最新の各種世論調査を信じれば、9月24日に実施されるドイツ連邦議会(下院)選挙では、中道右派の与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU・CSU)を率いるアンゲラ・メルケル首相の4選が確実視されています。一方の国民政党である中道左派・社会民主党(SPD)が擁立した首相候補マルティン・シュルツ前欧州議会議長は、当初こそ旋風を巻き起こしたものの、ほどなく急激に失速し、まったくの竜頭蛇尾に終わった観が否めません。SPDは前回2013年総選挙以上の惨敗を喫する可能性も出てきています。
ナチズムとの親和性も
メルケル首相4選の成否という観点からすれば、ドイツ総選挙は今回もまた無風に近いとあって、世間の関心は、反イスラム・反移民、反エスタブリッシュメント(既得権益層)の新興右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)がどれほど多くの議席を獲得するかに移っていると言っても過言ではないでしょう。
AfDは「排外主義的極右政党」ないし「右翼ポピュリズム政党」などと定義されています。9月半ばの世論調査では、AfDの支持率は10~12%となっており、議席を獲得するのは確実です。極右政党が連邦議会に進出するのは戦後のドイツで初めてとなりますが、70議席前後(現在の総議席数は631)を獲得し、議会第3党の座に躍り出る見通しも出てきました。戦後のドイツには、共和党とか国家民主党(NPD)といった極右政党が現れ、一時は社会に脅威を与える存在として警戒されましたが、連邦議会に進出することはついぞありませんでしたから、AfDの登場はまさに歴史的事象と言えます。
AfDの躍進は、ドナルド・トランプ氏をアメリカ大統領の座に押し上げたポピュリズムの力が、ナチスの過去から極右への抵抗感がひときわ強いドイツにも押し寄せている現状を確認させることになります。
AfDは元来、ギリシャ危機を背景に反ユーロの立場を取る経済学者らが中心となって2013年に結成されましたが、その主張はやがて反移民、反イスラムを前面に据えるようになりました。党内の権力抗争を経て過激化する過程も見られ、ナチズムとの親和性を感じさせる党要人の言動すら伝わってきます。
同性愛者の「共同筆頭候補者」
AfD支持者は、メルケル政権が受け入れた難民の大量流入やイスラムの拡大、EUによる加盟国統制、などに反対する人々とされていますが、ドイツの場合、必ずしも米英におけるポピュリズム支持層の典型としての「低学歴の低所得層」というわけではなく、高等教育を受けた中間層の多くも支持者に含まれているようです。
メルケル首相の中道路線に不満を持つキリスト教民主同盟(CDU)の最保守層からもAfDに合流するケースも目立ち、その意味で、保守層のオルタナティブでもあるわけです。その立場を代表するのが、党創設に関わったCDU離脱派のアレクサンダー・ガウラント氏(76)で、今回の総選挙では「共同筆頭候補者」に選ばれました。
もう1人の共同筆頭候補者は、アリス・ヴァイデル氏という38歳の女性です。これまでほとんど無名でしたが、党内の権力闘争の末、ガウラントという党重鎮に並んで、共同筆頭候補者の座を射止めました。
ヴァイデル氏のセールスポイントは、同性愛者であり、パートナーの女性と同居し、相手の連れ子2人を一緒に育てているという私生活にあります。AfDは同性愛者に冷淡である印象を持たれていますが、ヴァイデル氏を起用することで、社会的リベラルの色彩を演出し、集票につなげる思惑があるとみられます。
パートナーはスリランカ系スイス人ですが、さらに最近、シリア難民の女性を不法に自宅の清掃人として雇っていた疑惑が報道されています。これだけで言えば、私生活は決して排外主義的ではありません。
彼女の演説は、原稿を丸暗記しているようなぎごちなさで、おそらく確固とした信念に基づいているのではなさそうです。時流に乗って政治的野心を満たすため、ポピュリズム政党を利用している――。政敵からはそんな意地の悪い見方も出ています。
AfDは昨年、メルケルの地元であるメクレンブルクフォアポンメルン州議会選でCDUを抜いて第2党になるなど、旧東独で勢力を持っていますが、ヴァイデル氏は旧東独出身ではありません。旧西独で生まれて旧西独の大学で経済学を修め、卒業後はゴールドマンサックスに入社しています。その後もグローバルに展開する別の金融大手に勤務したほか、中国にも何年か滞在し、銀行で働いていました。彼女の職歴は、トランプ米政権とウォール街出身者のつながりを彷彿とさせます。
その政治的手腕は未知数もいいところですが、公共テレビでのライブの討論会で厳しく突っ込まれた彼女が中途で席を立ち、憤然と退場した姿に喝采が送られるなど、政治的パフォーマンスの能力は備わっているようです。
次期メルケル政権の課題
――いずれにせよ、ヴァイデル氏のような正体の定かではないポピュリスト勢力が大量に連邦議会に入ってくると思われるわけで、その新事態をどう管理するのかが、次期メルケル政権の課題の1つとなります。
AfDの伸長は、長年の「メルケル体制のもたらした副産物」と呼ばれることがあります。12年におよぶメルケル首相の治世では、8年にわたって2大政党が組む大連立が敷かれました。それは、ドイツの民意が分裂し、CDUと伝統的な連立パートナーである自由民主党(FDP)が組んでも過半数に届かないためにやむを得ないことでしたが、2大政党の大連立は、国民の不満の圧力をいやおうなしに高めていくという当然の結果をもたらしています。
ヴァイデル氏の陰に隠れ、存在感が希薄になってしまったAfDの女性党首フラウケ・ペートリ氏はかつて、「われわれは、メルケルから生まれた」と発言しました。雑多な立場から成るAfDは「反メルケル」という点で、強い凝集力を持っています。(佐藤 伸行)
佐藤伸行 追手門学院大学経済学部教授。1960年山形県生れ。85年早稲田大学卒業後、時事通信社入社。90年代はハンブルク支局、ベルリン支局でドイツ統一プロセスとその後のドイツ情勢をカバー。98年から2003年までウィーン支局で旧ユーゴスラビア民族紛争など東欧問題を取材した。06年から09年までワシントン支局勤務を経て編集委員を務め退職。15年より現職。著書に『世界最強の女帝 メルケルの謎』(文春新書)。
関連記事