ニューヨーク・タイムズが「紙」の編集会議を廃止し、デジタルに専念する

ニューヨーク・タイムズが、週明けから伝統の「1面会議」をついに廃止するという。メディアウオッチャー界隈では、この話題で持ちきりだ。

ニューヨーク・タイムズが、週明けから伝統の「1面会議」をついに廃止するという。

メディアウオッチャー界隈では、この話題で持ちきりだ。

メディアサイト「ポインター」のベンジャミン・マリンさんが、タイムズのディーン・バケー編集主幹の社内向けメモについて伝えている

本格的に、「デジタルファースト」への舵を切り始めたようだ。

●ページワン

コカイン中毒、がん・・・メディア激変を伝えたNYタイムズ名コラムニストの急死」でも紹介したが、デジタル化の渦中にあるニューヨーク・タイムズの舞台裏を描いた2011年のドキュメンタリーのタイトルが、まさに「ページワン(1面)」だった。

そして、映画の中にもしばしば、翌日のタイムズ1面にどの記事を掲載するか、編集幹部が議論する「1面会議(ページワン・ミーティング)」の様子が紹介されている。

1面は新聞の顔だ。

そして「1面会議」は、新聞社のその日1日の動きを決める最も重要なイベントだ。

朝10時と夕方4時の1日2回、タイムズ本社3階の会議室に編集主幹以下の幹部が集まり、各部から1面候補の記事についてのプレゼンテーションが行われ、質疑応答が交わされる。

「1面会議」は、新聞社の文化に深く根付く習慣だ。それだけに、改革に対する〝岩盤〟ともなる。

デジタル移行の旗を掲げたタイムズの「イノベーション・レポート」は、こう指摘していた。

紙の新聞を発行するために、150年以上にわたって築き上げられてきた習慣と伝統は、デジタルへ移行しようとする我々にとって、強固で保守的な力として作用する。中でも、1面が引きつける重力は、何にも増して強い。

そして、それは生々しく記者の評価に直結するとも指摘する。

大半の記者は、前の年に自分の記事が何本1面に載ったかを正確に知っている――実際に、年間の実績評価の最初にくるのは、その数字なのだ。

「1面会議」廃止は、この〝岩盤〟にくさびを打ち込む作業といえる。

●ディーンズリスト

ポインターのマリンさんの記事によると、「1面会議」廃止というバケーさんのメモは、19日に編集局スタッフ向けに送信されたようだ

我々のデジタル移行に向けた、小さいけれど重要な一歩をお知らせしたい。

バケーさんはメモの中で、「1面会議」の廃止について、こう述べている。

これらの改革は、我々のデジタルプラットフォームを、紙の締め切りの束縛から解放するためのものだ。我々は優れた記事の大半を、夜遅くではなく、タイムズのデジタル読者がもっとも多い時間帯、朝7時から夜7時までの間に配信するのだ。

これにより、すでにトラフィックの50%以上を占めるモバイルやフェイスブックに、よりフレキシブルに注力できる、とバケーさんは言う。

そして、はっきりとこう宣言している。

要するに、我々のゴールは、編集局の日常業務において、デジタルプラットフォームの重要度をさらに引き上げていくことだ。

「1面会議」という仕組みは廃止するが、朝夕の会議そのものは従来通り続けていくという。ただ、議論の内容は、デジタル向けの記事メニューの選定になるのだ、と。

メモが挙げている具体的変更点は9項目。

・1面に載せる記事をプレゼンする仕組みは廃止。

・デスクは代わりに、「ディーンズリスト」と呼ばれるデジタル向けの、独自記事(エンタープライズ・ピース)のプレゼンをすることになる。

・編集幹部によって「ディーンズリスト」に選ばれた独自記事は、ウェブ、モバイル、ソーシャルなど、デジタル上で最大限の展開をする。

・「ディーンズリスト」は2種類:朝の編集会議と夕方の編集会議の後、それぞれ3~4本の独自記事で作成される。

・「ディーンズリスト」に採用された記事は、編集会議後、すみやかに出稿すること。朝の編集会議でプレゼンした記事は、昼前後には出稿できるようにしなければならない。

・1面の記事を選ぶ仕組みはタイムズをタイムズたらしめた重要なプロセスだ。そのプロセスは大事にしつつ、デジタル時代にアップデートする。デスクは、紙の陣取りではなく、デジタルの陣取りを競うことになる。

・朝夕の編集会議では、デスクはデジタル向けの記事のプレゼンを競う。ただし、「ディーンズリスト」の対象となるのはストレートニュースではなく、独自記事だ。

・編集会議はその日の主なニュースの扱いを議論する重要な場だ。記事のメニューやプラットフォームごとの見せ方について、活発な議論を期待したい。

・夕方の編集会議では1面用記事の選定作業も行うが、重要度は下がる。

バケーさんがメモの中で、「独自記事(エンタープライズ・ピース)」と呼んでいるのは、ニュースリリースなどの発表によらない、独自取材による深掘り記事のことを指す。

取材力を生かしたカロリーの高い独自コンテンツを売りに、デジタル展開を進めるという戦略だ。

ただ、「ディーンズリスト」という名称には、新聞業界の虎の子の収入源、クラシファイド広告(三行広告)を壊滅させたとも言われるコミュニティサイト、クレイグ・ニューマークさんの「クレイグズリスト」を思わせるところがあり、自虐風味も伺える。

●イノベーション・レポートから11カ月

現在のタイムズのデジタル移行の動きの起点となっているのは、やはり昨年3月にまとまった「イノベーション・レポート」だ。

バズフィードはニューヨーク・タイムズの競争相手なのか?」で紹介した、「読者開発」プロジェクトなど、さまざまな改革が動き出している。

その中で、「1面会議」についても、昨春からデジタルの比重を増すような取り組みが進んでいたという。

タイムズのパブリックエディター、マーガレット・サリバンさんや、ニーマン・ジャーナリズムラボ所長のジョシュア・ベントンさんらが、その模様を報告していた。

ただ、デジタルに向けた改革は、新聞社の文化の改革を意味する。

全米第2位の新聞チェーン「デジタル・ファースト・メディア(DFM)」でデジタル移行プロジェクトを主導しながら、結局は頓挫してしまった経験のあるスティーブ・バトリーさんは、その困難な道のりを思いやる。

編集会議のデジタルへのフォーカスを提言した、タイムズの「イノベーション・レポート」がまとまったのは、去年の3月だ。その改革が実施されるまでに11カ月かかっている。(中略)タイムズが朝の編集会議の改革に11カ月かかったことを指弾するつもりはない。ただ、これが巨大で、困難な改革であるということは言っておきたい。

味わい深い指摘だ。

●ウェブ業界からの取締役

今回の取締役の人選にも、デジタル移行の方向性が見える

現在のニューヨーク・タイムズの取締役は13人

タイムズ関係者は、会長兼発行人のアーサー・サルツバーガーさんと、社長兼CEOのマーク・トンプソンさん、上級副社長などを務めたマイケル・ゴールデンさん。

残る10人のうち、ラウル・セザンさんは、投資会社コマーシャル・ワールドワイドの創設者。

ロバート・デンハムさんは弁護士で、シェブロンなどの社外取締役も務める。

スティーブン・グリーンさんは、投資会社オーディナンス・キャピタルのゼネラルパートナー。

キャロライン・グリーンスパンさんは、コンサルティング会社レラティブ・ソリューションズのコンサルタント。

ジェームズ・コールバーグさんは、投資会社コールバーグ&カンパニーの共同創設者。

デビッド・リドルさんは、ベンチャー投資会社USベンチャー・パートナーズのパートナー。

エレン・マラムさんは、コンサルティング会社バーニガット・グループの社長。

ブライアン・マックアンドリュースさんは、インターネットラジオ局パンドラ・メディアのCEO。

ドリーン・トーベンさんは、通信大手ベライゾンの元上級副社長。

そして、MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんだ。

独ベルテルスマンCEOだったトーマス・ミドルホフさんは、横領、脱税の罪で懲役3年の判決を受けて昨年2月に退任。デビッド・リドルさんも今回退任するようだ。

この2人の枠に、エクスペディアCEOのコスロシャヒさんと、フェイスブックのヴァン・ダイクさんというウェブ業界の人材をあてる。

パンドラ、ベライゾン、MITメディアラボ、そしてエクスペディアとフェイスブック。

まるでIT企業の取締役会のようだ。

(2015年2月21日「新聞紙学的」より転載)

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