薬剤耐性結核――新しい服に身を包んだ古い悪魔

結核と戦うためには革新的な治療法が必要だ。効果の確かな治療。現代医学の暗黒時代から掘り起こされた、使い回しの、「まあ、何もしないよりはましだろう」という程度のものではない治療だ。

医師としての私の役目はアンディルがまたサッカーをできるようにすること――彼が週3回でサッカー練習をしていた町カエリチャは、南アフリカで最大級のタウンシップ(※)で、何キロにもわたって小さな箱型のレンガ住宅とブリキ小屋が並ぶケープタウン市の外郭地域だ。

本人いわく、彼はやみくもにボールを追って体力を消耗するのではなく、試合の流れを読み、チームを勝利に導く決定的なパスを出すタイプの選手だった。ところが今、アンディルは10メートルも歩くと、前かがみになり息を整えずにはいられない。肺が衰え、笑うこともできない。結核に侵されているからだ。

今、アンディルが何より望むことは、それが例えやみくもなものであっても、まず走れるようになること、胸を打つ心臓の鼓動や、努力の末につかんだ出場機会で破裂しそうな肺を感じることだ。

(※南アでは非白人居住区の通称)

結核は非常に古い病気で、かつては癆(ろう)や肺病と呼ばれ、ジョージ・オーウェル、アントン・チェーホフ、フランツ・カフカ、ジョン・キーツ、シモン・ボリバル、フレデリック・ショパンといった著名人たちの命を奪ってきた。現代においても、年平均150万人という死亡数は、世界で最も被害の大きい感染症HIV/エイズのそれに迫る。

だが、大半の最富裕国では半世紀前にほぼ姿を消したため、新しい結核治療薬の開発は停滞。それにより、人類は最も厄介なタイプの敵が、これまで先人が築き上げてきた防壁を壊すに十分な時間を与えてしまった。現在、地球上の約50万人が感染している結核菌の前に既存薬は無力だ。私の活動する南アフリカでは2012年、1万5000人が既存の結核薬が効かない薬剤耐性結核(DR-TB)と診断されている。そのうちの80%という圧倒的多数の人が気付かぬうちに吸引し、感染したのだという。

病気になった人は掛かり付け医師である私のもとを訪れ、治してほしいという。そんなとき、教師かエンジニアになる道を選んでいればと思う。きっと、そういった職種なら、今の仕事よりも大きな変化を人びとの生活にもたらすことができただろう。

1人の医師として患者に何を伝えればいいのかわからなくなる時がある......。私は最近、超薬剤耐性結核(XDR-TB)を克服したシヤブレラさん(30歳)の完治を祝った。しかし私のもとでXDR-TBを克服した患者はまだ4人しかいない。同時期に同じ病気の同じ治療を開始したほかの3人は、かなり以前に亡くなっているのだ。

私は相手の目を見て「あなたの生存率はサイコロのひと振りよりも低い確率です」なんてとても言えない。「6が出れば助かるでしょう。そうでなければ、命はもって2年です」。南アフリカでは、XDR-TB患者が現行の治療法で完治する確率は、わずか13%だ。

それから、こうも伝えければならない。「そんな低い生存率にかけるためでも、2年におよび過酷な治療に耐えていただかなければなりません。少なくとも最初の半年は、腰を下ろせなくなるほど痛い注射を毎日受けます。また、その注射薬で、聴力を永遠に奪われることになるかもしれません。DR-TBと闘うための私の持ち駒は少なく、やむを得ない場合に処方できる別の薬も心に作用し、ご自身に危害を加えるような深刻な精神病を引き起こすおそれがあります」

その上でこんな説明も欠かせない。「治療の甲斐があったかどうかは、2年後でないとわかりません。そこで、ようやく振ったサイコロの目が6だったどうかわかるのです」

ぱっくりと開いた傷口に絆創膏を貼るだけのような行為にはもう耐えられません。本当に使えるもの、人命を救えるものが欲しいのです!

結核と戦うためには革新的な治療法が必要だ。効果の確かな治療。現代医学の暗黒時代から掘り起こされた、使い回しの、「まあ、何もしないよりはましだろう」という程度のものではない治療だ。

ただ、希望がないわけではない。50年ぶりに新しい結核治療薬が複数開発されているのだ。大きな進歩ではあるが、それらも単独では使用できない。結核は強力で、打ち負かすには幾つかの薬を詰め込んだ合剤が要る。この古来の病気の新たな側面に対応する唯一の手段は新しい薬の組み合わせ方を見つけることだ。しかも使用も入手も容易で、既存のものよりも負担が少なく、DR-TBのまん延国で速やかに実践できるものでなくてはならない。

しかし、そんな希望が現実になるのは、5年、7年、いや10年先だろうか。それまでの間、診療に訪れる私の患者の8割は、亡くなるか、ここを出ていくか、地球上で最も貧しい界隈で暮らす家族以外のすべての人に忘れ去られていくのだろう。

各国の政府や、結核対策の援助資金拠出者、製薬企業、研究機関にはさらに長い道のりを歩んでもらわねばならない。治療期間が短く効果の高い新たな合剤開発を推し進め、患者の病気を治し、生きる希望をもたらすためだ。

薬剤耐性結核(DR-TB)とは?

通常の結核治療薬が効かなくなった結核症状。治療期間は2年と長く、聴覚障害や精神疾患などの重い副作用を伴うことがある。治癒率は50%ほどにとどまる。


「結核マニフェスト」の署名にご協力を!

国境なき医師団(MSF)が発表した「結核マニフェスト」へのご協力をお願い致します。通常の結核治療薬が効かなくなっている薬剤耐性結核(DR-TB)の診断・治療の改善を求める世界的な署名活動です。


各国政府・諸機関・製薬会社を動かすために、あなたの"ひと押し"が必要です!

結核マニフェスト公式サイトはこちら。ご署名をお願いします!

http://www.msf.or.jp/tb2014/


「結核マニフェスト」で訴えていること

  1. DR-TB診断・治療の普及
  2. 治療法の向上
  3. DR-TB治療の普及を促す資金援助の拡大

MSFは、「結核マニフェスト」キャンペーンに寄せられた署名をこの総会に持参し、世界保健機関(WHO)や各国政府の保健大臣、製薬企業等に手渡す予定です。

国境なき医師団(MSF)は、紛争や災害、貧困などによって命の危機に直面している人びとに医療を届ける国際的な民間の医療・人道援助団体。「独立・中立・公平」を原則とし、人種や政治、宗教にかかわらず援助を提供する。医師や看護師をはじめとする海外派遣スタッフと現地スタッフの合計約3万6000人が、世界の約70ヵ国・地域で活動している。1999年、ノーベル平和賞受賞。

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