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2018年02月08日 16時13分 JST | 更新 2018年02月08日 16時18分 JST

開幕直前「平昌五輪」ここに注目(中) 政治に翻弄されたアイスホッケー女子「南北合同チーム」--小林信也

北朝鮮が「世界選手権」や「ワールドカップ」に参加するのと、「オリンピックへの参加に同意した」のは、国際的に大きな違いがある。

 今回の平昌五輪で何と言っても最大の注目点は、韓国と北朝鮮による史上初の合同チーム結成だろう。北朝鮮の参加自体も金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長による1月1日の「新年の辞」からドタバタで決まっただけに、歴史に刻まれるはずの「南北統一チーム」結成の経緯にも多くの矛盾が内包されたまま。だが、それでも、いよいよ幕は上がる。

戦略的に利用

 IOC(国際オリンピック委員会)が北朝鮮の五輪参加を認めたのは、「平和への大きな貢献になる」との立場からだろうと思いたい。しかし、その後の動きや報道を見る限り、北朝鮮はオリンピックを戦略的に利用しており、「スポーツの祭典」に対する真摯な敬意や尊重を存分に払っているとも認めがたい。IOC自体、どこまで世界平和に貢献する強い使命感を抱いて決断したのか、不透明だ。単に、北朝鮮が祭典に参加している方がずっと緊張は緩和する、と思っているだけとも見える。狭い視野と目的で、「五輪開催期間中の安全を担保するため」に北朝鮮との合意に至ったのだとしたら、いよいよオリンピック・ムーブメントの商業主義化ばかりが際立つ形になる。IOCがオリンピック・ビジネスの安全と維持のためにだけ動いたのだとしたら、今後の対応は、弱腰にならざるをえないだろう。

 オリンピックは「平和の祭典である」と、日本ではしばしば表現される。オリンピック憲章を確認すると、前文につづいて「オリンピズムの根本原則」とあり、その2番目に次のように記されている。

「2. オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」

そして、「第1章 オリンピック・ムーブメント」のいちばん最初の項にこうある。

「オリンピック・ムーブメントの目的は、オリンピズムとオリンピズムの価値に則って実践されるスポーツを通じ、若者を教育することにより、平和でより良い世界の構築に貢献することである」

 北朝鮮が「世界選手権」や「ワールドカップ」に参加するのと、「オリンピックへの参加に同意した」のは、国際的に大きな違いがある。それは、上記の規定にあるとおり「平和でより良い世界の構築に貢献する」ことに同意したという前提があるからだ。

 平昌五輪開会式の前日に北朝鮮が大規模な軍事パレードを実施するとの見通しも報じられている。これは明らかにオリンピック憲章に反する行為だと国際的には認められるから、本来なら、IOCは強く指導する立場にあるだろう。

勝利至上主義の弊害

 政治的な決定に翻弄されたスポーツの現場は、女子アイスホッケー競技で、韓国と北朝鮮の突然の合同チームが編成されたことに戸惑っている。北朝鮮の選手が12名加わることが政治レベルで決定され、一方的に通達された女子アイスホッケー韓国代表は困惑し、これに反発する民衆の怒りは、抗議行動にもつながった。

 韓国内の反発は、「北朝鮮のアイスホッケー選手が加われば、すでに代表に決まっていた韓国選手が代表から外れることになる」「積み上げて来たチームワークが崩れる」といった当然と言えば当然の主張に始まった。IOCはこれに配慮し、23人の枠に特例を与え、別枠で北朝鮮選手12人を加えると決定した。今度は参加する各国から「不平等だ」と反発が起こった。

 だが、日本代表のアイスホッケー関係者がテレビの取材に応えて、「登録人数を合同チームだけ増やすことをどの国も認めないはずだ」と断言するのを見て、私は言葉を失った。広い視野と狭い視野。競技の「視野」で見ればその言い分は正しい。だが、世界が戦争に進むか回避できるかの局面で、それはあまりに狭い発想ではないか。そういう頭の固さこそ、勝利至上主義の弊害だと感じる。「同時に試合に出られる選手の数を合同チームだけ3人増やす」と言っているのではない。サッカーが11人対13人、野球の守備が9人対11人ならそれは不公平かもしれない。だが、現実的に考えてベンチ入りが22人なのだから、23人でさえ全員出場できるわけではないのに、12人も増えたらむしろチーム運営は面倒になる。それを「不平等だ!」と息巻く指導者の頭の固さ、思慮の浅さは、また別のスポーツの問題を浮かび上がらせる。

 ちなみに、なぜ女子チームだけが合同で、男子は合同チームを参加させないのか、という疑問に対する正式な見解は報じられていないが、報道を総合すると、「韓国のアイスホッケー男子代表チームは、7人の帰化選手もいて強化が進んでおり、五輪の舞台で勝利も期待されている。女子は勝つこと自体が難しそうだから、北朝鮮の選手が直前で加わっても『大勢に影響がない』との判断がなされたからだ」という背景があるようだ。そうした発想に反発する声もある。

上意下達の構造

 北朝鮮はアイスホッケーを含め、今回の「例外的な決定」で、計3競技10種目に22選手が参加する。

 詳しい内訳は、女子アイスホッケー12名、フィギュアスケート・ペア2名、スピードスケート・ショートトラック男子500メートル1名、男子1500メートル1名、ノルディックスキー距離男子15キロフリー2名、女子10キロフリー1名、アルペンスキー男子回転、大回転各1名、女子回転、大回転1名だ。

 この中で、正規に五輪出場権を獲得していたのは、フィギュアスケートのペアのみ。昨秋、五輪最終予選を兼ねたネーベルホルン杯(ドイツ)で、リョム・テオク(19)、キム・ジュシク(25)組が総合6位に入り、五輪切符を手に入れた。が、北朝鮮が期限までに出場の意思を示さなかったため、補欠のトップだった日本が繰り上げで出場枠を与えられた経緯がある。この北朝鮮ペアは、昨年2月に札幌で行われた冬季アジア大会で銅メダルを獲得している。

 その他の種目はいずれも出場権がなく、特別枠での出場が決定した。抗議行動まで引き起こしたアイスホッケーのほか、ショートトラック男子500メートルでも不協和音が起こっている。通常4人でのレースになるのだが、北朝鮮選手の追加出場によって5人の組ができる。もちろん、人数が増えれば転倒のリスクは高まるので、その影響を心配する声があるのだ。

 ノルディックスキーの距離競技には3人が出場予定。こちらは他選手への影響が少なく、いまのところ反発の声は聞こえない。

 今回の合同チーム実現の過程で多くの人が違和感を覚える要因は、「政治の色が濃すぎる」と感じられることだ。スポーツの祭典でありながらスポーツの当事者が主導するのでなく、政治家とIOCの上層部だけで決定するという上意下達の構造になっている不愉快さだろう。北朝鮮からの申し入れをまずIOCが受け入れる経過があったとしても、本来は韓国のアイスホッケーチームが「一緒にやろう!」と呼びかけるとか、世界中の選手やファンが「北朝鮮にもオリンピックに参加してもらおうぜ!」とネットで働きかけるなどのムーブメントが起こっていれば、もっと素敵で、実質的な平和のうねりになっただろう。それこそ綺麗事かもしれないが、スポーツにはそういう力がある。IOCは自分たちの権威を確保し誇示することに懸命で、こうした発想を持っていないところに現在のオリンピック・ムーブメントの限界が見える。

 このように、南北合同チームはオリンピックの理想と現実の矛盾を浮き彫りにもしているのだ。

小林信也 1956年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。『ナンバー』編集部を経て独立。人物評伝、ビジネス書など多彩な分野で著作を重ねる。テレビ、ラジオのコメンテーターとして、NHK《ラジオ深夜便》、フジテレビ《バイキング》などに出演。近著に『生きて還る 完全試合投手となった特攻帰還兵 武智文雄』(集英社インターナショナル)、『野球の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』(集英社新書)。
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