「国防軍」までの遠い道のり

自衛隊は、「審判所」(軍法会議)を持つことで、名実ともに「国防軍」(軍隊)となる。だが、肝心の中身は煮詰まっていない。なぜか、マスコミの議論も低調だ。事は、法の支配と国家安全保障に関わる。遅くとも参院選までには、具体的な議論が提起されることを望む。

自由民主党は、昨年(平成24年)4月27日に「日本国憲法改正草案」を決定した。この草案では「第九条の二」が新設され、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」(第1項)と明記された。

自民党は昨年の総選挙に当たり、政権公約でも「憲法改正」を掲げ、「国防軍を保持する」と旗幟を鮮明にした。さらに夏の参院選に向けて、改憲姿勢を強く打ち出している。

ここでは、自民草案が明記した国防軍の「審判所」に論点を絞ろう。草案はこう定める(同条第5項)。

「国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。」

この、国防軍に置かれる「審判所」とは、いかなる機関なのか。

答えは、自民党(憲法改正推進本部)が発行する「日本国憲法改正草案Q&A」に明示されている。すなわち「審判所とは、いわゆる軍法会議のこと」である。

軍法会議と聞いて、「国防軍」以上に、抵抗感を抱く方もおられよう。ただ、各国の軍法会議(軍事法廷)は、軍人の人権を保障する機能も果たしており、必ずしも、一般の日本国民が抱くイメージとは一致しない。

むしろ、問題があるとすれば、「審判所」設置のリアリティではないだろうか。

結論から言えば、現状では要員が不足している。各国の軍法会議における裁判官、検察官、弁護士、陪審員などは、すべて軍人から選ばれる。実際、アメリカ軍の場合、各州の司法試験に合格した法曹資格を持つ軍人が多数、勤務している。

だが、日本はどうか。

先のQ&Aは「裁判官や検察、弁護側も、主に軍人の中から選ばれることが想定されます」とも明記する。この「軍人」が、現在の「自衛官」を指すなら、自民党の想定は実現困難と言えよう。なぜなら、法曹資格を持つ自衛官など皆無に近いからである。

「国防軍」が誕生した後に、民間から弁護士を中途採用する方法もあり得るが、それでは、軍事作戦の実相を踏まえた「軍法会議」ならではの判断は期待しがたい。少なくとも発足当初は、名ばかりのような機関となろう。

自民党が本気で自衛隊を「国防軍」とし、「審判所を置く」つもりなら、早期に要員の確保を図るべきではないだろうか。現状、防衛大学校には、ロースクール(法科大学院)もなければ、法学部すらない。さらに言えば、軍人の罪と罰を定めた「軍法」も整備されていない(各国の軍隊は軍法を持つ)。

自衛隊は、「審判所」(軍法会議)を持つことで、名実ともに「国防軍」(軍隊)となる。だが、肝心の中身は煮詰まっていない。なぜか、マスコミの議論も低調だ。事は、法の支配と国家安全保障に関わる。遅くとも参院選までには、具体的な議論が提起されることを望む。

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