発表を見ただけでは中身もよくわからないが、話題ばかりがネットを広がっている。
特に、先にスタートしたフェイスブックのニュース配信サービス「インスタント・アーティクルズ」と合わせて、巨大プラットフォーム(とアルゴリズム)を使ってニュースを配信することが、ジャーナリズムにどんな影響を与えるのか、ウオッチャーたちの議論は尽きない。
説明をよく読むと、「ニュース」は大手メディアだけでなく、個人のブロガーでも登録できるようだ。そこで、ブロガーとして早速登録してみることにした。
●iOSの生態系
WWDCの基調講演では、次期マックOS Xの「エル・カピタン」、iOS 9、アップル・ウォッチの次期「ウォッチOS 2」、さらに音楽ストリーミングの「アップル・ミュージック」など、目を引く新サービスはいろいろあった。
ただ、メディアの人間として気になるのはニュース配信だ。
モバイルOSとしてはアンドロイドとほぼトラフィックを二分するiOS。そこにデフォルトで乗るアプリであれば影響は大きい。
アップルは「ニュース」のメディア向け説明ページを立て、割と具体的に説明をしている。
●ニュース・パブリッシャー
メディアがコンテンツ配信に使うのは「ニュース・パブリッシャー」と呼ばれるコンテンツ管理システム(CMS)だ。
まず、コンテンツの配信情報「RSSフィード」で「ニュース・パブリッシャー」にデータを取り込む。
さらに、レイアウトやフォント、写真や動画、アニメを独自フォーマット「アップル・ニュース・フォーマット」に整形する。
その上で、クラウドサービス「iクラウド」を通じて配信を行う。
これが「ニュース」の基本的な建て付けだ。
メディアは、「ニュース」の中に「チャンネル」と呼ばれるホームページを持つことになり、配信コンテンツはここに掲載される。
さらに一般的なニュースサイトと同様、「チャンネル」の中には分野別のコーナー「セクション」を設定できる。
またこれとは別に、各参加メディアのコンテンツを話題ごとにまとめる「トピックス」というページも設けられるようだ。
「トピックス」ページは、編集者の判断とアルゴリズム、両方を加味してつくるという。
ユーザーは、好みの「チャンネル」「トピックス」をフォローすることで、それらのコンテンツが「フォー・ユー」というページにまとめて表示される仕組みだ。
「ニュース」は、ニュースアグリレーションの「フリップボード」と比較されることが多い。サンプルを見る限りは、確かにそんな感じだ。
「フリップボード」は、RSSについて、サマリーのみではなく、テキスト全文を含んでいることを要件としている。
アップルの「ニュース」は、サマリーのみの短文型を認めてはいるが、やはりテキスト全文を含む長文型を推奨している。
つまり、フェイスブックの「インスタント・アーティクルズ」のように、コンテンツ本体をアップル側に置くスタイルを薦めるが、サマリーのみの表示でコンテンツ本体へはリンクで飛ぶ、という2種類の配信方法も選ぶことができるようだ。
●チャンネルを開設する
アップルはすでに「ニュース」のチャンネル開設用の申請フォームも用意している。
チャンネル名や連絡先、ウェブのアドレス、RSSフィード、ロゴ用画像などを登録すれば、申請が完了する。
当ブログ「新聞紙学的」もRSSフィードを含めて登録申請をしておいた。
審査の上、追って連絡が来るようだ。
ただ説明を読むと、「ニュース」のサービス自体は今秋スタートだが、対象言語は当面、英語で、サービスも当初は米英豪の3カ国のみだという。
登録しても、しばらくはどうということはなさそうだ。
広告は、独自に配信すれば全額、アップルの広告配信システム「iアド」を使うならアップルが取り分3割となり、フェイスブックの「インスタント・アーティクルズ」の設定と同じだ。
●先行する「失敗」
アップルには2011年のiOS 5から始めたニュースアプリ「ニューススタンド」がある。
ただ、アプリそのものは今も動いているが、「失敗」ということで評価は定着している。
雑誌などがバックグラウンドで最新版に更新されている、というのが売りだったが、メディア側からはアプリのアイコンが「ニューススタンド」の中に〝閉じ込められ〟て存在感が示せず、自由もきかない、と散々な評判が続いた。
私は比較的、気に入っているアプリだが、あまり注目を集めることなく、なかったことになりつつあるようだ。
「ペーパー」は、フェイスブック本体で表示されるニュースフィードと、提携先メディアのコンテンツのアグリゲーションという、2つの機能を合体させたアプリだ。
ニュースフィード部分はフェイスブックで見るのと変わりはなく、アグリゲーションの方はジャンルごとにパッケージされたものが表示されるだけで、ソーシャルな要素や、パーソナライズの要素は少ないように見える。
フェスブック本体だけで用は足りてしまって、あえて「ペーパー」を使う積極的理由が見いだせなかった、というところだろう。
それらの教訓は、新サービスにどう生かされるのか。
ちなみに、フェイスブックの「インスタント・アーティクルズ」については、5月のスタート以降、新たな記事が追加されていない、との「ビジネス・インサイダー」の指摘もあった。
だが、ウォールストリート・ジャーナルの記事によると、現在は「1社1記事」のテスト期間で、今月末にかけて本格運用の予定だとしている。
これまでのニューヨーク・タイムズ、ナショナル・ジオグラフィック、バズフィード、NBCニュース、アトランティックに加えて、今月9日には新たに、シリア難民のスウェーデンに至る苦難の道のりを描いたガーディアンの「ザ・ジャーニー」が公開されている。
バズフィードによると、先行してコンテンツを公開した5社のデータでは、平均して通常よりも4.3倍の高いパフォーマンスを示した、という。
それぞれかなりの力作を揃えており、関係者としても、それぐらいの効果は出てきてほしいところだろう。
●メディアの懸念と期待
アップルが推奨するように「ニュース」でコンテンツ全文を配信するとなれば、フェイスブックの「インスタント・アーティクルズ」と同様、〝コンテンツ囲い込み〟の懸念は出てくる。
特にコンテンツ課金をしているメディアは、そのモデルを毀損してしまう危険性もある。
課金ユーザー数100万人を目前にしたニューヨーク・タイムズのパブリックエディター、マーガレット・サリバンさんが、まさにそんな疑問点を、同紙のキンゼイ・ウィルソンに尋ねている。
同紙の上級副社長兼イノベーション・ストラテジー・エディターとして、今年2月に着任したばかりのウィルソンさんは、USAトゥデーの編集主幹や公共放送「NPR」の上級副社長などを歴任、デジタルのキャリアも豊富なメディア人だ。
サリバンさんがぶつける懸念は明解だ。無料でコンテンツをフェイスブックやアップルに出してしまえば、わざわざ金を払って読みにくる読者はいなくなるのでは、ということだ。
ウィルソンさんは、こんな表現をつかってタイムズの立ち位置を説明している。
現在のところ、私たちは針の穴を通すように、マスの読者と有料愛読者を両立させることに成功した。
そして、タイムズの狙いをこう述べている。
(数百万単位の新たな読者が)ニューヨーク・タイムズに無料で、カジュアルに接することで、エンゲージメントを深めていき、その多くが有料読者となることを望んでいる。
ニュースの〝囲い込み〟に加えて、ニュースの選別をアップルが行うことへの懸念もある。
「ニュース」の提携先メディアの一つでもある「ワイアード」のジュリア・グリーンバーグさんは、こう指摘する。
「ニュース」のガイドラインには、「チャンネル」はアップルに承認される必要があると書いてある。つまり、アップルは「ニュース」に何が掲載され、何が認められないかをある程度まで判断することになる、ということだ。
そして、フェイスブックやグーグルがニュースの表示基準を持つように、アップルも「何がニュースか」を決めるようになるのだと。
フェイスブックやツイッターなどのソーシャルサイトは、多くの読者が日々、ニュースをチェックする際の入り口になっている。もちろんグーグル・ニュースも。そして、それぞれが何を表示して、何を表示させないかという基準を持っている。今や、アップルもパブリッシャーになることを宣言し、新たなテクノロジーの巨人が、大衆が消費するニュース提供の仲介に乗り出すことになった。これは、アップルが決めた基準が、数百万の読者が何を目にし、あるいは目にしないかに直接の影響を与える、ということだ。
一方では期待感もある。
アップルの「ニュース」にはすでにニューヨーク・タイムズ、ワイアードのほかに、CNNやフィナンシャル・タイムズ、ガーディアンなど50を超す提携先メディアが公表されている。
「ニーマンラボ」のジョシュア・ベントンさんは、こう期待感を示す。
今日のアップルの基調講演はメディアにとって、この数年間で最も重要なものだ(さらに言うと、〝アップルにとって〟もっと重要な発表はこれまでにもあった。だが、これは〝報道機関にとって〟最も重要な発表だ。少なくとも[ニューススタンドが発表された]2011年以降では)
さらに、こう述べている。
「フリップボード」にかなり似ているが、アップルの配信にデフォルトで組み込まれることのすさまじいパワーは、全く別の話になってくる。このアプリは、デビューから24時間以内に数億台ものデバイスに搭載されることになるのだ。
●広告排除と〝追い込み〟
ニーマンラボのベントンさんは、WWDCで明らかにされたもう一つの点に注目している。
ベントンさんが入手した350ほどの米国メディアのアクセスデータから推計すると、i0S 9が登場する今秋の段階で、iOS経由のページビューは全体の約30%、モバイルに限ったページビューでは60~65%を占めることになるだろうという。
現状でも米国で広告ブロックソフトを使っているネットユーザーは27.6%にのぼり、その割合はさらに増えるだろう、とも。
これはこの世の終わりか?そうじゃない。しかし、iOSの広告ブロックは現実的で、大幅な、はっきりそれと分かるだけのモバイル収入を、メディアから奪うだろう。
ワイアードのグリーンバーグさんは、さらに皮肉な見方をしている。
アップルは、サファリの広告をブロックできるようにする一方で、「ニュース」アプリでは広告ブロックのことには一切触れていない。同社は、メディアがモバイルでの収益を上げるのを難しくすれば、各メディアとも、よろこんで「ニュース」アプリに直接コンテンツを配信しようとする、と考えているのかもしれない。
そうなのかもしれない。
(2015年6月14日「新聞紙学的」より転載)