国連で「支持者向け演説」をしたトランプ大統領--鈴木一人

初めてとなる国連総会一般討論演説は、様々な意味で物議を醸した演説であった。

9月19日の、トランプ大統領の初めてとなる国連総会一般討論演説は、様々な意味で物議を醸した演説であった。日本では、拉致被害者である横田めぐみさんのことを指したであろう「13歳のいたいけな女の子が、北朝鮮のスパイの語学教師にするために拉致された」という一言が入ったことが大きな話題となり、トランプ大統領が拉致問題に強い関心を示したことを好意的に評価する論評が目立った。

確かに、これまでのアメリカ大統領の国連総会演説では取り上げられなかった拉致問題が含まれたのは画期的であり、北朝鮮を非難する文脈とはいえ、この問題に焦点が当たったことは大きな前進である。しかし、トランプ大統領の演説は、この部分を除けばかなり問題の多い演説であったと言わざるを得ない。

同盟国に配慮した演説

トランプ大統領の演説の特徴は、一貫した論理がないことであった。その1つの理由として、アメリカの同盟国、特に日本とイスラエルの主張を多く取り入れた演説になっていたことが挙げられる。

トランプ演説の中で拉致問題が取り上げられたのは、国連総会一般討論の直前に『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』に掲載された安倍晋三首相のOp-ed(社説と並んで掲載される別の著名人による寄稿欄。Opposite Editorial Pageの略)の影響が考えられる。この時期の『NYT』は、国連総会に出席する首脳や世界中のメディアが目を通すこともあり、普段よりもOp-edへの投稿が殺到する。その中で、日本の首相の名前で書かれた記事が掲載されるのは、『NYT』側に北朝鮮問題を取り上げたいという意図があったこともあるだろうが、普段から『NYT』との関係を構築し、ここぞというときに記事をねじ込むパイプを作ってきた外務省のパブリック・ディプロマシー(世論向け外交・広報外交)の成果とも言える。

この安倍首相のOp-edでは、北朝鮮がこれまで行ってきた国際秩序を乱す行動を歴史的に解説し、国際社会を裏切り続けた過程が明らかにされている。拉致問題に関してはパラグラフ1つを使って以下のように書かれている。

North Korea has targeted Japan in particular by abducting many innocent Japanese citizens, including a 13-year-old girl who was abducted in 1977. Most of them have been held in North Korea since the 1970s and 1980s.

この表現は、トランプ大統領の演説の中にも反映されている。トランプ演説の当該箇所を見てみよう。

We know it kidnapped a sweet 13-year-old Japanese girl from a beach in her own country to enslave her as a language tutor for North Korea's spies.

安倍首相のOp-edよりはやや具体的な表現が使われているが、13-year-old girlと、横田めぐみさんと思われる拉致被害の実例を取り上げた点で両者に共通するところがある。これはトランプ大統領とスピーチライターがかなり意識的に安倍首相の言葉を拾って演説に含めたものと思われる。

日本と同様、トランプ演説の中でその主張が取り上げられたのがイスラエルである。ネタニヤフ首相はトランプ大統領と同じく初日(19日)に演説したが、その前にネタニヤフ首相と会談し、イラン核合意にアメリカがサインしたのは「恥辱(embarrassment)」であるとの表現を使った。ネタニヤフ首相は自らの演説の中でもその点を強調し、「彼の表現には大賛成だ」と讃えた。これは両者が前日にイラン核合意に関する表現で打ち合わせたことをうかがわせる。ネタニヤフ首相はさらにトランプ演説が「かつてないほど大胆で、勇気のある、率直な演説」だったと手放しで褒めちぎっている。

それもそのはずで、アメリカ大統領の国連演説で、国連発足当初から問題であり続けたイスラエル・パレスチナ問題に一切触れなかったのはトランプ大統領が初めてであり、ネタニヤフ首相とすれば願ったり叶ったりの演説であった。

また、中国とロシアについてもほとんど触れなかった点も特徴的である。北朝鮮問題について、これまで中国の協力を求めてきたトランプ大統領だが、なかなかその協力を得られず、北朝鮮の核・ミサイル開発を止められない責任を押しつけてきたにもかかわらず、中国を批判することは一切控えた。またロシアに対して、オバマ政権時代はクリミア半島の併合などに対して強く非難し、プーチン大統領も応酬するなど米ロ対立が際立つ国連総会演説だったが、トランプ大統領は一切そうした問題には触れなかった。中露に触れたのは、安保理決議2375号の採択に協力してくれたことを感謝するという一文だけであった。

ミラー流の世界観を反映した演説

トランプ演説のもう1つの特徴は、驚くほど「主権」の概念が強調されていたことである。「sovereignty」ないしは「sovereign」という表現だけで21回使われている。これまでのトランプ大統領の演説やツイートの中ではほとんど見かけなかった表現だけに、大きな話題となった。

どうしてトランプ大統領は、使い慣れていない「主権」などという概念をここまで強調したのであろうか。それは、今回の演説のスピーチライターがスティーブ・ミラーであったことと強く関係していると言えよう。ミラーは既にホワイトハウスを放逐された元首席戦略官兼上級顧問のスティーブン・バノンとともに大統領就任式の演説、いわゆる「アメリカ第一主義」を掲げた演説を手がけた人物である。バノンが放逐された後もホワイトハウスに残り、スピーチライターの役割を続けている。

彼の世界観はバノンほどはっきりしていないが、それでもナショナリズムと国家の集合体としての国際社会というイメージを強くもち、それが思想の基礎となっている。その思想が「アメリカ第一主義」の演説となり、今回の国連総会での演説の基調となった。

トランプ演説を最初から聴いた人は驚いたと思うが、国連総会で世界に向かって演説しているにもかかわらず、冒頭から「アメリカは私が当選した日から全て上向いている。株式市場は史上最高値をつけており、失業率は16年間で最も低い。規制緩和などでより多くの人が働き、企業は戻ってきて雇用を生み出している」などと、まるで支持者向けに大統領としての成果を誇る内容から始めた。

これは、まさにミラー流の支持者向け演説の常套手段であり、彼のカラーが非常に強く出ている演説と印象づけることになった。つまり、今回の演説は国際社会に向かって話しているにもかかわらず、その主たるオーディエンスは国内の支持者である、との意識を強く持った演説であった。これがトランプ大統領の演説に一貫した論理がないことのもう1つの理由である。

「主権」をハイライトした演説

このミラー流の世界観は、「主権」概念の過剰なまでの強調にも強く表れている。トランプ大統領は、「私は常にアメリカを第一にしてきた。そして皆さんも、常に自国を第一にすべきである」と語り、主権国家は自らの利益を最優先し、国際協調よりも国益をむき出しにして共存するという世界観を示しただけでなく、それを世界に向けて推奨する姿勢を示した。

この姿勢は、近年のアメリカ外交の文脈から見てもユニークと言えよう。これまでは、オバマ大統領のように理念を掲げ、国際社会がともに共通目標に向かうことを推奨するスタイルや、ジョージ・W・ブッシュ大統領のようにアメリカの価値である自由や民主主義を他国に強制し、場合によっては武力を用いることも辞さないという、いわゆる「ネオコン」の理念による国連外交という特徴があった。

オバマ外交にしてもブッシュ外交にしても、アメリカがリーダーシップを発揮し、アメリカの価値を世界に広めていくことこそが善である、という発想が陰に陽に含まれていた。だがトランプ外交は、そうしたアメリカのリーダーシップを完全に放棄し、各国は好き勝手にやって良い、みな自分の利益を最優先すれば良い、それが主権国家の集まりである国際社会の現実だ、という姿勢をはっきりさせたのである。

矛盾だらけ

しかし、「主権」を強調すればするほど、トランプ演説で示されなかった中国やロシアの問題と矛盾することになる。中国は南シナ海の大陸棚までを自らの「主権」と主張し、岩礁を埋め立てて「島」を造成して、そこを自らの領土と主張することで「主権」を拡大しようとしている。それは他の国の領有権を侵害し、対立することを厭わない姿勢を見せている。

またロシアは、ウクライナの領土であったクリミア半島を併合し、ウクライナの「主権」を無視した介入を行っている。それに対してアメリカはロシア制裁を科しており、アメリカ政府の姿勢としては、一貫してこうした力による現状変更を認めていないにもかかわらず、演説ではそうした点をおくびにも出さずに、各国が自らの「主権」を強調し、「自国第一主義」を貫けと呼びかけているのである。

この矛盾は、現代の国際社会が抱える矛盾でもある。国連も主権国家にのみ加盟資格を与え、主権国家でない存在(NGOはもちろんのこと、台湾やパレスチナ自治政府など、実態として政府が存在していても主権国家と認められない限り、国連には加盟出来ない)は排除されている。しかし、主権国家が自らの利益を第一に考え、好き勝手なことをすれば他の国の主権や利益に抵触し、対立関係が生まれる。その対立が極まれば戦争という事態になるのであり、それを防ぐために国連でルールを作り、利益の対立や主権国家間の摩擦を緩和することが目指されているのである。

そういう国連の場で、「主権」を強調し、「自国第一主義」を訴えるのは、国家間対立を助長し、中国やロシアが行っているような主権侵害とも言える行為を黙認するという矛盾を生み出す。その意味でトランプ演説は大いに問題をはらんでいる。

ネオコンらしさも

各国の「主権」を尊重し、「自国第一主義」を訴えたトランプ大統領だが、自らの理屈を否定するような内容も多く含まれていた。北朝鮮に対しては、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長を公式の場で「ロケット野郎(Rocket Man)」と呼び、核・ミサイル計画を止めなければ「北朝鮮を完全に破壊する」と警告を発している。

またイランに対しては、「イラン国内の良い人たちは体制転換を望んでいる。インターネットへのアクセスを制限し、衛星放送アンテナを破壊し、抗議運動の学生を殺害し、政治改革を求める人を投獄している」と、国内政策に踏み込んで批判した。

ベネズエラに対しても、「国内の良い人たちに痛みと苦しみを与えている。腐敗した政権は失敗したイデオロギーを押しつけ、豊かな国家を破壊している。選挙で選ばれた人たちから権限を奪い、独裁体制を築いている」と、こちらも内政干渉といえるような批判を展開した。

国際政治の常識から考えれば、各国が「主権」を持ち、「自国第一主義」で政治を行うのであれば、その内政には干渉しないというのが原則である。にもかかわらず、あからさまに各国の内政に干渉し、北朝鮮、イラン、ベネズエラに対しても制裁を実施ないしは制裁の可能性を示唆して脅しているだけでなく、場合によっては武力行使の可能性すら示唆している。これは国連憲章第2条で禁じられている、武力による威嚇に相当する行為と受け取られてもおかしくないレベルの問題である。

もちろん、これらの政権は大いに問題のある政権であり、何らかの圧力をかけなければならないという点は多くの国連加盟国に共有されている。特に北朝鮮は差し迫った脅威であり、国連安保理で合意が得られれば(トランプ大統領自身は安保理決議なしでも良いと思っている)、武力行使を含む選択肢を検討することが必要な状況にある。しかし、イランやベネズエラの内政にまで干渉し、武力行使の可能性すらほのめかすトランプ大統領は、極めて「ネオコン」的でもある。ここに、トランプ演説の一貫性のなさ、論理の矛盾があるように思える。

国連嫌いの国連改革

トランプ大統領の演説の前に、アメリカが主催し、トランプ大統領が議長を務めた国連改革会議が開催された。これはグテーレス国連事務総長も出席し、現在の国連のマネージメントのあり方を問い直すことを目的とした会議であった。

トランプ大統領は選挙キャンペーン中から、国連に対して敵対的な姿勢を見せており、国連嫌いを標榜していただけに、積極的に国連改革のイニシアチブをとることは違和感を持って見られていた。しかし、この会議で明らかになったのは、トランプ大統領が国連嫌いなのは、かつてのジョージ・W・ブッシュ政権が国連を厄介者扱いにし、国際的な足かせと見ていたのとは違う、ということであった。

トランプ大統領は「国連はすごいポテンシャルがある」と繰り返し述べ、国連が成し遂げられることは多数あるにもかかわらず、官僚的で不効率で予算ばかりを食う組織であることが気に入らない、と明言した。つまり、国連の存在そのものが嫌いなのではなく、そのマネージメントのあり方が気にくわないのである。

故に、国連をなくせという議論ではなく、国連の予算を絞り込み、無駄な組織の重複や非効率な会議や運営の仕方を改め、効率的な組織に生まれ変わらせることが自らの使命だ、と考えている節すらあった。元々ビジネスマンとして

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