マスターズ開幕!:オーガスタで天に届くのは誰の想いか--舩越園子

メジャーのなかのメジャー、ゴルフの祭典、マスターズが開幕した(4月6日~9日)。松山の想い、マキロイの想い、デイの想い。果たして今年、天に届くのは誰の想いだろうか。

メジャーのなかのメジャー、ゴルフの祭典、マスターズが開幕した(4月6日~9日)。松山英樹がマスターズを生まれて初めてテレビで観戦したのは5歳のときだった。

それは、タイガー・ウッズが2位に12打差をつけて圧勝した1997年大会。「テレビ観戦」と言っても、わずか5歳ゆえ、難しいことは覚えておらず、しっかり覚えているのはウッズの最終日のウエアの色。

「赤黒(の上下)がカッコ良かった。ゴルフの内容は全然覚えてないけど、飛んでたなあという印象がある」

それから20年。松山はマスターズで勝つ日を夢見ながらクラブを振り続けてきた。

初めて世界の大舞台を踏んだのもマスターズだった。2011年にアマチュアとして初出場。東日本大震災が起こった直後で松山は出場を迷っていたが、「行ってこい! 戦ってこい!」と日本の人々に背中を押されて会場である米ジョージア州、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブへ乗り込み、見事ローアマ(アマチュアの最高位)に輝いた。

「そういう意味でマスターズは特別です」

あのときの恩返しという意味でもオーガスタで勝利を掴みたい。松山のマスターズに寄せる想いは深い。

昨年大会では最終日に大きなチャンスが転がり込んだ。首位を走っていたジョーダン・スピースがアーメンコーナー(最大の難所と言われ、選手はみな祈るしかないという意味の別称)の12番(パー3)で池に2度も落として「7」を叩き、大失速。松山が一気に追い上げれば優勝争いに絡める状況になった。

しかし、松山は13番の2メートルのイーグルパットも14番の2メートル半のバーディーパットも沈めることができず、7位に終わった。

「13番が入っていたら、もうちょっと追いつくチャンスもあったのかな。12番、13番、14番。入らなかったのは悔しかった」

ローリー・マキロイの渇望

松山のみならず、数多くの選手たちがマスターズに憧れてプロになり、そしてチャンスを逃した悔しさを噛みしめたまま今年もオーガスタにやってきている。

グリーンジャケット(優勝者に授与される象徴的な副賞)を欲する気持ちは誰もが抱いている。だが、その中でもローリー・マキロイとジェイソン・デイの切ないほどの想いは、とても強く伝わってくる。

忘れもしない2011年大会。初日から首位を走り続けたマキロイは、最終日の10番でティショットを大きく左に曲げ、そこからガラガラと崩れ落ちていった。終わってみれば15位。茫然と立ち尽くしたマキロイは「ハートブレイキングな結末だ」と唇を噛んだ。

それから2カ月後、マキロイは4大メジャーの一角、全米オープンを圧勝した。2012年には全米プロ、2014年には全英オープン、全米プロも制し、世界ランキング1位にも輝いたが、マスターズだけはいまなお勝てずじまいでいる。

マスターズを制すれば、キャリアグランドスラム達成となる。だが、キャリアグランドスラムは「結果として達成されるものであって、目指すものではない」とマキロイは言う。

「初出場したときから、そうだった。1番ティに立つと右サイドのフェアウエイバンカーが突然、大きくなって視界に飛び込んでくる。左の林も巨大化し、フェアウエイが存在しないぐらいに思えてくる。マスターズはそういう場所。オーガスタに立てることは僕にとって毎年のハイライトなんだ」

そこでグリーンジャケットを羽織ることができれば、それは人生のハイライトになる。マスターズを制することは彼の渇望。涙が出るほど彼が欲しているのはグリーンジャケット。今年、その渇望は満たされるだろうか。

ジェイソン・デイの悲願

ジェイソン・デイのマスターズ制覇に寄せる想いはマキロイとは少々異なる。

デイは初出場した2011年大会でいきなり2位になり、翌年は足指を痛めて途中棄権となったが、2013年は2日目に首位に立ち、「オーストラリア人はマスターズに勝てない」というジンクスをついにデイが打ち破るかと思われた。

しかし、優勝したのは同じオーストラリア人のアダム・スコット。ジンクスを打ち破ることもグリーンジャケットを羽織ることもスコットに奪われたデイの落胆は見るに耐えなかった。

デイは12歳のときに父親を肺がんで亡くし、その淋しさからティーンエイジャーにして酒、たばこ、ケンカに明け暮れる生活へと道を外れていった。「まっとうな道へ戻ることができたのはゴルフのおかげ。ゴルフがなかったら今ごろ僕は刑務所にいた」と、以前、デイが語ってくれたことがあった。

幼少時代は父親と一緒にゴルフの腕を競い合い、父親と一緒にマスターズをテレビで見た。乱れた生活から立ち直るため、全寮制のボーディングスクールに入学してからは、グリーンジャケットを羽織るタイガー・ウッズをテレビで眺めてはその姿を自分に置きかえ、ゴルフクラブを振ってきた。

「僕にとってマスターズとタイガー・ウッズは同義語。マスターズで勝つことは僕がゴルフをする理由そのものでもある」

ここ3年は20位、28位、10位で優勝争いには絡めなかった。2015年に全米プロを制し、世界ナンバー1の王座にも就き、着実に階段を昇ってきたが、マスターズで勝つことはデイの何よりの夢だ。

今年はじめに肺がんで余命12カ月と母国で診断された母親デニングを3月に米国の病院へ呼びよせ、マスターズ前週に手術を受けた。デイは2週前のマッチプレー選手権では気持ちが揺れすぎて途中棄権し、会見では涙が止まらなかった。

一時はマスターズの出場も危ぶまれていたが、母親の手術は大成功し、元気な顔でオーガスタにやってきたデイは、「母の状態が良ければ、もしかしたら週末は母が初めてオーガスタに来れるかもしれない」と笑顔を輝かせている。

「化学療法も必要ないとドクターに言われた。神様が『もうしばらく家族と一緒に過ごしなさい』と言ってくれたような気がしている」

だからこそ、母のためにも――。マスターズ優勝はデイの悲願。彼は今、文字通り、涙が出るほどグリーンジャケットを欲している。

松山の想い、マキロイの想い、デイの想い。果たして今年、天に届くのは誰の想いだろうか。

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舩越園子

在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。17年に及ぶ取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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(2017年4月6日フォーサイトより転載)

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