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2018年04月12日 16時19分 JST | 更新 2018年04月12日 16時19分 JST

「ポルノ女優」のスキャンダルは大統領の抱える「時限爆弾」になるか--青木冨貴子

インタビューに答えるダニエルズの言葉は的確で、ビジネスライクだ。

Eduardo Munoz / Reuters

 ドナルド・トランプがホワイトハウス入りしてから、投稿するツイッターの数は毎日平均6~7回、通算で3000回ちかくになる。にもかかわらず、性的関係をもったと訴え、現在、全米の話題をさらっているポルノ女優"ストーミー・ダニエルズ"(本名ステファニー・クリフォード)については1回も、一言も呟かず、長い沈黙を続けている。

口塞ぎのための合意文書

 これまで攻撃されれば、何についても猛烈な反撃に出るのがトランプだった。都合の悪い報道に対しては、「フェイク・ニュース」と決めつけて取り合わず、特別検察官ロバート・モラーの捜査については、「魔女狩り」と言って被害者の立場に固執する。しかし、2006年に始まった2人の関係についても、2016年大統領選直前に、突然、口塞ぎのための合意文書がトランプの弁護士から彼女に送られたことにも、その合意によって13万ドルが支払われたことにも、まるで手足をもぎ取られ、言葉を失ったアヒルのようにだんまりを決め込んでいのは、なぜだろうか。

 ダニエルズはその合意書にトランプ自身が署名していないこと、さらに口を閉じろという脅迫まで受けたことをあげ、トランプと弁護士に対する訴訟を起こしている。さらに、彼女は『CBS』 放送の看板番組「60ミニッツ」に出演して、トランプとの関係をつまびらかに発言したが、大統領はまだ貝の殻に閉じこもったまま反撃しようともしない。

 #MeToo運動で米国の社会構造が大きく変わってきている現在、ポルノ女優との情事をめぐる訴訟合戦は、大統領のかかえる時限爆弾になるかもしれない。その危険性を誰より良く知っているからこそ、トランプは一言も発せないのだろうか。

豊かな胸のブロンド女性

 このニュースを追いかけながら、ダニエルズの生業や恵まれすぎた容姿にわたしは目を覆いたくなる一方、大統領に立ち向かう彼女の勇気と信念に驚いていた。ポルノ女優であることに一点の疚(やま)しさもなく、実に堂々と誇りをもって大統領を追及している様子なのだ。おそらく元フランス領だった南部ルイジアナ州生まれのためかもしれない。ルイジアナには、セックスに寛容なフランスの風潮が残っているからだ。

 1979年3月17日、ルイジアナ州バトンルージュに生まれたステファニー・クリフォードは、両親の離婚によって母親に育てられた。17歳のとき、友達に誘われて出かけたストリップ・クラブで初めてステージに立ち、21歳になるころには"ストーミー・ダニエルズ"と名乗って、ポルノ映画にも出演するようになった。女優としてばかりでなく、監督もつとめ、脚本も書き、2004年にはアダルト・ビデオ界のアカデミー賞である「AVNニュースターレット賞」を受賞している。

 その2年後の2006年7月、カリフォルニア州とネバダ州にまたがるレイク・タホで開かれた「セレブリティ・ゴルフ・トーナメント」にこっそり招かれたダニエルズは、特別ゲストとして招待されたトランプの目を一瞬のうちに引きつけたようだ。シャネルのサングラスをかけた豊かな胸のブロンドはずば抜けた容姿だったが、彼女がアダルト・フィルム業界で新進女優として注目される、ストーミー・ダニエルズであると知る人は少なかったかもしれない。

 この1カ月前に60歳になったトランプは、2年半前に始まった『NBC』 放送のリアリティ番組「アプレンティス」のホスト役で大成功を収め、全米にすっかり知られる顔になっていた。前年に結婚した3人目の妻メラニア・トランプは、息子のバロンを3カ月前に出産したばかりのころである。

 早速、彼はダニエルズ(このとき27歳)を夕食に誘い、ペントハウスのスイート・ルームでルームサービスを頼んだ。それから合意のもとでセックスに及び、2人の関係は翌2007年まで続いたと、ダニエルズは言う。

13万ドルを支払った顧問弁護士

 トランプのもっとも古く忠実な顧問弁護士のマイケル・コーエンは、

「トランプ氏はそんな事実はないと猛烈に否定している」と発言した。しかし、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2018年1月12日号)は、大統領選挙まであと12日という微妙な時期に、コーエン弁護士がダニエルズに口止め料として13万ドル支払った、という大スクープを報道した。ポルノ女優とのゴシップが流れ、選挙に影響が出ないよう計らったのは明らかではないか。

『ウォール・ストリート・ジャーナル』の報道を否定していたコーエン弁護士は、2月になるとついに、ある個人的な会社の口座を通じて、ダニエルズへの13万ドルの支払いを認めた。

 その金の出所を求められると、トランプから出たものではなく、彼が個人的に支払ったものだと開き直った。トランプの会社や選対本部から、立替金として入金してきたことはないと主張。この13万ドルが「選挙法違反」の可能性があると問われているからである。

 3月6日、ダニエルズは現職大統領を相手取り、合意書の無効などを訴えてカリフォルニア州最高裁判所に訴訟を起こした。これに対し、16日、コーエンはトランプの承認のもと、ダニエルズの起こした訴訟を州から連邦裁判所に移し、ダニエルズが守秘契約を破ったとして、2000万ドルの損害賠償を求めたとしている。

 辣腕弁護士としてカリフォルニアでも名高いダニエルズの弁護士は、各局ニュース番組に出演し、弁舌さわやかに合意書と13万ドルの違法性を説き、この訴訟を一般の目から隠すために、調停に持ち込もうとするトランプ側を激しく攻撃した。

 トランプの弁護士も黙っていない。大統領の宣誓供述書をもとめるダニエルズの弁護士に対して、法律の悪用だと食ってかかる。連日の応酬を見ているテレビの視聴者は、3月25日夜に放映される「60ミニッツ」を見逃すはずがなかった。ダニエルズが出演し、インタビューに答えたこの晩の放送は、2200万人を超える視聴率を獲得し、同番組のなかでも、過去10年で最高を記録したのである。

脅迫まがいの事件

「私は別に彼が魅力的だと思ったわけではないのです。でも、彼はセックスをしたがっていたんです」

 赤いセーターにタイトスカートをはき、薄化粧で現れたダニエルズは、その晩のことをこう話した。

「それは合意のものだったのですか」

 と尋ねられると、はっきり、「そうです」と答え、

「ちょっとバスルームへ行くと言って立ち上がり、ああ、こんな羽目になっちゃった、私は悪い子だわと思いながら部屋へ戻ったんです。彼はベッドの端に座って待っていました」

 インタビュアーは「コンドームをつけたのですか」と、実に具体的な質問をする。

 と彼女ははっきり答え、

「トランプは『凄い晩だったよ』と言って、また会いたいと言ってきたのです。それから、彼が出演する『アプレンティス』に、私を出演させることができるだろうと持ちかけて来ました」

 番組で話すダニエルズの言葉を聞いていると、2人がスイート・ルームにいる様子が詳細に思い浮かぶようで、彼女の言っていることにリアリティが感じられる。

 翌2007年になると、トランプは彼女をロサンゼルスにあるザ・ビバリーヒルズ・ホテルに招き、またセックスを要求したが、彼女は同意しなかった。「アプレンティス」出演のことを問いただすと、返事もなかったので彼女は退出し、それ以降は彼からと思われる電話がかかってきても、取り上げなかったという。

 そんなダニエルズに脅迫まがいの事件が起こったのは、2011年のことだった。

「私はまだ幼かった娘と2人で駐車場にいたんです。フィットネスクラブへ行くところでした」

 突然、見知らぬ男が近づいて来て、こう言い放ったという。

「トランプ氏から手を引け。あの話については黙っていろ」

 男は寄りかかるようにして娘を見下ろし、「可愛い子だね。ママに何か起こったら残念だよね」

 と、言ったというのである。

 このことを警察に届けたかと尋ねられると、彼女は「いいえ」と答えた。しかし、5年後の大統領選挙直前のころ、見ず知らずの弁護士が、トランプの顧問弁護士から渡された「合意書」を持ってきたときには、不本意ながらも署名したのだという。

「私はあのことがあったので、家族と家族の安全を心配したからです」

 この時期に男が接触してきたのは、翌2012年の大統領選挙出馬を、トランプが探っていたからかもしれない。

「結婚を考えるほど愛していた」

 当然のことながら、勇気ある女性として彼女を評価する声は女性の間でも少数派で、眉をひそめながら話題にしない、というのが一般的な反応だろう。

 しかし、インタビューに答えるダニエルズの言葉は的確で、ビジネスライクだ。倫理的に決して褒められないことをしたという後悔や後ろめたさはまったくなかった。

 トランプとの情事について、口塞ぎのために「合意書」に署名させられた女性がもう1人いる。カレン・マクドゥーガルという『PLAYBOY』誌のモデルで、こともあろうに2人が出会ったのは、ダニエルズがトランプに会ったほんの1カ月前のことだった。『PLAYBOY』が所有するマンションで行われた「アプレンティス」の番組撮影で、トランプがマクドゥーガルに目を留め、ザ・ビバリーヒルズ・ホテルで2人が初めてベッドを共にした晩は、なんとトランプの60歳の誕生日だったという。それから親密な交際が約10カ月、2007年まで続いた。

 マクドゥーガルが合意書に署名したのは、交際を絶ってから9年後の大統領選挙直前だが、トランプとの情事はスーパーマーケットでも売られている週刊誌『ナショナル・エンクワイヤー』が独占掲載権をもつというものだった。この『ナショナル・エンクワイヤー』の経営責任者はトランプの親しい友人であり、事実上、口封じされたと同じだった。また、合意のために用意された金額は、15万ドルに及んだ。

 マクドゥーガルも現在、訴訟を起こし、この合意書が無効であることを訴えている。さらにダニエルズが出演した「60ミニッツ」の2日前、彼女も『CNN』に出演して、独占インタビューに答えた。

 マクドゥーガルの場合は頻繁にデートを重ねる愛人関係だったが、彼女の方から縁を切ったと言った。トランプ夫人のメラニアに悪いと思う気持ちが強くなって耐え切れなくなったからだと訴えた。

 いま、ミセス・トランプに何か言うことはありますか、と問われ、

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 とテレビカメラに向かって涙を流した。彼女は大統領選挙では、トランプに投票したという。

「彼は頭脳明晰で、チャーミング。真剣に結婚を考えても良いほど愛したんです」

 そのトランプも「愛しているよ」を連発していたらしい。いまではマクドゥーガルのことを一言も呟こうとせず、硬い殻に閉じこもって口を閉じたままだ。

真実を語らねば「偽証罪」

 #MeToo運動の後、ニューヨークやカリフォルニアなどの州では、性的差別やセクハラなどを隠すための契約書や合意書などの「秘密規定」を禁止しようとする、新しい法律が提案されている。ダニエルズが大統領相手に立ち上がったひとつの理由は、新しい法律が成立すれば、署名させられた合意書が無効になる可能性が強くなったからだろう。

 しかし、それ以上に、彼女の動機は札束で口封じさせる男のエゴに心底腹をたてたからにちがいない。高額を払って自分の不始末がなかったと合意させるのは、あまりにも傲慢なやり方である。ダニエルズの大統領に対する訴えは、大きな法的チャレンジである。敗北する危険性があることを承知のうえで、大きな賭けに出た。それに続いたマクドゥーガルも同様である。

 ダニエルズの弁護士は、大統領と彼の顧問弁護士から宣誓供述書を取る許可を裁判所に求めている。もし、それが認められれば、トランプは宣誓した上で、ダニエルズと関係があったかどうか、13万ドルがコーエン弁護士から口封じのために支払われたことを知っていたかどうか、答えなくてはならない。

 真実を語らなければ、偽証罪に問われる。ダニエルズの弁護士は、彼女と大統領の関係を証明する証拠を持っていると話している。2人で交換したメールやテキストなどのほか、何と2人の関係を明らかにするDVDまで持っているというのだ。

 ダニエルズがただのポルノ女優ではなく、映画の脚本を書き、監督までこなす才覚があることをトランプは知らなかった。いったいそのDVDがどんなものなのか、何が映っているのか、裁判ではその証拠が提出されるのか、これほど大統領を悩ます時限爆弾はないだろう。だからこそ、大統領はダニエルズについて一言も発せないのである。

 それに彼を支持する保守的な宗教右派の女性たちも、黙ってはいないはずだ。人口妊娠中絶に大反対し、福音書の教えに忠実な彼女たちにとって、この2人の関係ほど罪深いものはないだろう。まして、証拠など出てきたら、反トランプの大合唱がこだまするかもしれない。

 もっとも、頭を抱えているのは、大統領だけではない。共和党議員のなかには、今年秋の中間選挙での再選を諦めた下院議員もいる。選挙前、地元で開かれるタウンミーティングで、市民からダニエルズと大統領の関係について質問されたら、何と答えて良いのかわからないというのだ。

 共和党のなかで、11月の選挙に出馬しないと決めた下院議員は40人を数えるというから、定員435議席の下院で民主党が勢力を取り戻す可能性は高い。

 そうなると大統領弾劾についても、足並みが揃う可能性が出てくる。ひょっとすると、ダニエルズの訴えは、法的手続きの煩雑なモラー特別検察官の追及より足早に大統領に大きな打撃を与えるかもしれない。

 ここまで書いてきたところで、ダニエルズの弁護士が2011年、ラスベガスの駐車場で彼女を脅してきた男について、数日中に発表があると発言した。ダニエルズのスキャンダルはしばらくとどまるところを知らないようである。


青木冨貴子 あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。
関連記事 (2018年4月10日フォーサイトより転載)