「隣の芝生が青く見える」というのはよくあること。しかし、実際に仕事を辞めてみると少しずつ前職が恋しくなってきたり、以前の仕事の魅力に気づく......といったことが多いのではないでしょうか。
人材不足と数年言われ続けているファッション業界にも、長年勤めて去っていく人は後を絶ちません。しかし、実際に辞めた方の中には「ファッション業界ってこんな魅力があったんだ」と、離れてみて初めて気づくという方も多くいます。そんな方々に話を聞けば、客観的に業界の魅力を再確認することができるのでは?と思ったFashion HR編集部ではインタビューを実施。
第一回目は、およそ14年弱に渡るファッション業界のキャリアを捨て、半年前に異業種に転身されたSさんにインタビュー。そこには、ファッション業界を離れてみた人にしか分からない「独特」なファッション業界の魅力が詰まっていました。
今回の「ファッション業界を離れた」さん
Sさん(36歳/女性)
国内に数店舗展開するアパレル企業に14年勤務後退職。当時は若手ブランドを発掘するセレクトショップで接客販売、バイイングやVMDを手がけていた。顧客も多かったため、退職する際は沢山のお客様が駆けつけたそう。半年前に転職し現在はIT系企業の総務部で派遣社員として勤務中。
ファッション業界を離れた私が感じる「ファッション業界で働くことの魅力」
−−長年ファッション業界で働かれていたそうですね。
はい。前職のアパレル企業ではアルバイトから正社員登用をして、トータルで14年弱ほど働いていました。様々な形態で複数のセレクトショップを展開する会社だったので、最後にいたショップを含めると3つのショップを渡り歩いてきました。
−−Sさんが辞めた時の役職は?
ショップアドバイザーでしたが、買い付けシーズンはバイヤーと一緒に展示会周りをして発注業務をしたり、仕入れのコントロールなどもやっていました。あとは、店舗VMDとして商品陳列やディスプレイなどをやっていて、路面店で落ち着いた時間も多かったので、顧客様がいらっしゃらないタイミングに色々な業務をこなしていました。バイヤーの世界観を一番近くで理解する役割として、イメージをより正確に現場に落とし込んで売り上げに繋げていくといった感じでしたね。
−−店長にはならなかったのでしょうか。
一度なったことがあるのですが、もともとがあまりマネジメント気質ではないのと、店長になるとこれまでやってきた業務が回らなくなることもあって、途中でマネージャーの道は諦めたんですよね(笑)。どちらかというとお店のディレクション的なところをやりたかったですし、ちょうど後輩で店長を目指しているスタッフもいたので。
ブランドのターゲット層から自分が離れていくことへの焦り
−−14年もファッション業界でキャリアを積み、辞めるに至ったワケは?
ずっと悩んではいたんですが、理由はいくつかあります。自分がいたショップはメインとなるターゲット層が大体20代〜30代前半くらいだったので、だんだん自分の年齢がターゲット層から離れていっていることに焦りを感じ始めていたんです。とはいっても、お客様にも40代、50代といった方はいましたし、社内にもその位の年代の人は多かったのですが、同じような道に進むイメージがどうしてもつかなくて。
自分が年齢を重ねていくうちに若いスタッフとの距離感もストレスになったりして、さすがに14年近く同じ会社にいたので、ファッション・アパレルというジャンルにちょっと疲れてしまったというのもあります。
−−転職をして、業種も職種も全く異なる仕事に戸惑いはありませんでした?
すっごくありました。最初はアパレルで地道にやってきたし、「どこでも出来るでしょ」って感じで自信があったんですけど、実際に入ってみて環境の違いに戸惑いを感じました。ファッション業界で働く人たちって熱い人が多いですし、どちらかというと感覚的なところが強いと思うんです。今は派遣社員としてIT系企業に勤めているんですが、業界が違うとこんなにも"普通"の感覚が違うのかとびっくりしました。
−−職場環境や人間関係の点で大きな違いを感じましたか?
そうですね。販売職をやっていたので、初対面の方でもスッと懐に入って仲良くなれるんですが、仲良くなってくると、私が普通に喋っていることがなぜか毒舌って言われたり辛口って言われたりするんですよね(笑)。自分が体育会系のノリだなんて思ったことなかったですけど、そう言われてびっくりしたというか、「どれだけ皆んな打たれ弱いの」って(笑)。
あとはどうしても服装についてはツッコミが入ります。会社は私服ですが、同年代の人たちは"いわゆるOLさん"というようなファッションで、私は嫌でも目立ってしまうんですね。これでも自分のワードローブのなかで一番地味なものを選ぶようにしているんですが、それでも「派手だね」「変わってるね」とか、少し嫌味っぽく「今日もオシャレだね〜」なんて言われることもあります。
−−反対に異業種で良かった、ということは?
定時が18時なので、その時間に帰れるのは嬉しいです。昔は20時閉店のショップから帰って家に着くのは21時を過ぎてましたから。最初は慣れなくて時間をどう使ったらいいかわからないくらいでした。あとは普通にお金をそこまで使わなくなりましたね。毎日ショップで誘惑されることもないですし(笑)。
異業界での経験を活かして、いつかまたファッション業界に戻りたい
−−日々のなかで「これはファッション業界だったら無かった」というなことってありますか?
やっぱり「ファッションいじり」ですかね(笑)。わざとじゃないと思うんですけど、何かと「Sさんはファッションの人だから」とか「さすがファッション業界出身」みたいな、ファッションというもの自体をいじってくるような会話は、絶対にファッション業界ではなかったですよ。
−−どんなときに前の仕事が活かされてると思いますか。
色んなことに気がつけるということでしょうか。ファッション業界の、特に販売職をやってきていると、周りを見る能力が体に染み付いているんですよね。細かいですが電球が切れてるとか、あの人体調悪そう、とか、飲み会での立ち回りとか(笑)。今の会社に入った時、普通に「気が使えない人が多いな」って感じました。こういう「気がきく」とか、「フットワークが軽い」とか「センスがいい」みたいなことは、実はファッション業界ですごく鍛えられていたんだな、と気がつきました。
−−またファッション業界に戻りたいと思いますか?
はい(笑)。今は別業界で「勉強」という意味も含めてやっていますが、やっぱり最終的にはファッション業界に戻りたいです。普通にブランドについてやトレンドの話題を仕事として仲間と語り合えるということが恋しいですし、情熱をもてる仕事をしていた方が自分は楽しいんだって分かりました。
ですが今はまだ初めての環境で学ぶこともたくさんあるので、いずれ学んだことを活かせるようなファッション業界の仕事に就きたいと考えています。どのくらい先かは分かりませんが、いくつになっても楽しめるファッションの世界だからこそ、また挑戦したいと思っています。
−−ありがとうございました!
長年のキャリアに疲れてしまって、異業種への転職を検討している方というのはファッション業界に多いと思います。Sさんの場合は異業種でスキルを培い、ファッション業界にまたパワーアップして戻って来たいというビジョンをお持ちでした。キャリアについて悩んでいる方は、ぜひ様々な経験談を聞いてみて参考にしてみるといいかもしれませんね。次回もお楽しみに。