているうちに、「貧困を理由に、夢があっても努力できる環境がなく、将来の選択肢が限られている人々が多くいる現実」を目の当たりにした。
貧困問題と真正面から向き合い、教育と雇用創出に挑戦するために2019年、西側さんは新卒から勤めていた企業を退職し、DEAR MEをNPO法人化。2020年には起業し、サスティナブルなアパレルブランド「coxco」を立ち上げた。
coxcoでは再生素材や残布を使って洋服をつくるなど、衣類廃棄や残布の問題に取り組む。
2023年にDEAR MEがcoxco Labを開校してからは、coxcoの商品の一部を併設の工場でつくり、雇用創出にもつなげるなど、coxcoとDEAR MEの間で、営利活動の利益を非営利活動の取り組みに循環させるモデルを確立している。

coxcoではオンラインでの販売だけにとどまらず、百貨店などでのポップアップショップも開催。
2024年10月に伊勢丹 新宿店でポップアップを開いた際には、coxco Labを卒業し、併設の工場で縫製士として働くジャナさんの来日も実現した。
ポップアップでは、coxco Labの生徒や縫製士たちが刺繍などで制作に関わったアイテムも販売された。

ポップアップでは、ジャナさんがワンモチーフを手縫いで刺繍するイベントも実施。ジャナさんの前には列が出来るほどの人気で、西側さんは「想像以上の大きな反響だった」と話す。
「世の中にはたくさんのブランドや服がありますが、その時に感じたことは、私たちは単にモノを作って販売しているというより、プロダクト自体が『誰かの夢や幸せを願うコミュニケーションツール』になっているのではないかということです。モノを通して、人と人の想いがつながる瞬間を見た、印象的な出来事でした」

「私たちの夢と仲間たちの夢が交差しながら広がった」10年。そして、これから
学生主催のファッションショーから始まり、ブランドとスクール・工場の立ち上げまでを実現した約10年を西側さんは「自分たちのやりたいこと、矛盾や願いからも目を逸らさずに歩んできた」と振り返る。
一方で、「非営利活動と営利活動を両立して循環させ、さらに異国で挑戦することは想像以上に大変でした」とも語る。
「挑戦を重ねていく中で、新しい夢が生まれ、また次の挑戦が生まれていきました。私たちの夢と仲間たちの夢が交差しながら広がっていき、その先にある仲間や社会の幸せを願い続けてきた10年でした」

西側さんが信念を持って突き進む姿を見て、現在coxco Lab現地責任者を務める小村さんも2019年から、その挑戦に加わった形だ。小村さんは日系旅行会社の社員としてフィリピン駐在中に、ストリートチルドレンなどの貧困地区で暮らす人々と出会い、現状を変えるために動きたいと転職を決めた。
今では、小村さんがフィリピン、西側さんが日本に拠点を起き、お互いに両国を行き来しながら活動している。

開校4年目を迎えたcoxco Labの今後について西側さんは「将来的にはcoxco Labで働くスタッフ自身がブランドを立ち上げ、夢を叶える場になれば」とし、こう語る。
「coxco Labが、自分のやりたいことを自由に形にできる場所、そして応援し合える場所にしていきたいと考えています。
そしてさらにビジネスを成長させて、coxco LabやDEAR MEの活動にももっと投資できるような仕組みをつくり、営利活動と非営利活動が循環するモデルを実現したいです」
(取材・文=冨田すみれ子/ ハフポスト日本版)
