エヴァートン戦の直後に僕がこのコラムで「懐疑論」を書いたとたんに、モイーズ監督は解任されることとなってしまった。やはり、あの試合内容を見せられれば、クラブも決断をせざるを得なかったのだろうか。
監督という仕事は実に多岐にわたるものだが、大きく分ければ(1)チーム作り、(2)采配、(3)選手の志気の鼓舞の3つなのではないか。(1)はトレーナーとしての仕事。(2)はディレクターとしての仕事。そして、(3)はモチベーターということになる。まあ、イングランドの古典的な監督は「マネージャー」であり、チーム編成も仕事のうちなのだろうが。
今シーズンのマンチェスター・ユナイテッドは明らかにチーム作りに失敗していた。モイーズ監督就任前から在籍している選手の何人かは、監督の信頼を得られずにベンチに追いやられ、一方で監督が必要と思う選手がいなかった。エヴァートンから引き抜いてきたフェライニは、とうとう新チームに馴染むことなく、次第に出場機会を減らしていく......。監督との確執が取りざたされたルーニーが最終的に残留したことは、最大の補強だったかもしれないが、ルーニーが気持ちよくプレーしているのでないことは明らかだった。
しかし、これはファーガソンという偉大すぎる前任者が勇退した後に監督を引き受けた以上、ある程度は仕方のないことだ。モイーズ自身、あるいはファーガソンが言っていたように「時間が必要」なのは当然のことだ。
この時期に解任の決断に至ったのは、直接的には(2)と(3)の部分なのだろう。
マンチェスター・ユナイテッドは、すでにリーグのタイトルからは大きく遠ざかり、残されていたのはチャンピオンズリーグだけだった。「チャンピオンズリーグで勝ち残っている」という事実は、選手たちの誇りであり、最後の拠りどころとなっていたはずだ。
実際、王者バイエルン・ミュンヘンを相手にマンチェスター・ユナイテッドは意地を見せた。だが、最終的には力の差を見せつけられ、この最後の拠りどころを失ってしまったのだ。
こういう状況で監督としての最大の仕事は選手たちのモチベーションを維持させることだろう。難しい仕事だ。目標を失った選手たちの気持ちを鼓舞しなければならないのだ。だからこそ、チャンピオンズリーグ敗戦後のエヴァートン戦は、クラブ側から見れば監督としての手腕を測る絶好の機会であり、逆にモイーズにとっては腕の見せ所でもあった。クラブ側は、エヴァートン戦に向けてのトレーニングを、そのような視点から観察していたのだろう。
そして、結局、エヴァートン戦ではまったく意地を見せることもできずに敗れてしまう。モチベーターとしての能力に見切りをつけられても仕方がない。そして、流れが悪い試合の中で有効な切り替えもできなかったのでは、②の采配能力にも疑問符を付けるしかない。
こうして、最終テストとなったエヴァートン戦のかなり不甲斐ない敗戦は、当然の結論を生み出した。
さて、残り少ないシーズン終盤、どうやらマンチェスター・ユナイテッドはライアン・ギグスを暫定監督に据えて乗り切るという。
この最終盤に、急遽新監督を引き受ける奇特な人物など見つからないだろうから、残り4試合を任せる監督が「暫定」となるのは仕方がない。そこで、選手に人望がある人物としてギグスに白羽の矢が立ったのだろう。
「元選手として、人間的に敬意を持たれている」という理由で現役を引退してすぐに監督に就任したACミランのセードルフを思い出させる決定だ。だが、最悪の状況に陥ったチームを立て直すのは、監督経験の乏しい人物に託すにはあまりにも荷が重すぎる仕事なのではないだろうか。
「暫定監督に最も相応しいのは、サー・アレックス・ファーガソンなのではないか?」という気もする。退任して1年近くも現場から離れていたとしても、復帰に支障はないだろうし、選手たちのモチベーションが上がるのも間違いないだろう。
ただし、これは「劇薬」であって、ファーガソンを使ってしまっては、新たな時代の幕開けはさらに遠のいてしまう。とすれば、ギグスの抜擢は理解できないことはない。
さて、注目すべきは来シーズン以降を任せる新監督人事である。ドルトムントのユルゲン・クロップの名前も取り沙汰されたが、クロップは今ドルトムントとの契約を破棄する気はないようである。どうやら、今のところはルイス・ファン・ハール説が根強いようである。
ファン・ハールは厳格な戦術家だ。だが、一方で、「選手たちのモチベーションを上げる」という意味では、厳格すぎるファン・ハールが適任なのか......。
望ましい人物は、まず第一に選手たちとのコミュニケーションが取れる人物ではないか。しかも、選手たちを納得させ、ファーガソン時代を忘れさせるような新鮮な戦術なり、新鮮なトレーニング・メソッドを持った人物であることが望ましい。
今シーズンはワールドカップもあり、ワールドカップ終了後に監督人事も大きく動くはず。マンチェスター・ユナイテッドも、それを待って監督人事に乗り出す方が得策かもしれない。
さて、日本人として気になるのは、今後の香川真司の処遇である。このところ出場機会を与えられるようになった香川。基本的には状態は良いようだし、シーズン序盤から中盤にかけて出場機会が少なかっただけに、逆に疲労がないフレッシュな状態で戦えているのかもしれない。したがって、今シーズンの残り試合でも、ギグスは香川を使うのではないか。
大事なのは来シーズンに迎える新監督との関係なのではあるが、こればかりは現段階でコメントのしようもない。
それにしても、どんなクラブに入団するか、そこでどんな人物が監督をしているのか。そんな、ちょっとした偶然のような出来事によって、キャリアが決定的に影響されてしまうのだから、スポーツ選手の人生は大変である。もちろん、どんな監督にも納得させるほどの特別な能力があれば別なのだが......。
「上司運」に恵まれずに不遇に追いやられる......。一般社会人にもよくあることではあるが、選手生命は普通の人生よりずっと短いことを考えれば、選手の人生はあまりにも偶然に左右される。香川真司も、本田圭佑も、ようやく出場機会は与えられるようになったものの、クラブの状況によって苦労の連続となってしまったようだ。
ただ、来シーズンの監督が決まってみないと、いくら考えても仕方のないこと。
香川には、せっかく巡ってきた出場機会を逃さないように、そして、シーズン最終盤となった今、ゴールを決めてアピールしておきたいはずだ。たとえ、来年の居場所がマンチェスター・ユナイテッドではなかったとしても......
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(2014年4月23日JSPORTS「後藤健生コラム」より転載)
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授