またも勝利! 14歳棋士「藤井四段」驚異の17連勝快進撃の「軍事史的」分析--村上政俊

藤井聡太四段は将棋界の第一人者で「中学生棋士」としての先輩でもある羽生善治王位(3冠、46)も破り、知名度も一躍全国区となった。

弱冠14歳の将棋界の超新星・藤井聡太四段の快進撃が止まらない。昨年12月のプロデビュー以来、負け知らずの16連勝。また非公式戦ではあるが、将棋界の第一人者で「中学生棋士」としての先輩でもある羽生善治王位(3冠、46)も破り、知名度も一躍全国区となった。

そして17連勝目をかけた12日午前10時からの対局。七大タイトル戦の1つ「王将戦」第67期1次予選で、奨励会時代の指導係(幹事)だった西川和宏六段(31)相手にまったく隙を見せず、87手で下し、また1つ連勝記録を伸ばした。

藤井四段躍進の秘訣を探ろうと、テレビ各局のワイドショーまで必死だ。愛知県瀬戸市の自宅を訪問するだけでは飽き足らず、彼が幼少期に遊んでいたという、スイス製玩具「キュボロ」を扱うおもちゃ屋にもレポーターを派遣。天才少年棋士誕生の秘密はお茶の間でも関心の的である。

もちろん本人の素質や努力は疑うべくもない。活字離れが叫ばれて久しい平成生まれの中学生ながら読書量が相当なレベルであることは、インタビューで垣間見える豊富な語彙(例えば「望外な結果」など)によって容易に窺い知ることができる。しかし、彼個人の才能にだけ着目していては、現在巻き起こっている「藤井現象」の本質を理解するには不十分である。

背景にあるのは、現代将棋が直面する変化だ。将棋は王将という最高司令官を中心に、盤上で繰り広げられる疑似戦争だ。駒には、核兵器級の破壊力を有する飛車、角行と呼ばれる大駒から、文字通り一兵卒の役割を果たす歩兵まで8種類あり、明確な役割分担が存在する。この盤上の戦争に、いま変革の大きなうねりが押し寄せており、藤井という新星の登場もこうした流れの中で理解することができる。筆者も多少ながら将棋に心得があるため、この盤上戦争の革新を日本の軍事史上の変化になぞらえながら考えてみたい。

「名乗り」を上げる「古式戦法」

源義経が活躍した平家物語の頃の戦で、重要だったのが名乗りだ。「やあやあ我こそは」で始まる口上に小説やドラマで馴染みがある方も多いだろう。名乗りによって、武士は自らの血脈と一門の正統性を敵味方双方に示した。こうした戦のスタイルに対して、「てつはう」という火器を食らわして鎌倉武士に襲い掛かったのが、モンゴル軍だった。中世日本にとって最大の国難といえる元寇だ。

それまでの日本の戦は、武士という軍事貴族階層が正統性の争いに決着をつけるための手段だったからこそ、名乗りを上げての一騎討ちという儀式性の高い戦闘方法が花形だった。ところがモンゴル軍は、「てつはう」という飛び道具によって一気に戦端を開いて機先を制した。儀式性の排除と軍事合理性の純粋な追求によって、モンゴル帝国はユーラシアの覇者に一足飛びで駆け上がったが、元寇でもそうした持ち味が遺憾なく発揮されたのだった。

翻って現代の将棋においても、戦端が開かれるのが急速に早まっている。昭和の大名人・大山康晴十五世名人の時代には、王将を矢倉に囲って防御を固めた上で、歩兵同士の小競り合いから戦端が開かれるのが作法だった。その後、王将の防御を固めようという流れはさらに強まり、穴熊囲いが大流行する。

戦国時代の城郭でいえば、2重3重4重に堀を張り巡らせる構造に例えられよう。後北条氏の小田原城や、豊臣秀吉の大坂城をイメージすればいいかもしれない。王将を取られてしまっては元も子もないのが将棋だとすれば、こうした流れもなるほどと頷ける。

スピード感を重視

ところが現在は、王将の囲いは必要最小限に止めるのが主流になりつつある。防御の堅牢さよりも重視されるのがスピード感だ。ここで活躍するのが、駒の中でも飛び道具担当の桂馬だ。例えば歩兵は1コマ1コマしか進めないのに対し、桂馬はわずか3手で敵陣に飛び込むことができる。しかし桂馬には「桂馬の高跳び歩の餌食」という格言がある。

桂馬はスピード感があるものの、ミサイルや弾丸と同じく前方にしか進めず後戻りできないので、活用のタイミングを間違えると簡単に相手に捕らえられてしまう、という意味だ。早い段階での桂馬跳ねはこれまでは否定的に考えられてきた。

しかし、現在では桂馬を先手先手で活用することで戦端を開いて、場合によっては戦端をこじ開けて機先を制し、一気に相手を攻め倒すという流れができつつある。藤井四段も、桂馬を従来の感覚からすればかなり早く跳ねることで、自分のペースで戦端を開いてそのまま勝ち切るという将棋を多用。飛躍の原動力となっている。

AI将棋の影響

開戦のタイミングがこれまでよりも格段に早くなったのには、コンピューター将棋の影響がある。最強ソフトとの呼び声が高い「Ponanza」を始めとして、コンピューターが公式戦で矢倉や穴熊で王将をがっちりと囲うことはまずない。機先を制して攻め切るというコンピューター将棋の特長を、藤井四段自身はうまく自分のものとしているようだ。

将棋の新しい流れはこれからどこに向かうのか。その重要な鍵を握る1人が、現代将棋の寵児である藤井四段であることはまず間違いないといえそうだ。

18連勝目を狙う次戦は18日、第7期加古川青流戦開幕戦で、竹内雄悟四段(29)と対局する。

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村上政俊

1983年7月7日、大阪市生まれ。現在、同志社大学嘱託講師、同大学南シナ海研究センター嘱託研究員、皇學館大学非常勤講師、桜美林大学客員研究員を務める。東京大学法学部政治コース卒業。2008年4月外務省入省。第三国際情報官室、在中国大使館外交官補(北京大学国際関係学院留学)、在英国大使館外交官補(ロンドン大学LSE留学)勤務で、中国情勢分析や日中韓首脳会議に携わる。12年12月~14年11月衆議院議員。中央大学大学院客員教授を経て現職。著書に『最後は孤立して自壊する中国 2017年習近平の中国 』(石平氏との共著、ワック)。

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(2017年5月12日「フォーサイト」より転載)

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