ちょうど同じタイミングで、大西洋をはさんで2つの新聞が、とても対照的な形で姿を消した。
一つは創刊123年のフロリダの「タンパ・トリビューン」。もう一つは創刊からわずか68日の英国の「ニューデイ」。
新聞は、どのように消えて行くのか。
「やむを得ぬ抹殺」と「早すぎる撤退」。その最期の姿の、特徴的なケーススタディになっている。
●湾をはさんだライバル紙
プロリダの「タンパベイ・タイムズ」が「タンパ・トリビューン」を買収した、と発表したのは5月3日午後3時。
トリビューンの読者には翌朝からタイムズが配達され、トリビューンは即日廃刊、という急転直下の幕引きだった。
265人のトリビューンの社員のうち、少なくとも100人のリストラが見込まれるという。
タイムズの会長兼CEO、ポール・タッシュさんは、このトリビューンの買収と廃刊について、こう説明している。
今回の買収がなければ、タイムズとトリビューンの競争は続き、共倒れの危機に瀕しただろう。今の経済状況で、日刊紙を2紙以上維持できる都市の数は、片手で足りてしまう。タンパベイ地域は、もはやその中には入っていない。
両社は今年2月、タイムズがトリビューンの委託印刷を引き受ける、との契約を発表した。実はこの時、合わせてトリビューンの買収契約も交わしており、5月まで水面下で準備を進めていたのだという。
トリビューン本体は廃刊となったが、トリビューンの名前は、週2回掲載の地域版として残るようだ。
また、トリビューンのウェブサイト(http://www.tbo.com)は、今のところはタイムズのサイト(http://www.tampabay.com)にリダイレクトがかかっているが、リニューアルの後、存続するという。
●人口400万の商圏
1895年創刊のトリビューンの本社はタンパ市。一方、1884年創刊のタイムズは、1892年からタンパ湾の50キロ対岸、セントピーターズバーグ市で発行を続ける。2012年に「セントピーターズバーグ・タイムズ」から現在の名称に変更している。
By Daniel Oines (CC BY 2.0)
つまり両紙は、タンパ湾をはさんでにらみ合うライバル紙だ。とくに1980年代から約30年にわたり、販売戦争が繰り広げられてきたという。
タンパ湾周辺地域の人口は400万人規模。
タイムズの部数は平日が 22万7000部、日曜版が36万8000部。対するトリビューンは平日が15万3000部、日曜版は23万4000部。
買収後は、日曜版発行部数では国内5番目の規模になるという。
タイムズは今春の2部門同時受賞を含め、12回のピュリツアー賞受賞歴を誇る。
トリビューンの受賞歴は1966年のみだ。
●ジャーナリズムスクールと投資会社
両紙の経営主体が、今回の存続と廃刊の明暗を分けた面もあるようだ。
タイムズの経営主体は、タイムズ・パブリッシング。そして、そのオーナーは、非営利のジャーナリズムスクール「ポインター研究所」だ。ジャーナリストの研修機関として、日本でも広く知られている。
つまり、ジャーナリズムスクールが運営する新聞なのだ。
トリビューンは、1966年以来、メディアチェーンの「メディア・ゼネラル」が運営していたが、2012年にロサンゼルスの投資会社「レボリューション・キャピタル・グループ」が設立した「タンパ・メディア・グループ」に950万ドルという、新聞社としては安値で売却される。
ウォーレン・バフェットさんの投資会社「バークシャ・ハサウェイ」が同年、「メディア・ゼネラル」の新聞事業(63紙)を1億4200万ドルで一括買収した際に、買い取りリストから漏れたのが、トリビューンだった。
ニーマン・ジャーナリズム・ラボ所長のジョシュア・ベントンさんの記事によると、そのあとは、今回の売却まで、「投資会社の戦略を忠実に実行した」のだという。そして最後に「死刑執行令状に署名をした」と。
買収時、618人いた社員は6割減に。さらに昨年、資産的価値のあった本社ビルと敷地を、同社の買収価格を上回る1775万ドルで、マイアミのコンドミニアムのディベロッパーに売却している。
今回のトリビューンの買収額は明らかにされていないが、タイムズは買収直前に1330万ドルの新規借り入れをしているという。
●「突然の銃殺」
この買収によって、タイムズが手にしたものは何だったのか。
タイムズが実質的に買ったのは、同紙がこれからも存続する、と説得力を持つために必要な購読者リスト、さらにいくばくかの広告契約、あるいは今後の広告料金への影響力。そして、これ以上、他紙との競争を気にせず、そしておそらくは、デジタル移行に専念できる自由を手にしたのだ。
さらに、買収発表、即日廃刊という荒っぽい手法に、疑問の声も上がっていると指摘。
タイムズ、トリビューン両紙での記者経験ののち、現在は南フロリダ大学広告・マスコミュニケーション・スクール副所長のウェイン・ガルシアさんの、こんな言葉を紹介している。
その新聞がたとえ死にゆく運命だとしても、自ら死に臨む姿を見たい。銃弾で頭を打ち抜かれ、最終号も出せずに終わるよりは。
確かに、ピュリツァー賞を誇る新聞社の所作としては、かなり殺伐とした風景だ。
ただ、それも含めた新聞界の現実なのだろう。
●68日目の廃刊
タンパ・トリビューンの廃刊が歴史の重みを背負ったものだとすると、こちらの廃刊はいかにも軽い。
英トリニティ・ミラーが、「デイリー・ミラー」の〝軽量版〟として2月29日に創刊した40ページだての新聞「ニュー・デイ」を、5月6日に廃刊したのだ。
その間わずか68日だ。
当初は無料、その後お試し価格として25ペンス(約40円)、さらに50ペンスに引き上げたようだ。
編集長のアリソン・フィリップスさんは、創刊時、「ニュー・デイ」の狙いをこうコメントしている。
今、新聞を買わない人は多い。だが、フォーマットとしての新聞が好きでなくなったわけではなくて、ニューススタンドに今ある新聞が彼らのニーズに合っていないのだ。この新聞はそんな顧客へのインサイトの結果として創刊された。そして、現代を生きる人々のライフスタイル向けにデザインされた最初の新聞なのだ。
そして、廃刊時のトリニティ・ミラーのコメントはこうだ。
現時点の推移では、同紙は長期的には継続不可能と結論づけた。
ガーディアンなどによると、500万ポンド(7億7000万円)のテレビキャンペーン、20万部の目標部数を掲げながら、実売は3万部前後と低迷していたようだ。
BBCによると、ニュー・デイの25人のスタッフの大半はリストラとなり、一部はトリニティ・ミラーに移籍するとしている。
ライバル分析、価格戦略、早すぎる諦め......「経営陣の不十分な経営計画の犠牲」と在英ジャーナリスト、小林恭子さんは結論づけている。
(2016年5月7日「新聞紙学的」より転載)