「医師法違反」の声もある「脱毛エステ」疑惑の商法

男性諸氏は無縁の話と思うだろうが、家族や恋人、友人など、実は意外と身近に悩んでいる女性がいるかもしれない。女性にとっては深刻な問題、「脱毛」にまつわる被害についてである。

男性諸氏は無縁の話と思うだろうが、家族や恋人、友人など、実は意外と身近に悩んでいる女性がいるかもしれない。女性にとっては深刻な問題、「脱毛」にまつわる被害についてである。

 美顔や痩身、脱毛など、エステティシャンが常駐するエステサロンの市場規模は、ある民間シンクタンクの試算によれば、2014年度は約3600億円だった。ただし美顔や痩身などは減少傾向にあり、ここ数年で急成長した脱毛専門のサロンが全体の市場規模を押し上げて前年比1.6%増の牽引役になっている。

 が、それに伴って「脱毛サロン」をめぐるトラブルも年々増加。国民生活センターによれば、2010~14年度の5年間でエステ業界全体では4万件近い相談があり、脱毛に限っても、やけどや皮膚トラブルが毎年200件近くあるという。後で触れるが、医師法や薬事法違反で摘発されたケースも少なくない。

「騙されました」

「2年前、ワキとビキニラインの脱毛が700円で通い放題だという広告を見て新宿の店に行きました。他社より激安だし、しかも他の部位の契約をするとワキとビキニラインは無料で何回でもできると言う。それならと前から気になっていた膝下で契約したところ、3万円。でも結局、実際に予約が取れたのは2年間で3回だけ。通い放題なんて大嘘です」

 相談に訪れた都内の弁護士事務所でそう憤るのは41歳の女性。隣では、4年前に当時15歳の中学生の娘を渋谷店に連れて行った49歳の母親も憤慨している。こちらは4年間でわずか2回しか予約が取れなかった。

「何度電話しても、当たり前のように平然と『いっぱいです』と言うだけ。通い放題、何度でも行けるって、ほんとに騙されました」

 彼女たちが契約したのは、脱毛専門のサロン『ミュゼプラチナム』。テレビや雑誌、電車内に大量の広告を出し、激安で注目を集めて急成長。今では国内188店、海外22店、年商約380億円という国内最大手だ。その激安ぶりは年々激しさを増し、最近では「両ワキ美容脱毛完了コース=100円」をウリにしている。たったの100円で、満足できるまで何度でも通い放題だと謳っているのだ。

 おかげで同社の会員は240万人、単純計算すれば1店舗で1万3000人あまりをさばかねばならず、予約が取れる方が奇跡だろう。

 無論、会員すべてが100円しか払わないわけではない。そこに同社の商法の怪しさの一端がある。

「100円に釣られて来る人にも必ず他の部位の脱毛コースを勧めました。私がいた店舗では1人最低8万円くらいのコースを契約してもらうように頑張っていましたね」(元幹部スタッフ)

 HPでも広告でも「勧誘一切なし」をウリにしているが、実態は違うらしい。中には40万円、50万円という高額コースを言葉巧みに契約させられたケースもある。

摘発の根拠となる「厚労省通達」

 さらに疑惑があるのは、施術そのものについて。脱毛サロン業界では現在、光を皮膚の表面に照射することで皮膚下の毛包に影響を与えて脱毛する「光脱毛機器」を使った施術が主流だ。ところがこの「光脱毛」について、2001年11月8日、厚生労働省医政局医事課長名で各都道府県衛生主管部局長宛に極めて重要な通達が行われている。

『医師免許を有しない者による脱毛行為等の取扱いについて』と題された文書の全文はリンクを参照していただくとして、以下に肝要な箇所のみ抜粋する。

「以下に示す行為は、医師が行うのでなければ保健衛生上危害の生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反する」

「用いる機器が医療用であるか否かを問わず、レーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を毛根部分に照射し、毛乳頭、皮脂腺開口部等を破壊する行為」云々――。

 この通達に、脱毛サロン業界は騒然となった。医師でない者が施術を行うことが常態であったし、実際にその後、通達を根拠に脱毛サロンの医師法違反容疑での摘発が相次いだ。

 たとえば2012年5月22日、医師免許のないサロン従業員に医療行為である脱毛処理をさせて顧客にやけどなどを負わせたとして、大阪府警が光脱毛専門サロン『永久保証のドクタータカハシ』の経営者ら8名を医師法違反で逮捕した。医師でもあったこの経営者は業界で"脱毛の神さま"と呼ばれる有名人だったため、摘発前からマスコミも注目。逮捕直前の各社とのインタビューに「毛乳頭などは破壊されていないから医師法違反にはあたらない。最高裁まで争う」と嘯(うそぶ)いていたが、結局、1審の大阪地裁で下された有罪判決に控訴せず、有罪が確定した。

「判決でも厚労省の通達内容が有罪の根拠とされ、仮に毛乳頭が破壊されていなくとも、脱毛が起こる以上は何らかの周辺組織か毛の幹細胞が破壊されたわけであり、これは通達にある『毛乳頭等』の『等』に含まれると裁判所が認定した」(司法関係者)

 さらに昨年4月8日、同様の医師法違反容疑で姫路市の脱毛サロン『ハニーフラッシュ』経営者ら3名を兵庫県警が逮捕。300人以上の顧客がやけどなどの被害にあっていた。

 そこで何より注目されたのが、サロンが使用していた「光脱毛機器」だった。

40万円以上の契約で重度の炎症

「光脱毛機器」は国産から海外メーカーのものまで様々ある。が、最も有名で使用台数も多いのがイタリアの『DEKA』というメーカー製だ。摘発されたハニー社の機器もDEKA社製であり、それがテレビで大きく報道され、顧客からの問い合わせが輸入業者や脱毛サロン各社に殺到した。

 そのDEKA社製機器を最も大量に使用しているのが『ミュゼプラチナム』だった。1店舗あたり通常は10台程度設置するから、全店舗では2000台近く。同じ機器を使用しているのだから同様のやけど被害が起きていても不思議ではない。前出の元幹部スタッフが言うには、

「私がいた店舗でも年に数件はやけどなどの苦情がありました。そもそもスタッフは昨日までコンビニなどでバイトしていた若い女の子がほとんどで、当然ながら素人。私のような数年以上の経験があるベテランでも、光脱毛機器の光の強さがどの程度だとやけどするのか分かりませんでしたから」

 1店舗に平均数件のやけどとしても、190店ならば相当な数になる。程度は不明だが、由々しき事態には違いあるまい。

 また、これまで摘発された事件は、いずれも被害者が警察に相談もしくは告発をしてはじめて捜査が動いたケースばかり。逆に言えば、軽微なやけどだった場合、店舗側との交渉で金銭解決に至って表沙汰にならないケースも多いだろう。あるいは、やはり脱毛サロンに行ったこと自体を周囲に悟られたくないという女性心理のため、誰にも相談できず泣き寝入りに終わっているケースも少なくないと、国民生活センターでは分析している。

 医師らが中心となって設立された学術団体『日本医学脱毛学会』が2014年3月21日に開いた第40回の年次学術総会で、ある皮膚科クリニック女医がこう報告をした。

「『ミュゼ』で2回受けた施術によって腰から下に重度の炎症をきたし、1年半経った現在でも広範囲な色素沈着が残って現在も治療中の22歳の女性がいます。月収20万円に満たないのに40万円以上の契約の支払いだけ残り、なおかつ治療費も必要。身体、金銭二重の被害です」

年次学術総会で紹介された22歳女性の炎症による色素沈着痕(総会を紹介したYouTubeより)

「医療機器」か「美容機器」か?

 さらに見過ごせないのは、その光脱毛機器が果たして「医療機器」か「美容機器」かという問題だ。前者であれば輸入の際に関税法の規制に基づく薬事法の手続きを踏まねばならず、使用できるのは医師に限定されるという医師法の問題も出てくる。関税法違反、医師法違反という極めて重要なポイントである。

 その点について脱毛サロン、機器の国内メーカー、そして医師らによる学術団体それぞれの主張は三者三様だ。

 脱毛サロン側は、光の出力も弱く毛根を破壊しないから美容機器であるとの主張。従って関税法上も問題なく、医師でない者が施術しても医師法に抵触しないと言う。

 ところが国内メーカー側は、DEKA社製品は海外で医療機器と認定されているから国内でも同種のはずで、関税法にも医師法にも抵触するとの主張。

 そして医師らは、そもそもエネルギーを有する光線を照射して脱毛を行うこと自体がすでに医療行為であり、厚労省通達にも「機器が医療用であるか否かを問わず」とあるから完全に医師法違反という立場だ。しかも、

「弱いエネルギーでやけどを起こす訳がありません。これは実際の施術に際して、脱毛器の照射出力を上げているとしか考えられません。とすれば脱毛器の製造・販売会社は薬事法違反であり、また施術者は医師法違反に問われます」(日本医学脱毛学会・亀井康二理事長、川口英昭会長の連名文書)

 ならば実際、法的にはどうなのか。

 実のところ、そこが最大のグレーゾーンであり、いわば事実上の"脱法地帯"なのだ。

実際に摘発されたケースでは有罪が確定しているが、逆に言えば、脱毛施術後に医学的に診察しなければ毛根と周辺組織がどう変化しているか認定できない。つまりは摘発してみなければ分からない。また、関税法上の承認申請も窓口は各都道府県であり、海外製品についての精査情報、確認能力がまちまちで、形式的に整っていれば医療機器ではないとの承認も得られるのが実情なのだという。厚労省関東信越厚生局に聞くと、

「基本的には薬事法によって『身体の構造もしくは機能に影響を及ぼすもの』となっていますが、細かくは地域の法令や規格によって定義が異なります」

 と説明する。要するに、身体に深刻な影響を及ぼす事案であるにもかかわらず、法とそのチェック機能がまだまだ未整備すぎるということなのだ。行政の怠慢とも言える。

脱毛サロンで「永久脱毛できた」!?

 最後にもう1点、脱毛サロン側の主張に含まれる矛盾を指摘しておく。厚労省通達を遵守し、毛根は破壊していないから「永久脱毛」ではなく「一時的な除毛・減毛」をやっているだけであるとの主張だ。

 ところが、たとえば『ミュゼ』社などは、CMや口頭の説明で「脱毛完了」という言葉を使う。「永久」と「完了」の意味の違いは何なのか。

「除毛では集客できないが、永久だと医師法に抵触する。敢えて永久と誤解させる狙いで完了という言葉を使うのでは。とは言え、100円で客が殺到すると予約が取れないのは当然。もしや照射の光線量を強めて"永久"脱毛をしているからこそ客が回転しているのではないかという疑いもある」(被害相談を受けている弁護士)

 先の学術会議で気になるアンケート結果が発表された。1都3県の20~40代女性600人のうち、脱毛経験者は約半数。その8割弱が脱毛サロンに行き、さらにその半数強が「永久脱毛できた」と回答している。事実できているとしたら医療行為であり、医師法違反だ。

 3年も4年も予約が取れないだけでも問題だが、やけどなど深刻な身体被害も事実発生している。グレーのままで放置しておいていいはずがない。

 ちなみに、これらの問題点を『ミュゼ』に質問したが、

「回答を控えさせて頂きます」(広報・PR担当)

 と言うのみだった。

「ミュゼプラチナム」のHPより。脱毛「完了」とは「永久脱毛」ではないのか?

内木場重人

フォーサイト副編集長

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(2015年5月21日フォーサイトより転載)

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