新聞ジャーナリズムの名門、ニューヨーク・タイムズと、バイラルメディアの雄、バズフィード。
メディアの環境が激変する中で、この2社のどちらが優位に立っているのか? そもそも両社は競争相手なのか?
そんな議論が米メディアウオッチャーの間で持ち上がっている。
話はメディアの評価の指標や、ソーシャルメディアでの共有の意味、ジャーナリズムの立ち位置にまで及んでいて、味わいのある展開になっている。
●「我々は違う」
発端はメディアニュースサイト「ディジデイ」に掲載された、ニューヨーク・タイムズの「読者開発」担当編集局次長、アレクサンドラ・マッカラムさんのインタビュー記事だ。
マッカラムさんは昨年8月、ネットでの読者獲得をミッションとした「読者開発」チームの責任者に抜擢されていた。
ハフィントン・ポスト創設時からのエディターという経歴を持ち、「読者開発」チームの立ち上げから2カ月で、ネットの読者数が2割増になったと同社編集主幹、ディーン・バケーさんが社内向けメモで明らかにしている。
マッカラムさんはディジデイのインタビューの中で、ニューヨーク・タイムズは強力な有料課金モデルで運営しており、ハフィントン・ポストやバズフィードのようなバイラルメディアとは、目指すところが違うとして、こう述べている。
これは、クリック数の獲得競争ではない。タイムズだからこそ、という愛読者になってもらいたいのです。
さらにこうも述べている。
バズフィードのミッションは、人々にシェアしてもらうことに尽きる。それはニューヨーク・タイムズのミッションではない。ニューヨーク・タイムズのミッションは世界最高のジャーナリズムであり、人々に正確でタイムリーな情報を届けることだ。バズフィードがこの分野の競争相手だとは思わない。バズフィードを軽視するつもりは全くない。だがビッグニュースがあって人々が検索をする時、タイムズはそこに表示されるようにしなければならない。
これにかみ付いたのが、テックブログメディア「ギガオム」のマシュー・イングラムさんだ。
多くの人にとって、バズフィードはクリック至上主義と、クイズや〝あなたにガッカリした23匹の犬たち〟といったリスト型の記事(リスティクル)など低級なギミックの代名詞になっている。それはニューヨーク・タイムズの仕事とは明らかに違う、よね?
ところが、ニューヨーク・タイムズで昨年最も読まれた記事のランキングを見ると、それはフォトエッセイだったり、クイズたったり、と「ずっとバズフィード的」なコンテンツだ、とイングラムさんは指摘する。
一方で、スタッフの数も特派員を含めて1000人に近づき、評価額も10億ドルに迫ろうというバズフィードは、「もはやリスティクルやネコの写真だけのメディアではない」と述べる。
つまり、「ニューヨーク・タイムズとバズフィードにさほどの違いはないのだ」と。
これについては、ニューヨーク大教授で著名ブロガーのジェイ・ローゼンさんもツイッターにこんな書き込みをしている。
既存メディアがいいかげんな思い込みや生半可なアイディアにこだわっているうちは、物事は何も進まないだろう。バズフィードについての思いつきのようなコメントを見ればそれがわかる。
このツイートそれ自体も反響を呼び、昨年5月にニューヨーク・タイムズのデジタル施策の要、デジタル戦略担当編集局次長から英ガーディアンのデジタル担当編集主幹に電撃移籍したアーロン・フィルホファーさんも、こんな書き込みをした。
思うに(なんの確証もないが)アレックス(マッカラム)の発言は、ニューヨーク・タイムズの社内に向けた気休めなんじゃないだろうか。単なる私見だけど。
タイムズの内情を熟知するフィルホファーさんのコメントは生々しい。対するローゼンさん。
そうかもしれない。だが、この〝気休め税〟のコストはいずれかの時点でのしかかってくる。今知らされる方が安くつくんじゃないだろうか?
●ソーシャル戦略の違い
イングラムさんの記事から5日後、今度はメディアニュースサイト「メディアブリーフィング」も興味深い記事を掲載した。
昨年11月の最終週、バズフィード、ハフィントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、ガーディアンといった大手メディア8社の配信した記事2万本のシェア数を分析、比較したのだという。
記事1本あたりのシェア数の平均値と中央値を8社で比較すると、際だった違いが明らかになる。
シェア数が断然多いのはバズフィード(平均7950、中央値966)とハフィントンポスト(平均2757、中央値201)。
ニューヨーク・タイムズ(平均821、中央値11)は、ミラー(平均1375、中央値66)、ガーディアン(平均1055、中央値155)に次いで8社中5位。バズフィードと比べると、シェア数は平均値で約10分の1程度しかない。
シェア数ごとのコンテンツの構成を見ても、バズフィードではシェアが100未満が1割程度しかないのに対し、タイムズは全体の7割近くを占めている。
つまり、バズフィードはソーシャルメディアでのコンテンツプロモーションの取りこぼしがほとんどないのに、タイムズは大半を取りこぼしている、ということだ。
ただ、これにはタイムズのコンテンツ構成も影響しているようだ。
タイムズでは、バイラルメディアではほぼ見かけない通信社電が配信記事の7割以上を占めているようだ。
以前、「『マネーボール』理論をニューヨーク・タイムズに応用してみた」で紹介したが、統計専門家のブライアン・アベルソンさんの調査によると、その通信社電は、タイムズの公式ツイッターなどで取り上げられることはまずないのだ、という。
さらに、同社の元プログラマーのマイケル・ドナヒューさんによると、タイムズはロイター通信などからの配信ニュースは、検索エンジンロボット(クローラー)の巡回も拒否しているようだ。
つまり、検索サイトにそもそも表示されない設定なのだ。
なるほど、バズフィードなどとは、文化が違うようだ。
●有料と無料、売上高とブランド価値
この話題はさらに様々な見方を呼び込んだ。
ジャーナリストのサイモン・オーウェンさんは、「バズフィードはニューヨーク・タイムズを〝打ち負かした〟わけじゃない」と題して、メディアムに投稿している。
バズフィードは2014年の売上高が1億ドルに達したという。ニューヨーク・タイムズは直近の四半期だけでその3倍を稼いでいる。
確かに、タイムズの昨年第3四半期の売上高は3億6470万ドルだ。
さらに、有料購読者は、無料読者の何倍も価値がある、と。
87万5000人の(タイムズの)デジタル有料購読者は、バズフィードのウェブのビジターの何倍も価値がある。直接的な売り上げが立つというだけでなく、広告価値を高める効果もあるだろう。
ニューヨーク・タイムズとバズフィードの比較では、ウォールストリート・ジャーナルも興味深いデータを紹介していた。
1000人に迫るというバズフィードの社員1人あたりの売上高は14万3000ドル。対して、ニューヨーク・タイムズの1人あたり売上高は45万ドル、タイムは41万7000ドルになるという。
既存メディアのブランド力は、まだ効いているようだ。
さらに、ウェブメディア「パンドデイリー」のデビッド・ホルムズさんは、ネット調査会社「チャートビート」CEOのトニー・ハイレさんが「ソーシャルメディアでシェアされることと、それが実際に読まれることとには実質的な相関関係がない」との分析結果を明らかにした、と指摘。
〝ソーシャルシェア〟をウェブエコノミーを測る最大の指標とすることに疑問を投げかけている。
なるほど、今年初めには、「メディアム」創業者のエヴァン・ウイリアムズさんが、同社が最重要視する指標はページビューではなく、「総閲読時間(TTR)」だと表明して話題を呼んだ。
実際のところ、どの数字が本当に読者に効いていると捉えるか。
それによって、この議論の立ち位置は変わってくるだろう。
●ジャーナリズムの競争相手として
ただ、ニューヨーク・タイムズの目から見たバイラルメディアの位置づけは、もう少しニュアンスがあるようだ。
バズ(口コミ拡散)を起こすことに関して、バズフィードやハフィントン・ポストはタイムズをしのいでいるようだが、との質問に、バケーさんはこう答える。
彼らは無料だから。無料サイトには常により多くのトラフィックが集まる。ただ、我々はウェブの読者にニュースを届けるという点で、他の報道機関に見劣りがしていたということはこれまでも認めてきた。その点では、バズフィードやハフィントン・ポストの方が我々よりずっと優れているし、うらやましいと思っている。ただ、ニューヨーク・タイムズの強みは、タイムズであり続けることだ。それは、変化しない、ということではない。だが、バズフィードになろうとは思わない。もしタイムズが彼らのようになろうとすれば、我々の負けだ。
また、ウェブメディアを過小評価してきたのでは、との質問には、率直に「そのとおり」と認めている。
確かにそうだったと思う。バズフィードであれその他のメディアであれ、これらの新たな競争相手がうまくいっているのは、我々が手がけずにきたジャーナリズム分野に踏み込んでいるからだ――そんな間違った認識をしていた。白状すれば、我々は傲慢だった。この新たな競争相手を見下していた。だが、それが間違いだということにも気がついた。自分たちのニュースを、興味のある読者にいかに届けるか、彼らはそれをずっと早く理解していた。我々は理解するのが、あまりに遅すぎた。
一方のバズフィードも、既存メディアのキャッチアップに動き出している。
「バイラルメディアに新聞のDNAを埋め込む」でも紹介したが、昨年2月に記事のスタイルの取り決め集「バズフィード・スタイルガイド」を公開。
既存メディアの文化ともいえる記事の体裁の〝決まり事〟を明文化した。
さらに今年の1月31日には「編集規則と倫理規定ガイド」を公開。
取材や編集にまつわる記者の行動基準も明文化したのだ。
その内容は、既存の新聞社でも使えるようなしっかりしたものだ。
既存メディアと新興メディア、それぞれが取り組むキャッチアップはうまくいくのか。
引き続き注目していきたい。
(2015年1月31日「新聞紙学的」より転載)