「進化するニュースがウィキペディア化していく」で、パーツごとに「モジュール(部品)化」され、更新されていく新たなニュースのスタイルを紹介したのが、去年の4月だった。
スマートフォンに特化した、この「モジュール化」の先頭ランナーだった「サーカ(Circa)」が、25日にCEOのマット・ガリガンさんの名前で「無期限業務停止」を表明した。
昨年から資金難が伝えられ、春先には身売り話も報じられて、ツイッターの名前まで出ていたが、万策尽きた、ということのようだ。
モバイルとモジュール。ニュースの新しい方向性を示したベンチャーは、何を失敗したのだろう。
●モバイルニュースの先駆者
サーカは2011年に起業家のガリガンさんが、バイラルメディア「チーズバーガー・ネットワーク」CEOのベン・ハーさんらと共同設立し、翌12年10月にiOSアプリをスタートさせている。
アイフォーン5発売の翌月という、モバイル時代の本格的幕開けのタイミングでもあった。
サーカの基本的な建て付けは、モバイルに特化したニュースのキュレーションだ。
オリジナルのニュースはなく、通信社の記事などをもとに、サーカの体裁に合わせて記事を編集し直し、配信していく。
特徴は、カード型の「ニュースのモジュール(部品)」だ。サーカではこれを、「アトマイゼーション(原子化)」と呼んでいた。
ニュースの基本要素を、1段落1枚のカードにまとめ、そのカードの連なりが一つのニュースを構成する。
通常のニュースの体裁なら、事態に進展があれば、新たなニュース要素にこれまでに報道済みのデータを加えて、新規の記事として配信する。
ニュースをパッケージとして捉える考え方だ。
だがサーカでは、ニュースに進展があれば、そのデータをカードとして追加し、ニュースを更新していく。ニュースを、変化し続けるプロセス(過程)として捉えているのだ。
情報を項目ごとにモジュール化し、変化し続けるプロセスと位置づけるのは、まさにウィキペディアの発想だ。
サーカには、さらにニュースを「フォロー」する機能がある。
ユーザーは、関心のあるニュースをフォローしておけば、ニュースの更新ごとに「プッシュ型」の通知を受け、まずは追加された最新データだけを読むことができる。続けて、これまでの経緯を知りたければ、過去のカードを読み直すこともできる。
膨大な量のニュースがあふれる中、スマートフォンの画面の限られたスペースで、効率的に、知りたいニュースの情報だけを目にすることができる――サーカにはそんな設計思想があった。
●ビジネスモデルと拡張性
ちょうどニュース記事について、パッケージでの流通からアンバンドリング(個別拡散)へ、という流れが議論となっていた時期でもあった。
その後のモバイルファーストの潮流もあり、モバイル特化とモジュール化は、とくに〝ニュースの新たなユーザー体験〟として、メディアウオッチャー筋で広く注目を集めた。
エンジェル投資家を中心に、570万ドル(約7億円)の資金を調達し、スタッフも20人を数えたという。
COO(最高コンテンツ責任者)兼編集長には、ジャーナリズムのためのクラウドファンディングサイト「スポット・アス」の創設者、デビッド・コーンさんを迎え、さらに13年にはトムソン・ロイターのソーシャルメディア・エディターだったアンソニー・デ・ロサさんが編集長に就任するなど、編集陣の顔ぶれも話題を呼んだ。
だが、サービス停止に至る問題点もまた、かねてから指摘されていた。
メディアアナリストのケン・ドクターさんは昨年12月、ガリガンさんが800万ドル(約10億円)の追加資金調達に動いていることを伝え、サーカの課題についてもまとめていた。
ドクターさんによれば、サーカに関するメディア業界内での懸念は3点。
一つは、このカード型モジュールが、本当にニュースの未来形なのか、という点。さらに、このスタイルを既存メディアに適用できるのか、という疑問。そして最後が、「これはスケール(規模拡大)できるのか」だ。
サーカが配信していたニュースは、1日に新規記事40本、既存記事の更新が120本程度だったという。
ただこれは、すべて編集者による人力作業だ。
ガリガンさんは、営業部門も含めた45人ほどの増員を考えていたようだが、このスケールの問題は多くの指摘するところでもあった。
また、ハーバード大ニーマンラボ所長のジョシュア・ベントンさんもいくつかの問題点を挙げている。
一つが、モジュール化されたコンテンツの〝無表情さ〟だ。
一本の記事としてまとめられた文章には、ライターの表情が表れるが、モジュールにはそれがない、と。
さらにアイディアはよかったが、ついにビジネスには結びつかなかった、という点だ。
サーカは、ユーザー数は公表していないが、アプリのダウンロードも振るわなかったようだ。加えて、広告も掲載しておらず、目に見えるビジネスモデルも構築できなかった。
旅行ポータル「スキフト」の創設者でCEOのラファット・アリさんのこんな指摘を紹介している。
教訓? 15分だけの名声が終わり、メディア業界内の騒ぎは続く。それで本物のビジネスは立ち上がるのかい?
ベントンさんは、こうまとめている。
メディアにおけるテクノロジーのイノベーションは、魅力的なコンテンツがなければ、そこそこのところまでしかいかない。
●元編集長の総括
創設編集長だったコーンさんは、昨年10月、サーカを離れ、アルジャジーラのモバイルメディア「アルジャジーラ・プラス」に、エグゼクティブ・プロデューサーとして移籍している。
コーンさんは自身のブログで、サーカの業務停止を受けて、その取り組みを振り返っている。
この中でコーンさんは、モバイル時代の本格到来以前に取り組んだサーカの数々の試みは、間違いなく先進的なものだったと述べる。
ただ、比喩的にこのような表現も使っている。
〝鉄が熱かった〟時もあり、サーカは必需品だった。その時期に行っておくべきだった重要なポイントもいくつかあった。だがそれらは実施されず、鉄は冷え込んでいき、鋭角なサービスの形をとれるはずだったものが、でこぼこなものになっていった。
さらに、こうも述べる。
今やビジネス空間は全く別物だ。他のニュースアプリも自身の〝フォロー〟機能を実装している。プッシュ型通知をめぐる議論も成熟してきた。そして、アップルやツイッター、フェイスブックといった主要プレーヤーも、独自のキュレーションサービスに参入してきている。
アップルは、iOS9から編集者とアルゴリズムによるアグリゲーション「ニュース」を投入、ツイッターは「プロジェクト・ライトニング」と呼ばれるニュースキュレーションを準備、フェイスブックも「インスタント・アーティクルズ」でモバイルニュースに力を入れている。
時代は変わり、サーカは役割を終えた、との総括だ。
コーンさん自身、アルジャジーラ・プラスを、動画を中心としたサーカの発展形として取り組んでいるという。
●モジュールの発展形
確かに、モジュール、カードといったコンセプトは、例えば昨年4月に元ワシントン・ポストのエズラ・クラインさんが立ち上げた「ヴォックス」などで、色濃く見て取れる。
また、カード、ニュースのサマリー、更新されたニュースの通知は、同じ4月に有料で始まった「NYTナウ」(今年5月に無料化)に実装されている。
米ヤフーが同年1月に立ち上げた「ヤフー・ニュース・ダイジェスト」は、前年に買収したニュース要約アプリ「サマリー」をベースにしたアルゴリズム駆動だが、カード形式のニュースの整理など、やはり同じ方向性が見て取れる。
DNAは残った、ということだろう。
(2015年6月28日「新聞紙学的」より転載)