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2017年12月14日 13時00分 JST | 更新 2017年12月14日 13時00分 JST

バングラデシュから始める「未来の医療」--医療ガバナンス学会

大規模な設備がなくても行える医療はある。

Hannah Mckay / Reuters

【筆者:森田知宏・相馬中央病院内科医】

 私は、途上国での医療サービスを手掛ける「株式会社miup(ミュープ、代表取締役・酒匂真理)」のメンバーとして、南アジアのバングラデシュでの医療サービスを立ち上げる準備をしている。その調査のため、10月に現地へ行った。驚いたのは、ライドシェアサービス「Uber」、ドイツのフード宅配サービス「Foodpanda」など、スマートフォンベースのサービスが普及していたことだ。空港でタクシーを手配せずともUberで呼んだ車に乗って市街までたどり着くことができた。

極度の医師不足

 バングラデシュの医療課題は多い。近年特に悪化しているのが、非感染性疾患の増加だ。例えば糖尿病の罹患率は、2000年から2005年では5%であったが、2006年から2010年にかけて9%へと上昇している(文末の参考文献1、以下同)。私の経験でも、20代前半でも下腹部が出た「メタボ体型」の男性に会うケースは多かった。糖尿病、高血圧、脂質異常症などいわゆる生活習慣病は、心筋梗塞や脳梗塞などの原因となる。実際、肺炎の死亡者はこの10年で60%も減ったのに対して、心筋梗塞は50%以上増加し、現在は死亡原因トップの17%を占める。生活習慣病への対策は急務だ。

 一方で、バングラデシュの医療資源は少ない。医師数は人口1000人あたり0.4人と、日本(2.1)の5分の1にも満たない。病院も少なく、人口1000人あたり病床数は0.6と、病床が多い日本(13.7)の5%、アメリカやイギリス(ともに2.9)の5分の1でしかない(2)。医師は少ないため、昼は公的医療機関で働いて夕方から民間医療機関で勤務するなど、医療機関の掛け持ちが一般的だ。さらに、通常勤務を終えた医師が、薬局の隣室を利用して時間限定の診療を行うケースもある。現在、人材育成・医療インフラの整備が進められているが、まだまだ発展途上だ。

 しかし、大規模な設備がなくても行える医療はある。特に生活習慣病については、先入観を抜きにすれば、医療機関がなくても医療を完結できる。生活習慣の改善は、定期的な検査や専門家からのアドバイスが必要だ。検査は血液検査程度でCTやMRIなどの高額な医療機器は不要だし、専門家のアドバイスは、電話、ビデオ通話、メールなど様々なツールを使えば医療機関の受診は不要だ。

 健康への意識は富裕層を中心に高まりつつある。高級住宅街ではジョギングする人が目立つし、ロードバイクにまたがった集団も見た。しかし、健康が気になっても情報や医療機関不足が原因で放置する人も多い。

 特に、国民の約90%をイスラム教徒が占めることで、女性の健康対策は遅れがちである。例えば、医師であっても異性に診察されることを避ける女性は多い。さらに女性が肌の露出が少ない服を着ているため、体重が増えても、顔色が悪くても、本人から言わない限り家族が気づくことはない。たまたま、主婦の女性を検査する機会があったが、「うちの妻は健康だから」と語る夫をよそに、高血圧と軽度の貧血を認めた。生活習慣を改善すれば健康な生活を送ることができる一方で、放置すれば心筋梗塞のハイリスク群へと仲間入りしていただろう。

モチベーション高い現地医師ら

 私の目標は、こうした未治療の生活習慣病の患者が簡単に医療へアクセスできる環境をバングラデシュで実現することだ。普段の生活を邪魔されずに、プライバシーを尊重しつつ治療できることで、治療へのハードルが下がる。現在開発が進むシンプトム・チェッカー(危険な兆候をチェックするシステム)、人工知能などのツールも、バングラデシュのような医療資源の少ない地域では恩恵が大きい。このことは、バングラデシュの医師、東京大学医科学研究所の長谷川嵩矩氏らとともに短報として学術雑誌に投稿した(3)。

 生活習慣病患者が医療機関を受診せずに済めば、手術や精密検査などの設備を必要とする患者に乏しい医療資源を集中できる。

 現地の人材には恵まれている。医師、臨床検査技師、非資格職にいたるまで多くの職種のスタッフに会ったが、いずれもモチベーションが高く、なかには日本への留学を目指す者もいる。現地スタッフの指導を行っているのが横川祐太郎氏だ。バングラデシュには5年ほど滞在しており、土地勘や文化への理解が深い。現地スタッフの性格・能力を把握しており、スタッフからの信頼度も高い。

 まずは医療への需要が高いこの国で、現地のニーズに合わせた医療サービスを、先入観にとらわれずに実現したい。そうして進化したサービスは、世界のどこでも通用すると信じている。

【筆者プロフィール】

相馬中央病院・内科医。1987年大阪生まれ。2012年東京大学医学部医学科を卒業し、亀田総合病院にて初期研修。2014年5月より福島県の相馬中央病院内科医として勤務中。

【参考文献】

(1)Saquib N, Saquib J, Ahmed T, Khanam MA, Cullen MR. Cardiovascular diseases and type 2 diabetes in Bangladesh: a systematic review and meta-analysis of studies between 1995 and 2010. BMC Public Health. 2012;12:434. doi: 10.1186/1471-2458-12-434. PubMed PMID: 22694854; PubMed Central PMCID: PMCPMC3487781.

(2)The World Bank. World Development Indicators 2016.

(3)Morita T, Rahman A, Hasegawa T, Ozaki A, Tanimoto T. The Potential Possibility of Symptom Checker. Int J Health Policy Manag. 2017;6(10):615-6. doi: 10.15171/ijhpm.2017.41. PubMed PMID: 28949479; PubMed Central PMCID: PMCPMC5627791.

医療ガバナンス学会 広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。
(2017年12月8日フォーサイトより転載)関連記事